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呪いの贄歌


 2022年夏、小説家になろうのホラージャンルに同じタイトルが幾つも投稿され、それがランキングにも連なっているのを散見した私は少し気になり調べるも、スグにそれが個人企画だと判った。


 当人達は同じタイトルにしたそれが都市伝説であり、実際のエピソードも無く絵空事に誰かが作った話すらも無い架空の都市伝説だと信じているようだった。



 それを見た者は三日と経たずに……



 そんなエピローグ的な文言だけが都市伝説としてネット上に残る事が創作意欲を掻き立てたのか、実のない噂に身のある話を創ってやろう! そんなノリに名を聞く書き手がこぞって同調し、実の無い都市伝説に様々な話を書いた結果があのランキング。




 いくつもの同じタイトルが並ぶその文字に、私は頭の隅に追いやられていた記憶に思いが巡る……







 それは私の師匠が体験した、中学の移動教室で起きた奇妙な出来事に起因する。


 最終日に和牛ステーキが食べられると言う話を先輩から聞かされ、皆が期待の移動教室だった。



 牧場で二日間の飼育体験をし、最終日に食肉処理される工場見学を経て、その牧場の肉を卸している食堂でステーキの昼食を頂く。


 

 所謂、命を頂く事を学ぶ授業の簡易版。




 教育としての価値は存分に見えるそれは親からの評価も高く、学校側としても大見得を切って牧場で遊び牛肉とビールを堪能出来る行事として、見栄と大見得の両立を可能にする同行する教師にとって至福の娯楽だった。





 観光バスに揺られて着いた先は、皆が思っていた観光地に在るソフトクリーム等が売られている華やかな牧場ではなく、あからさまに家畜臭の漂う畜産業そのものの牛舎や鶏舎に、校庭と変わらない程度の放牧をさせる為の雑草だらけの囲い場が在るだけ。



 期待が大きかっただけに反動も大きい。



 着いたそばから何も無い事だけを理解させられた中学生にとって、唯一の行き場は牧場に放牧された数頭の牛だけ。


 そこらに生えた雑草を掴み取ってゆらゆらと振り、近付く牛がいればそれに与えて撫でたり写真を撮ったりと。



 一頭が人に近付くと周りの牛もつられてやって来るのは餌を貰えると思うからだが、人もまた近付く一頭に群がるのは自分も触れられると考えるからだと気付けば、牛も人も同じような行動規範に動かされているように思えて、私は群がる同級生を牛と同列に見ていた。



――KORONKORONKORONN――


 その最たる者達が、近寄って来た一頭の牛の首輪を五人程で掴みカウベルを鳴らしながら柵に沿わせて無理矢理に連れ歩き、あの歌を口ずさんで嘲笑っていた。




「ドナドナドーナードーナー♪」




 中1で習ったあの曲に合致する体験をするのだから、暇に浮かれた馬鹿学生がする事なんてそんなもの。


 何が面白いのかも解らないが何も無いよりはマシな事に、付き合い程度に笑う同級生達を見て、その中に好きな子でもいたのか更に調子に乗る馬鹿は柵を跨いでその牛の背に乗ろうとしていた。



「コラッ! 白鳥(シラトリ)、何やってんだ!」



 当然の結果だと思えたが、私は少し残念に思っていた。


 どうせなら落ちて踏まれて牛糞まみれになっていればいいものを……



 そう思うのは私だけではない。

 同級生の殆どが同じ事を期待していた筈だ。


 彼等はそういう類の普段から集団で他者を蹴落とし貶め嘲笑っている連中だからこそ、牛にをも平然と上から目線に乗りかかろうとしていたのだろう。



 教師もそれを知っていながら牛と同じく放置し彼等を列に並ばせるだけにとどめていた。




 牧場主の挨拶とこれからの説明をする話だが、牧場主なら当然知る話だろうと馬鹿が有り体に聞いてしまった事に皆の意識に介在したようにも思う。




 皆が食べる牛肉だが、育ての苦労にその一頭一頭に愛情を込めて出荷するまでを真面目に話す牧場主に、聞く耳持たずの馬鹿がニタニタ笑って声を上げた。




「やっぱ、ドナドナするんすか?」



 失礼とはいえ、ドナドナを習い歌う中学生なら同じ問いを上げる馬鹿も多いだろう事は予想される。


 だから、きっと怒られはしない筈。


 下らないし失礼だし知能も低い、何が面白いのかも分からないクズならではのその問いに、牧場主の応えは私の予想を吹き飛ばした。



「おい、ここでその歌口にすんじゃねえぞ!!」



 その、あまりにも鬼気迫る物言いに、牧場ならではの穏和な雰囲気も一掃されてドキッとした皆の顔には、何が牧場主をそこまで怒らせたのかも分からずに、開いた口と目の瞳孔が物語る恐怖の表情。



「すいません。白鳥、謝れ!」



 慌てて間に入る先生だが、何に対して謝るべきかを自分だって理解出来てはいないのに、とりあえずの急場しのぎに叱って見せるそのズルさ。


 叱る事で自分は理解してますよという強者にすり寄るアピールに他ならないその処世術。



 これが世を渡る術とも思えるズル賢さを生徒に教えているのなら、間違いなく皆も大人のズルさを覚えた筈だが、教師という職業は社会人とはかけ離れた所に在る事を深く刻んだ。



「牧場主さんにとって仔牛は大切な家族なんだぞ! 軽々しく馬鹿にするような事を言うな!」


「いえ、そういう意味では……」



 牧場主に違うと言われ戯ける教師に、お前も白鳥と変わらないじゃないかと笑う同級生。


 すっかりその場は元の穏和な雰囲気に戻ったようだった。



 ただ、私はあの牧場主の琴線が怒りというよりも何かに対する恐れのようなものに感じていたせいか、その何かが分からずもやもやとしていた。



 そうしてスグに牧場体験は始まった。


 ジャージに着替え、班に分かれてそれぞれの担当をこなし、夕暮れには風呂と夕食で互いに何をしたかを話してと、夜の九時になど眠りに着ける筈もない程度の軽めの作業だった。


 それを理解させられた二日目の作業の過酷さに、夜更けまでした恋愛話が悔やまれる。



 餌やり水やり糞尿掃除……



 唯一の憩いが乳搾り。


 ただ、それも体験の為の催し物だと理解させられる。


 搾乳機器を着けられた乳牛の居る牛舎での作業をした後だった私の班の皆には、破棄されるだろうバケツに容れるそれが勿体無いようにも思えていた。




 相変わらず馬鹿共は事ある毎に歌うなと言われたドナドナを口ずさみ、反抗的態度でちっちゃい自分の体裁を口ずさむ程度にみみっちく保とうとしていた。


 班は違うが同じ牛舎内での作業にも、放牧に出していた牛を牛舎へと追う折にも、時折聴こえる馬鹿の歌声。



 正直、鬱陶しい以外の何物でもない。




 二日目は皆、風呂で洗う姿が恥じらう初日のそれとはまるで違い、鼻にも残る糞尿臭い家畜臭を取ろうと洗い場は混み混みに。


 夕食は鶏肉の唐揚げや卵を使った料理だったが、鶏舎で何を見させられたのか数人が食べられずに席を立ち、吐いたか消えた。



 そして三日目の朝、目玉焼きを食べたらスグに少し肥し臭のする観光バスに乗り込み、食肉処理工場の見学へと向かう。




 当然のように吐く生徒が多数出る。




 それは別に昨日まで触れ合っていたからではない。



 あの何とも言えない匂いとも違うし感覚的な物でもないのに生肉に見る油脂分が揮発して空気に混じっているのか血生臭さと交じる脂質を感じる肉屋独特の生々しい空気。


 それが、剥いだばかりの生身の肉を見せられて行く工程に、人であろうとするなら誰しもそれを美味しそうとは思えない。


 それ故に、普段食べているそれも人が生きる為に命を頂いているのだ。



 と、いう事を学ぶ意義が有るのだろう。





 ただ、この移動教室の行程はあまりにも簡略化し過ぎているようにも思える。


 牛とのふれあいもさしてないままの班も在るのに、皮を剥がれた生身の牛の肉身をイキナリ見せられて、次はそれを有り難く食しましょう。


 単にグロい残酷描写ばかりを見せるだけの最近のホラー映画のような稚拙な脅しにも思えるからか、私の感情は冷めていた。



 ましてや馬鹿が強がりを必死に見せ、尚もドナドナを口ずさみつつ工程に流れてくる皮を剥がされたばかりの肉身を見ては



「ほらほら、アレ超うまそう! アレお前が撫でてた牛じゃね? あの窪んだ所超似てねえ?」



 などと、吐きそうになるのを我慢して人であろうとするもその悔いに自責の念に苦しむ者達を嘲笑っているのが目の端に……




 私の冷め行く感情は、コイツ等の身ぐるみも剥いでやってくれ。そんな気さえして来る程だった。





 多少の懺悔の時間か骨休みなのか、吐き気を消すには微妙ながらもお土産タイムにと移行する。


 さした観光地でもないのにやたらとお土産が多いのは、ここが移動教室で潤っている町なのだと理解させられる。


 その証拠に、有名でもないあの牧場をメインに据えたお土産がどの店にも並んでいる。


 カウベルや蹄鉄に、牛の首から上の剥製のようなぬいぐるみの壁掛けや乳製品と、何故か牧場の作業で使った工具を模したキーホルダーまで……




 あまり旅行に行かない生徒からすれば何一つとして問題はない有り難いお土産屋さんだ。


 近い将来それが何とも言えぬ思い出の品になる事だけは確かなのだから。



 お土産屋と目と鼻の先に食堂は在り、集合時間になると歩いてそこへ向かえたのには意義がある。


 食肉処理工場での吐き気と、観光バスによる乗り物酔いの吐き気。


 その両方を喰らって降りてお土産を買って休んだ身体に、更に観光バスに乗らされていたなら確実に吐く生徒が増えてしまった事だろう。



 けれど、それでも食べられずに吐く生徒が席を立ち消えて行った。



 そして、食べながら歌う馬鹿……




 何とか自身の人の業を認めて、命を頂く事が出来た己も業深い人であると知った生徒達は次なる試練へと、長い道程に改めた己を運ぶ箱の入れ物に目を向ける。


 

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