1. 十席目
会議は踊る、されど進まず。
「えーそしてですね……来季の予算に関して、提携先の企業との……」
「コラボグッズの売り上げは相変わらず一部のパフォーマーに偏っており……」
「先日確認された情報漏洩に関して、該当パフォーマーへの処分を……」
エジェティル・クラーラクトは居眠りしながら会議を聞いていた。
愚にもつかぬ議題ばかりだ。いや、経営上は大切なことだが……あいにくと彼の興味の対象ではない。
バトルパフォーマー業界は安定している。
流行り廃れのサイクルが早い業界だが、それに合わせて企業も動く。流行の最先端を目ざとく察知するスタッフたちには、エジェティルも頭が上がらない。
頭が上がらないので首を垂れて寝ている。
「zzzzz……」
「えー続きまして、先日行われた綾錦杯に関して……一連の事件に関しての対応は決定しました。
しかしながら、被害を受けた一部パフォーマーに関する対応は未だ決定しておらず……被害を受けたことが確定しているユニ・キュロイとレヴリッツ・シルヴァに対して……」
「……!」
レヴリッツ・シルヴァという名前が聞こえた瞬間、エジェティルは眠気をふっ飛ばされて顔を上げる。そう、彼の興味の対象はレヴリッツ。
彼もかつては伝説のバトルパフォーマーと呼ばれた存在。いわゆる戦闘狂であったのだから、レヴリッツにも興味はある。
「昇格だ」
「……エジェティルさん? 珍しく起きたと思ったら……昇格、ですか?」
「ああ、彼を……レヴリッツ君を昇格させよう。あとOathの子はみんな素質ありだから、まとめて昇格もアリかもね」
レヴリッツは実質的に綾錦杯の優勝候補であったし、ヨミは優勝者。リオートも独壇場を使いこなし、全員がプロ級に足る実力を持っている。
「チームごと昇格とは……数年前のNightmare Ark以来ですか。最近は彼らの勢いも伸びてきていますし、アリかもしれないですね。
いつまでもラザ王子のリオートを燻らせていては、何かと問題も多そうですし……」
スタッフの一人がエジェティルの意見に賛同する。
会議に参加している面々の顔色を窺うに、Oath昇格には異論ないようだった。
人気もまだプロを名乗るには少し足りないが、下駄を履かせてやれば何とかなる。
「なるほど。では、次の昇格候補はOathの三人をプロ級へ上げるということで」
「ああ、それなんだけどさ。レヴリッツ君はマスターに飛び級でよろしく!」
エジェティルの言葉に、会議は衝撃の沈黙に包まれた。
ー----
「無理でしょ」
会議の結論を聞いたサーラ。所用があって彼女は会議に参加できなかったのだが……どうやら相当無理のある決定が下されたらしい。
彼女はエジェティルの突飛な提案に頭を抱えていた。
「ええ、もちろん私の提案には誰も賛同してくれませんでしたよ。CEO特権でゴリ押して採択しましたけどね。ははははは」
「なにわろ。飛び級って……前例はあなたの娘さんくらいでしょ?」
「ええ、ソラフィアートは私の娘だけあって天才でしたからね。デビューした瞬間にすべてのパフォーマーより実力が優れていたし、人気もうなぎ上りだったので、特別にあの子は飛び級が認められた。
レヴリッツ君は適正がFランクですし、人気もそこそこ止まり。とてもじゃないですが飛び級は厳しいです」
「無理って自分で言ってるじゃない。
実力はまあ認めるけど、人気が足りなさすぎる。
チャンネル登録者あと90万人くらいは欲しいかな」
サーラは何気なくレヴリッツのチャンネルを開く。
登録者は8万4000人。この登録者という数字、お飾りである。どれだけ数が多くても生配信の同時接続や再生数にはあまり影響しない。
デビューと同時に何千人かは登録者はつくが、実際に見てくれる人の数は不明。
幸いにもレヴリッツは登録者とアクティブの比率はマシなほう。伸びる素質はあるということだが、このペースだとマスター級になるまで二年はかかる。
「三か月後です。三か月後に昇格戦を執り行う。
それまでにレヴリッツ君には……人気者になってもらおうと思います」
「……また不正?」
「またとは聞こえの悪い。不正などしたことはありません。
どこかのサイトにお金を振り込んだら登録者が増えたり、案件を増やしまくったら同接が増えたり、都合のいいタイミングでバズったり……そんなことはこの業界では日常茶飯事ですからね。
むしろそのルートを通っていないマスター級なんていません」
エジェティルは強引にレヴリッツを人気者に仕立て上げる気だ。
実際、三ヶ月でマスターに飛び級させるにはそうするしかないだろう。
しかし、サーラにはいくばくかの疑問が残っている。
「なんでそんな急ぐの? あの子がそこまで大事?」
「いえ、大事というか……時間がありません。このまま待っていれば、次にマスター級になるのは他パフォーマーになってしまう。
例えばイルクリス・サウラ。例えばオデュノート・サン。
マスター級への昇格候補はいくらでもいる」
「別にその人たちの後でもよくない?」
「いけません。マスター級の十人目は、レヴリッツ・シルヴァでなくてはならない。最後の十席目に座るのは彼です。
最終拠点の管理者として、それだけは譲れない」
──"最後の十席目"
彼はそう言ったが、サーラには言葉の意味が解せなかった。
マスター級の定員が十名などという規則はない。十一人でも十二人でも、百人でも構わないのだが……エジェティルにはどういう意図があるのだろうか。
「何を隠しているのか知らないけど……やれるものならやってみなよ」
「ええ、やりますとも。ふ……ふふふふっ」
不気味に笑う彼から嫌な予感を受け取ったサーラは、そそくさとその場を離れて行った。
ー----
今日も配信を終えたレヴリッツは、部屋の隅にあるポッドでお湯を沸かして麺をすする。
配信後のエゴサは欠かせない。視聴者の反応を確認し、勉強を重ねていく。またアナリティクスもチェックして動向を探る。
「……」
彼の視聴者はやや特殊。
他のパフォーマーに比べて変な雰囲気が漂っているのだ。荒らしがいても特に言及されなかったり、むしろいない方が違和感があったり。
順調に伸びてはいるのだが、変な伸び方をしている気がする。
ヨミやリオートのチャット欄を見ると平和さに腰を抜かすほど。ペリのチャット欄も表では平和だ。
だが、レヴリッツのチャット欄は表でも汚い。まるでネット掲示板のアンチスレみたいに。
「……」
かと言って、炎上しているとも言い難い。そもそも炎上するようなヘマはしていない。
エゴサで見る視聴者の反応は、
「おもしろかった」
「ここ草(with タイムスタンプ)」
「配信おつかれ!レヴもゆっくり休んでくれ!」
……みたいな健全なものが大半。稀に捨て垢が悪口を書いているが、何も気にならない。
SNSの反応と、配信でのチャットの反応は違う。それを念頭に置いていても、何か釈然としない乖離がある。
「……」
アナリティクスを確認して、収益も見てみよう。
投げ銭の額はアマチュアでは上位。同期の中ではかなり多く、ヨミやリオートとも大差ない。
ただ、メンバーに入っている人が若干少ないようだ。メンバー向けの配信をあまりしていないからだろうか。
登録者はペリを除いたOath間では横ばいで、勢いも順調に伸びている。現在は8~10万人ほど。
高評価率は……少し低め。というよりも、低評価率がやや高いのだ。高評価の数自体は他のパフォーマーと変わらないが、一定数の粘着アンチがいるということか。
大会などで活躍するほど、倒した相手の信者などがアンチになりがち。これは仕方ないことだ。
アンチは最も熱心に見てくれる視聴者。普通のファンは飽きたら離れるが、アンチは一生動画を再生してくれるのでありがたい。
「……」
次に配信サイトではない、個人のSNS。
ここでは日常の呟きをしたり、配信情報を発信したりしている。
フォロワーは配信サイトよりも少ない。
今のところフォロワーは5万人。リオートと同じくらいだ。
ヨミは頻繁にショート動画をSNSに上げているので、そのぶんフォロワーも多いようだ。
意図的に変なツイートを心がけているので、たまにバズるものの……配信への導火線になっているとは言い難い。
インプレッションを調べてみても、バズった呟きの下に張ったリンクへのクリックが少ないのだ。
「……」
この状況からどう伸ばすか。
惰性で続けていても、より高みを目指すことは難しい。プロ級になれたとしても、マスター級になるのは厳しいだろう。
自分から何かしらのムーブメントを起こさなければ、運よく爆伸びすることもあり得ない。
未開拓市場を狙うか、流行に乗るか、一部の世代を狙い撃ちするか。
マイナー市場を狙えば、俗に言う「イナゴ視聴者」が入ってこない。
流行を擦れば、今まで集めた「逆張り視聴者」が逃げていく。
時間に余裕のある世代を狙えば、「他の世代の視聴者」が見てくれない。
「……」
普遍的に人を集める手段を……いや、そんなものがあれば苦労はしない。
どの択を取っても一長一短なのだ。とにかく色々試してみるしかない。
「……うん」
とりあえず明日はOathコラボだ。
有名なパーティゲームをやる予定。
四人での絡みは月に一度くらいに抑えている。規模が拡大するほど、気軽にコラボできなくなる業界なのだ。
レヴリッツの認知度はまだまだ低い。
認知度を上げることも大事だが……それ以前に大事なことがある気がする。
彼は煩悶とした心持でベッドに潜り込んだ。




