25. 本音
バトルパフォーマンス協会は一つではない。
いや、一枚岩ではないと言った方が正確だろうか。
レヴリッツたちが所属するリンヴァルス国の協会ではなく、外国に位置するリノス協会。
規模はリンヴァルスに大きく劣るが、ここも長い歴史を持つ協会の一つである。そんな外国の協会にサーラが訪れていた。
「グロア理事長、今回の件は問題にさせてもらうよ」
彼女は怒りを湛えた瞳でリノス協会の理事長を睨みつけた。
「……はて、なんのことやら。サーラ理事長はお頭がたいへんよく、私には貴殿の言葉が理解できないことが多々ある。
脈略もなく「今回の件」などと申されても」
「リンヴァルス国のパフォーマーに暗殺を仕向けたのは……あなたでしょう」
「なに、暗殺ですと!?
それは物騒な話ですな……」
サーラが綾錦杯の事件について追ってみたところ、裏で外国の協会が手引きしていることがわかった。レヴリッツの暗殺にハドリッツが寄越されたのは別件。サーラが関与するべきではない。
あくまで依頼が重なり、ハドリッツと他の殺し屋は連携を取っただけのようだ。
ただし、パフォーマーに手出しされれば黙ってはいられない。
グロア理事長はあくまで知らぬ存ぜぬを貫き通す姿勢だ。
「サーラ理事長、貴殿はこう言いたいのですかな?
私が貴国のパフォーマーに殺し屋を仕向けたと。それはそれは……大変な名誉棄損ですな?」
「そう脅したって、こっちには証拠もあるんだけどね。
来年の世界大会……初戦でリンヴァルスと当たるのはリノス国。つまり私たちが邪魔だったから、世界大会の選抜候補を殺して戦力を削ごうとした。
……これで合ってる?」
「再三にわたり申し上げますが、私は何も存じ上げません。公平で公正なバトルパフォーマンスを心から願っております。世界大会もパフォーマーたちが全力を出し合えるように取り計らいます。
貴殿も同じでしょう? これ以上の争いは無益だ。お帰りいただこう」
業を煮やすサーラは今にも目の前の老獪を吹っ飛ばしたくなった。
しかし、ここは大人の対応を。
「次はないよ。さっきも言ったけど、こっちには証拠があるわけ。
また問題を起こせば、証拠と共に貴会を弾劾する。
それで手打ちといきましょう」
「ええ、お話をわかってくれたようで何よりです。
今後ともよき関係を続けていきましょう」
ー----
「……というわけでね」
後日、サーラから詳細を聞いたレヴリッツは頭を抱えた。
「なるほど、理事長らしい慎重なご判断ですね。その思慮深さ、尊敬します」
「表情に敬意が欠片も見られないんだけど。仕方ないじゃない、私も立場ってもんがあるし。
仮にも理事長の私が他国の協会を潰すわけにもいかないし」
「つまり、僕を殺しにきたハドリッツはシロハ国からの依頼。マスター級の連中を狙った殺し屋二名はリノス国からの依頼、ということですか」
「そゆこと。パフォーマーを殺しにきたのならともかく、個人的な事情で命を狙われてるレヴリッツを守ることはできないよ。
今後もシロハから刺客が来るかもね」
サーラはパフォーマー諸人を守る義務はあっても、レヴリッツの因縁にまで構っている余裕はない。このバトルターミナルの警備も厳しくするが、それでもプロの殺し屋はすり抜けてくるだろう。
「大丈夫です。ハドリッツより厄介な殺し屋なんていませんから。
ただ……警備が緩いせいで僕の綾錦杯出場を妨害されたのは事実。これは協会の責任です。損失には正当な補填をもって当たるのが筋かと」
「あーはいはい。なんか埋め合わせはするから。
エジェティルを中心に話し合って、レヴリッツとユニに対するお詫びは考える予定。これでいい?」
「もちろんです。理事長のことなので、すごく豪華なお詫びを用意してくれると思いますし」
「……でもレヴリッツは金銭的には困ってないんでしょ?
魔導書とかいる?」
「僕に魔術の才能が壊滅的にないことを知っての嫌がらせですか。魔導書なんて鍋敷きにしかなりませんよ。理事長からすれば宝物かもしれないですけど。
まあなんか考えといてください」
彼はそう言い残して理事長室を出る。
後ろからはサーラのため息が聞こえた。
ー----
「あ」
「げ」
帰り道、ばったりとレヴリッツは出くわした。
例の女に。
「おはよう、カガリ。今からトレーニング?」
「スッー……うん。レヴリッツは……なにしてんの?」
「理事長にカツアゲしてきた帰り。今から僕も走り込みするんだけど、一緒にやる?」
平然とレヴリッツは話すが、対面するカガリの内心は穏やかでない。
この男の正体がレヴハルト・シルバミネであると知ってしまったから。むしろ今まで通りに接してくることに恐怖を覚えてしまう。
「あんた、怒ってないの?」
「……? カガリ、僕を怒らせるようなことをしたのか?」
「いや、あの……綾錦杯でやったじゃん。色々」
「綾錦杯でカガリと会った覚えはないな。混戦でわからなかっただけかもしれないけど」
あくまでレヴリッツは、レヴハルト・シルバミネを知らない体で話そうとしている。潜入した殺し屋がカガリだとバレていないからパフォーマーを続けられているものの、レヴリッツが協会に告げ口すれば即刻逮捕だ。
黙っていてくれるのはどうしてなのだろうか。
「……あたしみたいな『怠惰な獣』は嫌いなんでしょ? どうして構うの?」
レヴハルトは言った。
怠惰な獣は嫌いであると。好きなのは勤勉な獣であると。
カガリはただ上からの命令で動く殺し屋だ。
また他のパフォーマーを殺すように指令が出るかもしれない。そんな薄汚れた人間に、どうして口を聞くのか。
「本音は隠すものだ。
仮面を被れば本音は見えず、感情も言葉もペルソナで満ちる。
嫌いな人間が目の前にいたとしても、嫌悪を露出するのはまさしく『怠惰な獣』だ。僕はそうなりたくないから、誰とでも付き合うよ」
「そ。つまり本心であたしを嫌いなのは変わらないってことね。逆に安心した。
いいわ、トレーニング付き合ってあげる」
レヴリッツ・シルヴァという人格はすでに完全に確立された。
ハドリッツ・アルヴァの模倣ではない。愛想よく、パフォーマンスに熱心で、常に人気者を志す少年だ。
レヴハルト・シルバミネとは完全に別物。
もはや仮面と形容するには存在が大きくなりすぎた。
彼はこれからも、レヴリッツを生きていく。
ひらひらと着物の裾をはためかせ、走り込みに向かった。




