表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れじの契約  作者: 朝露ココア
4章 咎人綾錦杯
77/105

20. 有象無象

 カガリと時を同じくして計画を起こしたアーウィン。

 率直に言うと、彼は迷っていた。


「居場所、不明。標的、喪失。今の俺は困窮。

 行き着く先は……任務失敗」


 彼の標的はレイノルド・アレーヌ。

 ユニと同じく世界大会選抜候補のパフォーマーだ。


 事前に最終拠点(グランドリージョン)には潜伏し、地形は把握していた。

 しかしながら彼は迷っている。

 記録したマップと現状の位相が大きく異なっている。まるで一夜にして完全に地形が変わってしまったようだ。


 しかし、一流の殺し屋であるアーウィンにとっては些末な問題だ。

 付近に人の気配を感じれば、レイノルドかどうかを確認すればいいだけ。


「……気」


 駆け抜けた一陣の風。

 風が運んだ何者かの気配。

 アーウィンは咄嗟に立ち止まり、柱の陰へと身を潜めた。


 刹那、空間が歪む。

 形容するならば、それは夜空に煌めく星々であった。手を伸ばしても届かない銀河──すべての輝きを凝縮した概念が、空間に張りついていた。


 歪みから現れたのは黄金の少女。

 彼女は夜闇の中で碧色の瞳を瞬かせ、アーウィンの隠れている柱に声をかけた。


「あ、いたいた。ミラク教授の推理通り。

 あなた、迷ってるの?」


 気配は完全に遮断し、呼気の音も消していたはず。

 存在を知覚されたアーウィンはやむなしと少女の前へ進み出る。


「お前、何者。問う、レイノルド・アレーヌの居場所。

 邪魔立てするならば、奪うは命」


「なにそのラッパーみたいな喋り方……キャラ付けにしては浅すぎるでしょ。

 私はソラフィアート・クラーラクト、超有名人だし名前くらいは知っているでしょう?」


 アーウィンの殺意にも動じず、ソラフィアートは優雅に一礼した。

 彼女の名前はアーウィンも知っている。曰く、バトルパフォーマーの頂点。

 そして世界大会の出場予定者でもある。


 依頼のオプションは『世界大会の出場者を最低一名、可能ならば二名殺害する』こと。

 この少女を殺すことでも、一応依頼の達成は可能。問題は倒せるかどうか。


「問おう、俺の前に現れた理由」


「私はこの最終拠点(グランドリージョン)の管轄を任されているのです。この場所に不法侵入は許されないよ。あなたたち殺し屋はわざと最終拠点(グランドリージョン)引き込まれたの。マスター級に挑みたいなら、バトルパフォーマーに就職して正々堂々と挑みにきてね。

 綾錦杯の邪魔をされても困るし……てか今回の大会乱入者多すぎでしょ。もう終わりだよこの大会……」


「……」


 会話の最中、アーウィンはソラフィアートの立ち振る舞いを観察する。

 つぶさに観察してみても、アーウィンのことを警戒していないのがわかる。自分が天才だと持て囃され、敗北を知らぬからこその余裕だろうか。


 ──殺せるのではないだろうか。


 バトルパフォーマー……それは相手と正々堂々の勝負を前提に闘う職業。汚い手を使われた経験はないだろう。

 ならば、素人もマスター級パフォーマーも暗殺術に対する耐性は同じ。


 試してみる価値はある。無理ならば逃げればいい。


「ところでお前、出るのか……世界大会」


「急に世間話みたいに言われても……一応、出る予定だけど。五年に一回の開催だから、三年前にデビューした私は出たことがないんだよね」


「できるといいな、優勝」


 単なる時間稼ぎだ。

 即興で暗殺術を組むために。


 アーウィンの得意とする暗殺手段は『侵食』

 相手に気づかれない内に能力弱化、呼気停止、魔力減衰を施し……いつの間にか生命活動を停止させる。すでにソラフィアートは彼の毒牙にかかっていた。


 見えざる魔力の流れが彼女を弱らせ、あと一分も経てば死ぬ。

 あまりの微弱な変化に、標的は自分の生命力低下にすら気づくことはできない。


「ところで、そのラッパーみたいな喋り方はなに? 殺し屋にもバトルパフォーマーみたいなキャラ付けが必要なんですか……?」


「体言止めは強者。根拠はない。

 素の性格は普通。あくまで演技」


「なんでみんな裏でもキャラ保てるんだろ……私はしんどくて絶対無理なんだけど。殺し屋でさえRP意識してるのに、私は?」


 先程からソラフィアートは一切の攻撃を仕掛けてこない。

 アーウィンからすれば僥倖(ぎょうこう)だが、何故なのか。完全に生命活動が停止するまで残り二十秒を切った。そろそろ彼女も異変を感じ始める頃合いだろう。


「あと二十秒か……」


「!?」


 あろうことか、ソラフィアートはアーウィンが内心でカウントしている時間を呟いた。


「気づいていたのか、俺の術。お前の命、あと数秒」


「本当にそれならいいんだけど……残念ね」


 時間だ。

 確実に人間であれば死に至る時間なのだ。


 だが、ソラフィアートは何ら苦しそうな様子も見せずに立っていた。

 何らかの要因により抵抗されていたのか、無効化されていたのか。


「何をした、抵抗(レジスト)? 幻術?」


「何も」


「……?」


「何もしていない。呼吸をしているだけ。

 あなたの暗殺魔術は──何もしなくても無効化できるほど……あの、弱いです……」


 ソラフィアートは若干引け目を感じながら言ってのけた。

 数多の人間を屠ってきたアーウィンの術も、彼女にかかればこの程度(・・・・)。決して彼が弱いわけではない。

 ソラフィアートが高みに在りすぎた。


「あり得ない」


「え」


「あり得ない、それはあり得ない……! この術が効かなかった人間なんていない!

 十年以上の時をかけて! 俺はこの術だけを研鑽してきたッ!

 今に見ていろ、あと数秒後には、お前は……死ん、で……」


 一瞬にしてアーウィンは半狂乱に陥る。

 ソラフィアートのただ一言が、彼のプライドを完全に粉砕した瞬間。人生の大半を費やして錬磨した暗殺術を『何もしない』という手段で否定されたのだ。


 無理もないことだ。ソラフィアートもわかっていた。

 今まで、こうして何十人ものプライドを砕いてきたのだから。


「あの……ラッパーキャラ忘れてますよ」


「死ねよ……お前、死ねよ……! お前みたいな化け物は、この世に存在しちゃいけないッ……!」


「女の子に化物とか失礼ね。言われ慣れてるけど」


 彼女は嘆息して眼前を見据える。

 迫り来るアーウィン。疾風の如く駆け抜ける彼の姿も、天上麗華の前にはそよ風も同じ。


 彼女は片手をかざし、ただ一言呟いた。



 ──《地ヲ統ベル赫槍(グラドゥス)



「ッ……」


 黄金の槍がアーウィンへと向けられる。

 寸前、彼は急停止。己の肉体が槍で貫かれる前に踏みとどまった。


 ソラフィアートもまた槍を射出するつもりはなかった。

 ただ置いただけ。


「無理だ……」


 アーウィンの瞳に焼き付いた光景。

 輝く黄金のオーラ。細身ながらも圧倒的な質量を感じる槍。ただ近寄るだけで身の毛もよだつ覇気。


 まさしく神を相手にしているようだ。「絶対」が立っている。

 これ以上の接近は、人としての本能が許さない。


「化け物だ……勝てるわけがない……こんな奴、殺せるわけないだろう……」


 震える足を叱咤し、彼は即座に踵を返す。

 そもそもこの依頼を請け負ったことが間違いだったのだ。


 殺し屋には絶対に逆らってはいけないものが三つある。

 政府と、依頼人と、人外だ。


 目の前の少女は、まさしく人ならざる何か。

 アーウィンはただ見逃されることに一縷の望みを賭け、彼方へと駆け出した。ソラフィアートも彼の後を追うことはない。

 もう二度と最終拠点(グランドリージョン)に立ち入ることはないだろうから。


「"有象無象"、おつかれさま」


 彼女は欠伸混じりにその場を去った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ