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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
4章 咎人綾錦杯
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17. 人間になった日

「これは酷いな……どうしてこうなった」


 ハドリッツはニュースを見て渋面した。


『恐怖!15歳の少年が連続殺人』

『竜殺しの家系──尊属殺人 レヴハルト・シルバミネの心理とは?』

『首狩りの怪物……血みどろの徘徊者』

『英雄エシュバルト・シルバミネの死 広がる悲しみの声』


 レヴハルトが父を殺害してから、国内はそのニュースで持ちきりになった。

 曰く……半狂乱のレヴハルト・シルバミネは父親の首を掴み、夜の街中を闊歩したらしい。譫言(うわごと)を呟き、彼は道行く人々を恐怖に陥れた。


 国も庇い立てせず、彼を切る方針へ移行。

 エシュバルト・シルバミネを殺せるレベルの狂犬を擁しておくほど、シロハ政府は度胸がなかったのだ。彼のこれまでの殺人を発覚させ、重罪人として処する腹積もりだろう。


 ニュースを眺めるハドリッツの傍では、政治家が呆れたように煙草をふかしていた。


「やれやれ……まさかシルバミネ家をわが国が失うとはな。これは重大な損失だぞ、ハドリッツ。

 たしかあの小僧はお主の犬であったろう? まさかお主が仕向けたわけではあるまいな」


「まさか。いえ、僕もエシュバルト様の方針は危ういと思っていたのですよ。彼の素晴らしい教育方針は、愚息を育てるにはいささか完璧すぎたのです」


 自分のせいだろうか……ハドリッツは自責の念に駆られる。いつの日か、自分のかけた言葉。あの言葉がレヴハルトに呪いを残した可能性もある。


 きっとレヴハルトは壊れたのではない。

 何かしらの目的があって父を殺したのだ。


「……まあよい。速やかにレヴハルトは処分される。

 最後に会って来てはどうだ?」


 政治家の言はハドリッツに鎌をかけたものだった。

 無論、政治家の真意に気がつかない彼ではない。


 ここでレヴハルトを庇うような真似を見せれば、ハドリッツも処分される。


 処分。つまるところ、死刑。

 この国では死刑が禁じられているので、実質的に等しい刑罰が与えられる。

 生存確率0%の死地への追放だ。


「いえ、結構です。僕とアレ(・・)は赤の他人。

 何も残す情はありませんとも」


 -----


『判決を言い渡す。

 主文、被告人レヴハルト・シルバミネを──追放刑に処す』



 静かな日だった。

 まるで国中が寂寞の海に沈んでいるかのような陰鬱さが漂う、白昼夢。



 ニュースを聞いたヨミは、思わず絵画に向けていた筆を取り落とした。

 レヴハルトが逮捕されて以来、彼女は気が気でなかった。食事も喉を通らず、眠ることすら不安が許さず、ひたすらに昏い感情を絵画にぶつけることしかできず。


 レヴハルト・シルバミネの追放刑。

 彼が殺人を犯して捕まったことは聞いていたが、ヨミは何かの間違いだと信じていた。絶対に彼は私利私欲で人を殺める者ではないと。



 本音を言えば、レヴハルトが暗殺をしていることには気がついていたし、それが国からの依頼であることも知っていた。

 彼はただの操り人形だった。

 ヨミに対してのみ心を向ける、哀れな人形であった。


「行かなきゃ……」


 彼女は度を失って駆け出した。

 ヨミ・アルマに光を与えたのは誰か。愛を教えたのは誰か。

 ただひとり、彼女を人として扱ってくれたのは誰か。


 他ならぬ、レヴハルトである。彼女の希望はただひとり。


『ヨミ、ごめんね。

 俺は君にいらない光を与えるために、嘘をずっと吐いてたんだ。

 今はまだ話せないけど、いつか話すから……俺を赦さないでくれ。

 その瞳は……彼らの血で出来ている』


 いつの日か。

 レヴハルトは彼女にこう言った。


 だが、それは大きな間違いであるとヨミは伝えなければならなかった。

 彼のくれた光は見えるモノではない。彼の存在そのものが、孤独であった彼女の光なのだ。



 全ての真実を知り、なおも彼女は少年を赦す。

 たとえ世界の全てが彼の敵に回ろうとも、彼女だけは死ぬまで彼の傍にいなければならない。


「だって……」


 まだ、レヴハルトの本当の笑顔を見たことがないのだから。


 -----


 目隠しをされながら、異変に気がついた。

 振動が小さくなった。そろそろヘリが目的の座標に着いたのか。


「……到着だ。これよりレヴハルト・シルバミネの追放刑を執行する」


 目隠しが外される。下には真っ白な裂け目が広がっていた。

 裂け目からは眩い光が漏れ出ている。


 ──『愚者の海』

 海にぽっかりと開いた謎の亀裂。

 あの先に何が広がっているのか、どのような作用で海に裂け目が出来ているのか……すべてが謎に包まれている。

 あの先へ飛び込んで帰って来た者はいない。そうだ、死ぬんだ。


 俺はこれより、その裂け目の中に落とされる。

 まあ、アレだ。火口に落とされるみたいなものだ。


「さあ、来い」


 ヘリの扉口に立たされ、手足を縛っていた縄が解かれる。

 ここで抵抗する者もいるそうだが、俺は別に抵抗する気なんてなかった。生きる気もなかった。


 教誨(きょうかい)は必要ない。後悔はない。憎悪もない。何もない。


「…………ゆけ」


 言われるがまま、重力に身を委ねる。

 目を背けず、何も考えず、堕落する。不思議なくらいに肌を撫でる風を感じることはなかった。


 ヘリがこちらの様子を観察することもなく去っていく。

 もうすぐ、死ぬ。

 これが傀儡の成れの果て。生まれたその瞬間から、俺はこうなる運命だった。


 仕方のない因果だ。


「…………」


 どんどん裂け目が近づき、眩しさに思わず目を逸らす。

 そして……熱い。裂け目に近づくほど熱気が強くなる。


 空間の先からは奇妙な音が響いていた。何の音だろう。

 ああ、死を呼ぶ鳴動が聞こえる。


「……」


 動かない。動く気が起きない。

 そのまま裂け目を潜る。不思議な浮遊感が身を包んだ。

 落下しているのではない、自分の身体が食われている(・・・・・)


 いや……身体だけじゃないな。

 ……意識が朦朧としていく。自分が何者であったのか……忘れていく。

 記憶も食われているのか。どうでもいいな。



 漂白に身を預け、生涯を振り返る。

 実に空虚な人生だった。なにもない。


 人を殺し、魔物を殺し、人を殺し、人を殺し、畏れられ、時にヨミと笑って、人を殺し、父を殺し、憎悪された。

 ……うん、これだけだ。ヨミには悪い事をしたな、どうか君は息災で。


「…………」


 さむい。あつい。

 みえる。みえない。


 俺は誰かを幸せにできたのかな。

 ハドは今頃なにを思っているのだろう。

 結局、ヨミにも要らぬモノをあげてしまった。



 ……そういえば、何か忘れている気がする。

 なんだったかな。俺の空虚な人生に置き忘れたものなんてないはずだけど。

 でも、ないか……



「……ああ、契約か」


 ぼそりと呟いた。

 ソラフィアートと名乗る少女と交わした契約。彼女を殺すと、約束した。

 俺はいつか約束を果たそうとしていたんだっけ。でも、俺みたいな人形が抱いていい感情ではなかったな、アレは。


 彼女にも謝らないと。契約を果たせなくてごめんって。

 もう覚えていないか。


「……?」


 この感情はなんだろう。どこか懐かしくて、どこか忌まわしい。

 胸の奥が沸き立って、落ち着いていられない。



 たぶん、だ。

 心に乏しい俺が人間の感情を模倣して喩えるならば。


「──あこがれ」


 そう、あこがれ。

 俺はソラフィアートに最初に会った時から、彼女に憧憬を抱いていた。

 彼女を越えたいと思ったのだろう。


『依頼者は私。私は、私を殺してくれるようにあなたに依頼を出す。

 いつか契約を履行して。あなたが本当に殺し屋なら』




 ……どうして俺は、こんなに昔のどうでもいい言葉を覚えているのだろう。

 あの瞬間が忘れられない。もう一度彼女と刃を交えたい。

 きっと、そうなんだけど。




 いいや……違うな。

 俺は……さっき嘘を吐いた。後悔、一つだけあったんだ。

 もういっかい。もういっかい。もういっかい。


「もう、いっかい……」


 あと一度だけでいい。あの美しい技を受けて、それを越えてみたい。

 要らぬ情意を持った。



 ──俺は初めて顔を上げた。

 目前には眩い白い光。完全に呑まれれば、俺は。



 きっと契約を果たせない。


「……シルバミネ第四秘奥──《禁殺》」


 虚空より二振りの刀を取り出し、空間を斬り裂く。

 我が剣筋は眼前の白光を斬り伏せた。



「ああ……そうか。

 俺はあの日、人間になっていたんだな」


 もはやこの身は幽鬼。

 ただ一つの契約を、約束を果たすために。



 ──この地獄を生き延びる。


 -----


「……ヴ! レヴ!!」


「っ……」


 ……あれ。俺は何をしていた?

 ヨミだ。泣きはらしたヨミが、俺を覗き込んでいた。


「ヨ、ミ……?」


「よかった、レヴ! 無事で、本当に……」


 温かい抱擁だ。

 俺は見知らぬ森の中にいた。

 傍には……よくわからない、光の壁があった。俺はその壁にもたれかかって、傷だらけの身体で倒れている。


「こ、は……」


 ダメだ、声が出ない。

 何もわからない。覚えていない。


 追放されて、光に呑まれて。

 それで……どうなったんだっけ。


「もう喋らないで……私が、私が救うから……」


「けい、やく……」


 そうだ、契約を。

 ソラフィアートとの契約を果たすんだ。


 けど、どうしてかな。

 身体が動かない。もう重くて動かないや。

 

「ねえレヴ、私ね。レヴに救われたから、レヴがいてくれたから……」


 意識が遠のく。

 安堵によるものか、疲弊によるものか。


 とにかくヨミが傍にいることが、ひどく心地よかった。

 今なら──永遠に眠れてしまいそうだ。


 まぶたが徐々に落ちていく。

 ヨミの声が聞こえなっていく。


「──スさんが──してく─た命、──んと──から……」


 ああ、本当に。

 俺は幸せ者だったな。

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