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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
4章 咎人綾錦杯
65/105

8. マスター級の実力

 バトルフィールドの中央で、カガリとミラクが向かい合う。

 レヴリッツは空の観客席に座り、何気なくミラクのチャンネルを開いてみる。


「登録者70万、今のライブの同接は4万……雲の上すぎるなあ……」


 国内で九人しかいないマスター級なだけあり、数字の規模は相当に大きい。しかも現在は平日の朝なので、夜の配信はもっと視聴者を集めているのだろう。

 格上は見ないようにしているレヴリッツ。そんな彼でもここまで大きな壁を突きつけられると、気が滅入ってくる。


 本当に自分はこの境地に辿り着けるのだろうか……と。


「一時間後、小生は公式番組がある。寸暇を惜しみ、第一拠点(ファーストリージョン)まで来た手前……決闘前の口上は勘弁されよ。

 どれ……87期生、新進気鋭の頂点。お手並み拝見と往こうか。

 ──ミラク・マジエル」


「よろしくお願いしまーす。

 カガリ・メロウ」


 ミラクは威風堂々と構え、カガリは手足を動かして身体をほぐす。

 試合前の時点で戦闘スタイルの違いが読み取れる。


 今回、レヴリッツが観戦で注目するのはマスター級の実力だけではない。カガリの真の力も見極めておく必要がある。

 あらゆる可能性を考慮して。


 ──試合開始

 開戦のベルが鳴り響くと同時、ミラクが口を開く。


「さて、まずは一芸ご照覧。バトルパフォーマンスの大見得、独壇場(スターステージ)へ誘おう」


 ミラクの吐息と共に、熱気がバトルフィールドを駆け巡る。

 それはまさに独壇場。彼を讃え、彼を主とし、彼を頂点たらしめるための戦場。


 熱気に乗せられて次々と魔力の粒子が立ち昇り、風景が塗り替えられていく。

 フィールドを全て書き換えるような独壇場(スターステージ)の顕現。リオートのように発現させたばかりの素人舞台ではない。質を極限まで高めた、達人の領域生成である。


「演算、推測、帰結、爆発。

 Ato() w() suron(偏に) Marve(意志の) amemesyu(慟哭)

 顕現せよ、独壇場(スターステージ)──《言霊書院(レムナ)》」


 刹那、世界が染まる。

 気がつけばバトルフィールドは巨大な建造物に変化していた。


 闘技場を取り囲むは、天を衝く書棚の数々。

 宙を舞うは奇妙な文字列の断片。鼻の先をくすぐった古書とインクの入り混じった匂い。


「なに、これ……!?」


 カガリを驚かせたのは空間に巡る魔力量だ。

 ひとつ呼吸を挟んだだけで、吐き気がするほど大量の魔力が雪崩(なだ)れ込んでくる。扱える大気中の魔力は多いに越したことはないが、ここまで多いと身体の動きに支障が出てしまう。


 一方でミラクは事も無げに呼吸を繰り返す。

 確かに、この独壇場(スターステージ)はバトルパフォーマンスにおいては驚異的だ。発動されれば圧倒的にミラクの有利。


 しかし、


「……ふーん。凄いですね、あたしもミラク先輩みたいになりたいです」


 カガリは呼吸を整えて配信用スマイルを向けた。

 ミラクはバトルパフォーマーとしては一流だ。

 だが、「実戦」となれば強くはない。


 これはレヴリッツとカガリが同時に感じたこと。

 もしもこれが本気の殺し合いならば、領域生成の間に殺せている。赤子の手をひねるよりも簡単に。


「小生の領域を受けてなお、毅然(きぜん)とした出で立ち。すばらしいね、斯様(かよう)な魔力の波にも耐えうるか。感嘆(かんたん)の至りだとも」


「それはどうも。じゃ、いきますよ」


 宣言し、カガリは地を蹴った。

 相手がマスター級ならば十分に対人スキルを発揮できる。これまではレヴリッツ相手にしか全力を出せなかったが、この相手なら。


 まっすぐにミラクへ飛び込んだかと思うと、彼女の姿が揺らめく。

 姿の消失を確認したミラクは瞳を閉じる。瞬間、彼の鼓膜に響いた耳鳴り。


 カガリは聴覚と視覚を奪いにきたのだ。

 しかし腐ってもマスター級、対処は可能。


「見事な腕前。正面より切り込むかと拍車を掛け、感覚を奪う二段構え。

 だが読めているよ」


 ミラクは深く呼気を吸い込み、中空に浮かんでいた文字のようなものを口から接種。

 するとどうだろうか。たちまち彼の感覚は復活し、背後から迫っていたカガリの短刀を受け止めた。


「え」


「ここは小生の舞台。君の素性は把握した。配信では言及しないが。

 見えているかな? 自由気ままに飛び交う文字列を」


 ミラクはカガリの短刀を払い、突然消え去った。

 そして遠方にゆらりと現れる。


 レヴリッツが推測するに、鍵は独壇場(スターステージ)の特質にある。

 中空に浮かぶ文字の断片は、ミラクが喋る度に増えているように思う。瞬間移動した際も、傍に浮いていた文字に触れて移動した。


(あの浮かんでる文字が、色々と有益な効果をミラクさんに齎している。そして文字はミラクさんが喋る度に増えている……つまり、ミラクさんを喋らせなければ闘いを有利に進められるってことか)


「我が言霊書院(レムナ)の特性を知悉(ちしつ)すべし。さもなくば君は小生を攻略することは敵うまい。さて、お手並み拝見とゆく」


 挑発的な物言いで、されど表情は変えずに佇むミラク。

 カガリが何度攻撃を浴びせようとしても、この独壇場(スターステージ)のギミックを攻略できない以上、攻撃は当たらないだろう。


「あたし、難しいこと考えるの苦手なんですよねー。ただ、何となくわかりました。とりあえずミラク大先輩の喋り方、なんかアレなんで……口封じしますね」


 どうやらカガリもレヴリッツと同じ結論に至ったらしい。

 ミラク攻略の鍵は……『沈黙』。


 口封じ……カガリの単語を聞いたミラクは、感心したようにうなる。


「ほう。中々に鋭い推察。確かに、私は視聴者からも迂遠極まりない言い回しを咎められる事は、往々にしてある。

 一部ではまことしやかに演技(ロールプレイ)なる説も囁かれているが、」


「《失舌(ネッサン)》」


「──!」


 だが、ミラクの語りは遮られる。

 カガリの奥義、失舌。殺し屋は相手の能力を奪い、奇襲に長けた技を有する。これもその一つ。


 殺気を一気に浴びせ、魔力への抵抗を大きく減衰。次いで対象とする感覚に蓋をする。

 熟練の殺し屋ならば誰もが扱える術だ。


 ミラクはマスター級の達人であっても、本気で殺意を受けた経験はない。

 殺し屋の技を受けるに当たっては、一般人もバトルパフォーマーも等しく砕け散る。


「意外と脆いのね、先輩?」


 カガリは舌なめずりして、言葉を失ったミラクへ急接近。

 手慣れた動きで背後へ回り込む。短刀を構えて首元へ刃を──


「……ッ!?」


 突き付けることはできず。

 彼女の短刀は不可視の壁に阻まれていた。


 観客席から俯瞰していたレヴリッツにはわかる。

 ミラクの言霊は言葉によるものだけではない。


『君は見落としている。

 Novun wmu(言霊とは) zin(音波) Hureni(だけが) atom(作る) tel(ものではない)


 ……と、中空に文字が綴られる。

 そう、文字を打っているのだ。ミラクの指先はまるでキーボードを打つような動きを見せ、発音が失われた今現在も『言霊』として綴りを続けていた。


 カガリの攻撃を弾いた不可視の壁が、彼女を取り囲むように広がる。

 暴威に等しい魔力の壁、貫くこと(あた)わず。カガリは全身の圧迫感に苦悶の表情を浮かべ、抵抗力を失った。

 そして、地に落ちると共にセーフティ装置が作動。


 ──試合終了

 勝者、ミラク・マジエル。


「か……はっ……! あー、苦しい……勝ったと思ったんだけどなあ……」 


「新芽に薙がれては、達人の名折れというものさ。仮に一段階目の独壇場(スターステージ)喝破(かっぱ)されたとて、幾重(いくえ)もの深化を伏せていた。

 しかし……カガリ・メロウ。君は闘士(つよ)かった。視聴者の諸君も喜んでくれたようで重畳(ちょうじょう)だ」


 ミラクはカガリと握手を交わす。

 出会ってから今まで表情を変えたことのない彼に、柔和な微笑みが生まれた。


「ありがとうございました。あたし、必ずもっと強くなってリベンジします」


「うむ、幾度もの夜を超え……再びの合戦を。愉しみにしている。

 しかし、惜しむらくは彼……新人杯の優勝者と決闘(デュアル)をし損ねたことか。またの機会に闘おうじゃないか」


「はい! 僕はレヴリッツ・シルヴァと申します!

 今度、必ず闘いましょう!」


 観客席で俯瞰していたレヴリッツに対して、ミラクは悠々と手を振る。

 レヴリッツもまた頷き返し、再戦の約束を取りつけた。カガリが近くにいたので闘えなかったが、マスター級とは是が非でも闘いたいところ。


「では失敬。君たちの闘路に栄華を」


 ミラクは時刻を確認し、慌ただしく拡張空間から出て行った。


 ー----


 試合後、カガリはバトルフィールドの中心で倒れていた。

 レヴリッツはそんな彼女に近寄り、茶化すように笑う。


「惜しかったね。僕なら勝てたけどw」


「はぁあ!? あんたね、闘ってもないのによくそんなことが言えるわね!

 なら腹痛とか頭痛とか言い訳せずに、挑めばよかったでしょ!?」


「失礼だなあ。僕はカガリにマスター級と闘う権利を譲ってあげたのに。その証拠に、君の登録者そこそこ増えてるよ」


 アマチュア内で屈指の実力を持ちながらも、初手のムーブをしくじったせいで人気に欠けるカガリ。先程の活躍を魅せたことにより、主にマスター級を見ている視聴者が興味を持ったようだ。

 レヴリッツにも多少の恩恵はあり、配信に出たために彼の登録者も増えている。


「マスター様々ね。貰える視聴者は奪っていくけど。

 ……それにしても、マスター級って国内に九人しかいないんだっけ? 正面から(・・・・)ぶつかると化け物ね、あいつら」


「そうだね。僕は正面から挑んでも勝てるけど」


「だーかーら! あんたの自信、ウザすぎるんだけど!?

 ……ああもう、怒るのも馬鹿馬鹿しい」


 カガリは立ち上がり、拡張空間の出口に向けて歩き出した。

 彼女の後を追いながらレヴリッツは考える。ミラクはまだまだ奥の手を隠し持っていたようだが、一体どのような戦術なのだろうか……と。


 もちろんバトルパフォーマンスのアーカイブを見ればわかるのだろうが、彼はその手段は取らない。あくまで自らの思考にて闘い抜く。


「でも、あんたも実力に自信があるなら……さっさと人気上げなさいよ。たぶんプロ級の昇格ならすぐに協会から声がかかるでしょ?

 この前のインフラ配信も話題になったみたいだし……一月前に出した新曲。アレ百万再生叩き出したんでしょ?」


 レヴリッツが一月前に出したオリジナルMV……

 曲名は『オリジンコントラクト』。

 つい先日、レヴリッツ初の百万再生超えを記録した。


「ああ、MVの方針をスピード感重視にしたら思いがけず伸びてね。勢いを失うわけにもいかないし、しばらくは配信に専念しないと。最近はコラボとか歌で活動の幅を広げて人気を少しずつ上げてるんだ。カガリもがんばって視聴者に媚びろよ」


「嫌。別にあたしはそこまで伸びなくてもいいし。悪目立ちしすぎるのも駄目だし、今みたいに細々と活動を続けて……運がよければ昇格も狙うってかんじ。

 露骨な媚びをしてまで上を目指す気はないわ」


 彼女には彼女の仕事がある。

 こうしてバトルパフォーマーをやっているのも、殺し屋としての仕事に含まれるのだ。そういえばミラクはカガリの正体に気づいたようだったが……


「……そういやさ、あんた今度の『綾錦杯』出んの?」


 もうすぐ年に一度のバトルパフォーマー界の祭りが催される。

 玉座争奪(バトルロイヤル)の大会。アマチュア、プロ、マスターそれぞれの拠点を戦場とし、各階級の頂点を決めるのだ。


 つまり、最強決定戦。

 このバトルターミナル全体が戦場となる。


「参加しない理由がないだろ。てか参加しない奴ってなんでバトルパフォーマーやってんの?」


「それな。あたしも全力であんたを倒しにいくから。最近はずっとヨミにあんたの弱点とか聞いてるし……」


「ヨミ……また余計なことを。でも、僕の弱点を知られてもパフォーマンスに支障は出ないさ」


「ふーん? まあ楽しみにしてなさい。

 綾錦杯で新人杯の雪辱を果たしてやるんだから」


 嫌な予感がする。

 レヴリッツは嘆息した。


 しかし、大会は目前。ここで優勝しないという選択肢は彼にない。

 カガリがどれほど外道な戦法を使ってきても、彼は勝つ腹積もりでいた。


 ー----


 一方、ミラクは第一拠点(ファーストリージョン)を離脱。

 第二拠点(セカンドリージョン)の森林を歩いていた。すでに配信は終了している。


 彼はおもむろに立ち止まり、同僚の一人に電話を入れた。


『もしもし。ミラク、どうした?』


「レイノルド・アレーヌ。

 例の一件、凡その事態は掴めた。アーウィンなる殺し屋と、カガリなる殺し屋。残り一名は尻尾が掴めないが、目的は理解したよ」


『ほう。で、俺はどうすれば?』


最終拠点(グランドリージョン)に敢えて殺し屋を誘い込む。決行は綾錦杯で間違いない。管理者のソラフィアート・クラーラクトによろしく伝えておいてくれ。周知のほどは結構。内密に事を進めよ」


『ふむ……了解した。不安は煽らないようにせねばな』


 簡潔に用件だけを告げ、ミラクは通信を切った。


「……一名、化生が紛れているな。これは警戒しておくべきか」

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