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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
3章 猛花薫風事件
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24. 変化

 バトルターミナルは、全部で三つの構造に分かれている。

 アマチュア級が生活する第一拠点(ファーストリージョン)── ここにはバトルパフォーマーではない民間人も多く住んでおり、充実した施設が整えられている。数多くの店が立ち並び、活気にあふれた区画だ。


 そして奥にあるワープゲートを通ると、プロ級が生活する第二拠点(セカンドリージョン)へ転移する。

 この区画はよりバトルパフォーマー向けの場所となり、闘技場や空間拡張衛星、収録スタジオの数が急増する。生活に必要最低限の店は揃っている。しかし、充実したショッピングを行うためには第一拠点(ファーストリージョン)へ移動する必要があった。


 ちなみにマスター級が過ごす最終拠点(グランドリージョン)は撮影禁止の区画なので、詳細は不明。噂によると魔境らしい。


「センパイ! 棚はここでいいですか?」


「あ、もうちょい横で。そう、そこです」


 第二拠点(セカンドリージョン)の特別寮へ、新たなる居住者が越して来た。

 彼女の名はペリシュッシュ・メフリオン。Oathの皆と共に、家具を新居へ運んでいた。ヨミの具現化能力『ムキダシノシンリ』により創られた謎の壺。そこに次々と無制限に家具を放り込み、また取り出しては新居に配置する。


 どれだけ大きな物でも、不思議な原理で縮んで壺にしまわれる。しかも数は無制限。ヨミがいなければ業者に頼っていたところだ。


「先輩……マイク多すぎないすか? 出しても出してもキリがないんですが」


「リオートくん、音質は配信の生命線です。クソ音質の配信すなわちクソ配信なので……対応できるマイクの数は多いに越したことはないのです。つまり配信の神様。マイクは丁重に物置へお願いします」


 ヨミの壺から何個も出てくる梱包されたマイク。

 リオートはあまりの多さに辟易しながら、丁寧にマイク群を倉庫に並べていく。


 音質……リオートは正直、あまり気にしたことがない。しかし最近はヨミやレヴリッツですらも配信環境に気を遣っているようだ。

 少しは自分も配信環境を気にした方がいいのか……と彼は思う。


「…………」


 レヴリッツは部屋の隅に置かれたプレちゃん(小サイズ)と戯れていた。

 植木鉢から小さな蔓が伸び、それがレヴリッツの人差し指に巻きつく。彼はぼんやりと、プレちゃんの口の中に指を突っ込んだ。


「ちょ、レヴリッツくん! 危ないですよ」


「……あ、すいません。でもプレちゃんは分別のある獣なので指を噛み千切ったりしませんよ」


『──(そうだよ)』


 プレちゃんはレヴリッツの指を吐き出し、唾液を葉で拭う。


「……あれ? なんか……飼い主の私よりもプレちゃんと心通わせてませんか? 気のせいですよね」


「気のせいですね」


『──(……この飼い主、餌代ケチるんだよなぁ)』


 日頃のマジックで酷使するくせに、ペリは餌をケチるきらいがある。

 しかし、貧困を脱した彼女は強い。これまでとは異なり、プレちゃんにも手厚い福利厚生が待っているに違いない。


「レヴリッツくん、動物好きなんですか? プレデターフラワーは害獣ですけど」


「人間よりは好きです」


「そ、そっすか……(こじ)らせた中二みたいなこと言ってる。レヴリッツくんは……あの、」


「センパーイ!! ちょっといいですか!」


 突然ヨミがペリを呼ぶ。

 見ると、壺から取り出した服の山に彼女が押し潰されていた。


「あーもうめちゃくちゃですね。とりあえず……片づけましょうか」


 ペリはヨミを服の山から引きずり出し、一つずつ畳んでいく。


「ヨミ……まあいいや。僕はリオートの方を手伝おう。

 リオート! マイク一緒に並べようぜ! ……一個くらいもらってもいいかな?」


「や、やめとけって……このマイクとか百万するらしいぞ?」


 馬鹿馬鹿しく、慌ただしい引っ越しの一幕。

 彼らが思いのままに騒ぐうちに、気がつけば夕刻になっていた。


 ー----


 ペリの昇格を祝う宴会は終わり、その日は解散となった。

 宴会では今後もOathとしての活動を継続していくこと、コラボ配信の予定、その他どうでもいい雑談など……いろいろなことを話し合った。


 今後ペリ以外の三人が活動していく上で、人気を獲得するための戦略も話し合った。必ずプロ級に、ひいてはマスター級になることを誓ったのだ。

 ペリも最高のバトルパフォーマーを目指し、自分の道を進んでゆく。


「セーンパイ! 私、もうお腹いっぱいです……」


 邪魔な男どもが消えた後、彼女はヨミと帰り道を歩いていた。

 レヴリッツとリオートはまだ帰らず、買い物に行くようだ。


「楽しいお祝いになりましたね。ヨミさんにはとても感謝しているので……満足してもらえたならよかったです」


「感謝、ですか? 私センパイに何かしましたっけ?」


「ヨミさんに私の悩みを聞いてもらえなかったら、何も解決していなかったと思います。誰にも相談できなかった悩みを聴いてくれて、私の本質を見抜いて受け入れてくれた。

 妹を助けられたのはレヴリッツくんが協力してくれたのはもちろんのこと、ヨミさんのお陰でもありますよ。私がこう……レヴリッツくんの正体を看破できたのも、ヨミさんの助言のおかげ」


「ほえー……なるほど! じゃあ私はセンパイの恩人ですね!

 お礼にこれからも仲よくしてください!」


 当たり前のことだ。

 ペリはこれからもずっと、ヨミと仲よくしたい。仲のいい友達であり続けることなど見返りにすらならない。


「ヨミさんは私が思っているよりもずっと、思慮深くて配慮のある人でした。レヴリッツくんやリオートくんに対する印象も大きく変わりましたし……あなたたちと出会ってから、私のパフォーマー人生はすごく変わった気がします」


 ヨミは「単なるアホ」から「思いやりのある友人」へ。

 レヴリッツは「戦闘狂のサムライ」から「冷酷な罪人」へ。

 リオートは「クールな精霊術師」から「熱い魂を秘めた王子」へ。


 ペリの瞳に映る仲間たちは、たくましい変化を遂げた。

 彼らの瞳にも、彼女は変わって映っているだろうか。


「やっぱり、人と深く関わるほど……印象は変わるものなんですね」


「ん、どういう意味ですか?」


「私は相手がどんな人か、少し話しただけで大体わかっちゃうんです。なので……最初から最後まで、誰かに対する印象が変わることはないのです。

 でもシュッシュセンパイは私の印象をいい方向に改めてくれた。

 ……うん、すごく嬉しいですね!」


 屈託のない笑みでヨミは笑う。

 彼女の笑顔にどんな懊悩(おうのう)が隠されているのか……ペリは見抜けない。あるいは悩みなどないのかもしれない。ただ、ヨミが力になってくれたのに自分は力になれないことが、ペリにはひどく歯痒かった。


「ヨミさん……何かお悩みとか、相談したいことがあればいつでも私に言ってくださいね。交友関係とか、上下関係とか、配信でメンタルがやられそうになった時とか……」


「むむむ……悩みですか??

 そうですねー……あ、レヴについて。センパイとレヴが一緒に妹さんを目覚めさせた時……どんなことをしましたか? どんなことを話しましたか? レヴはセンパイに対してどのように態度が変化しましたか? 細かくお聞きしたいです」


「え、えっと……すごい気迫。あ、すっごい……覇気がある。

 もしかしてヨミさんはレヴリッツくんに恋してたりします? 変な虫がつかないように暗躍してたりします?」


 すごい気を放つヨミの質問に対して、ペリは質問で返す。

 レヴリッツの正体は知ったものの……思えばヨミとの関係は明らかになっていない。


 どのような経緯で死刑囚のレヴハルトと、この国へやって来たのか。


「そんなことないです。私は……レヴの家族なので。うん……レヴに恋は……」


 彼女は悲し気に微笑んだ。

 悲恋の表情とは形容できず。それは諦観を湛えた表情。


 ビビっときた。ペリの脳裏に電流が走る!


(これは……ドロドロした恋愛の予感! 私の好きな展開……!)


「あ、今センパイ「これはおもしろい展開になりそう」とか思いましたよね?」


「!? い、いいいいえ……そ、そそんなことはないれす」


「ふふっ……安心してください。センパイがレヴについてどこまで知ったのかはわかりませんけど。私たちの事情はそこまで複雑じゃないし、変な関係でもないのです。

 私とレヴはただの幼なじみで、一緒に暮らしてきた家族。それ以上でもそれ以下でもありません」


 ヨミは断言するものの、彼女の表情には笑顔が完全に戻っていなかった。

 思い返す。ペリの記憶を振り返ると……ヨミが笑っていない瞬間は、ほとんどなかった。


 ペリの悩みを聴いている瞬間でさえ、彼女はほのかな笑みを湛えていたのに……先程の彼女はまるで笑っていなかった。


「本当に……なんでも言ってくださいね。これからもよろしくお願いします」


「はい! よろしくお願いします、センパイ!」


 まだまだ深奥は見通せていない。

 もっと絆を深めれば、ヨミの深奥に触れられるだろうか。


 期待と不安が入り混じる未来。

 ペリは友人と並んで、ゆっくりとした歩幅で夜のターミナルを歩いた。

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