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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
3章 猛花薫風事件
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12. 代償

 エリフテルの採血を終えたレヴリッツは、ペリと共に理事長を訪ねた。


「おや、見覚えのある組み合わせだね。何か用?」


 理事長サーラは椅子をくるりと回して振り返る。

 机の上には山積みの本。すべて魔導書だ。バトルパフォーマー協会理事長の仕事は放棄して、相も変わらず趣味の研究に耽っていたらしい。

 固唾を飲んで後方に控えるペリをよそに、レヴリッツは皮肉交じりに交渉を開始した。


「理事長、お疲れ様です。今日も熱心に勉強なさっていますね。寸暇を惜しんで魔術の道を歩む姿勢、ご立派です。そんな深遠なる魔術の知識を持つ理事長にお願いがあって参りました」


「うわーめんどそう。他の人に頼んで」


「無理です。今回は術式照合をお願いしに来ました。理事長にしか頼めないことなんで、やって」


 エリフテルの血液を採取した試験官を丁寧に机に置く。

 術式照合──魔術・呪術を受けた者の血液から魔術の発動者を特定する技術。指紋やDNAのように魔術式には固有の波長が割り振られており、それを解析することで術者を特定できる。つい数年前に公にされた最先端技術だ。


 ただし、この技術は一介の医療機関で扱うことはできない。魔導学士院や魔術査問会などの正式に認可された国立機関でしか運用されない。

 個人的に大金を積んで国へ依頼することもできるが、予約は二年待ちの状況。

 魔導学士院で権威を持つサーラならば即座に扱うことができるのだ。


「えー。これ、誰の血?」


「それは……私の妹のものです。謎の呪術に罹ったまま、ずっと眠っている妹の……」


「へえ。ああ……そういうことなんだ。謎の呪術ね……たしかに気になるかも。ヒトを昏睡状態に陥らせる呪術……そんなんあったっけ?

 個人的に興味があるし、鑑定してあげるよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ペリは深々と頭を下げた。ようやくの進展。

 レヴリッツとサーラの助けを得て、やっと見えた希望を逃すわけにはいかない。


「鑑定には早くても三日はかかるよ。果報は寝て待ってね」


 今まで妹を眠らせていた時間に比べれば、三日など一瞬。

 だが、じれったい。光明が見えたからこそ、わずかな時間も長く感じてしまう。

 レヴリッツに促されて彼女は部屋を出た。



 寮への帰路を二人は黙々と歩く。


「……」


「……」


 ペリには何とも言えない気まずさがあった。レヴリッツ側は気まずさなど感じていない。

 これまでの振る舞いならば、彼は片時も休まずペリに話しかけて愛想を振り撒いていた。しかし、沈黙を好むのが彼の本性であったのだ。


 無言のまま進み、やがてレヴリッツが暮らす寮へ辿り着く。


「僕はこれで失礼します。鑑定結果が出るまで待ちましょう」


「ひゃい!? ……あ、はい。ええと、つかぬことを伺いますが。

 レヴリッツくんとレヴハルトさんはどっちが本物なんですか?」


 唐突な質問だが、レヴリッツは表情一つ変えることなく答える。


「偽装を解除した姿はレヴハルトですが。どちらが本物かなんて、それは他人の価値感が決めることです。どっちでもいいって言ったのは先輩じゃないですか。自分の発言くらい覚えていますよね?」


「うん。じゃあ、今まで通り……私はレヴリッツくんと呼ぶし、レヴリッツくんとして接しますね」


「はい、これからもよろしくお願いします! 先輩もお疲れでしょうから、早くボロアパートに戻ってお休みください!」


 レヴリッツは以前のように作り笑顔を浮かべて、ペリに手を振った。

 これまでは何の違和感も感じていなかった元気な少年が、今のペリには奇態に見えて仕方ない。


「なんか……言葉の棘々しさが増したような……?」


 レヴリッツの言葉はわずかながらも変化している。言葉の節々に嫌味があるというか、馬鹿にしたようなニュアンスが加わっている気がした。

 だが、それはいい傾向だ。本当の自分をペリに(さら)け出しつつあるということなのだから。ペリは困惑しながらも、寂れた寮への帰路についた。


 ー----


 翌早朝、バトルターミナル第一拠点(ファーストリージョン)

 日が昇る前から、周辺をひた走る男の姿があった。彼の名はミラー・アンド。陽光に照らされて黒いローブがはためく。


 息を切らしながらランニングに勤しむ彼の横に、突然少年が現れた。


「ミラー先輩、おはようございます!」


「うおっ!? ……レヴリッツ君か。すごい勢いで来たね」


 猛烈な勢いで駆けて来て、ミラーと並走するレヴリッツ。

 二人は戦略戦(ストラテジー)の練習試合で知り合った仲。それ以来、特に関わった記憶はないが……直接的な面識はなくとも互いの配信は見たりしている。


「朝から熱心ですね。体力作りは大切です」


「パフォーマンスでは体力も必要だからね。レヴリッツ君ほどの実力者でも、日々の基礎トレは欠かさないんだな」


「暇があったらやってる感じです。最近はゲームばっかりして不健全な生活になってますから」


「ああ、そうそう! レヴリッツ君のインフラ配信を最近見てるんだ。君は相変わらず何をするかわからないし、ヨミさんは危機感がないし……リオート君はツッコミで大変そうだ。

 あんなにネタに走った異世界探索は見たことがないよ。インフラ配信を始めてから、すごく勢いも伸びてない?」


 最近はIntense Flashをよくコラボ配信している。

 ゲーム以外の配信に人気があるヨミにも配慮して、そこまで頻度は上げていないが……インフラ配信の人気は凄い。同時接続がいつもの数割増しになるのだ。

 いわゆる「バフゲー」というやつ。


「僕とヨミに危機感がないせいで罠に引っかかったり、魔物に不意を突かれたりして全然前に進めないんですけどね。毎回1、2階層で全滅します」


「それが面白いんじゃないか!

 ……でも、四人目の固定メンバーはまだ決まらないのかい?」


「そうですね。Oathでパーティを組みたかったんですけど、ペリ先輩は男コラボNGですし。カガリとかイクヨリとか、いろんな人を入れて試してはいるのですが……誰を入れても収集がつかなくなる。今度ミラー先輩も一緒に行きませんか?」


「そ、そうだね……考えてみるよ。……ちょっと休憩」


 あのカオスな状況をミラーが制御できるとは思わない。勢いのあるライブ配信とは言っても、気軽に参加するのは無理だ。


 軽く疲労を感じ、ミラーが立ち止まってベンチに座る。

 隣に座ったレヴリッツは話題を転換する。


「突然ですが、聞きたいことがあるんでした。先輩は人を何年間も昏睡状態に陥らせる呪術って知ってますか?」


 これがレヴリッツの本題。

 呪術師であるミラーなら何か知っているかもしれない。もっとも、サーラ理事長が知らなかった時点で望み薄だが。


「長期間の昏睡? 一時的に眠らせる呪術(カース)なら知ってるけど。少なくとも、俺の扱う陣式では聞いたことがないなぁ……視覚式か詠唱式の術か?」


「はにゃ、なんとか式とか詳しいことは僕も知らないですけど。素人なんで」


「まず、呪術って何なのか……わかる?」


「まあ、義務教育で習う程度には。昔は使うのが禁止されてたんですよね」


 呪術。

 それは代償を要する魔術である。人の血肉であったり、憎悪の思念であったり……社会全体を負に動かす作用が大きい代償を必要としていた。

 一方で魔術は大気中に漂う魔力のみを必要とするので、無害な術である。


 大昔……神代の時代においては、代償の大きさから呪術の行使が禁止されていた。しかし技術の進歩と共に代償は抑制され、今では少ない代償で大きな効果を挙げるようになり、正式に使用が認可されている。


「そうそう。呪術ってのはほとんどが一時的な効果しか出力できないんだ。レヴリッツ君が言ったような、何年間も効力を発し続ける呪術ってのは……恒久的なリソースが必要となる。

 つまり、そう……何年間もずっと代償となる素材を用意し続けたり、恨みの念を持ち続けたりするのは……常識的に考えて不可能なんだよ。俺の場合は、短期的に呪術を発動するために腕に描いた陣を触媒としている。恨んでない相手に呪術を行使するために、腕の血液を代償として呪いを発動しているんだ」


 ミラーはローブをまくって右腕を見せつけた。

 真っ黒な腕。着脱式の魔法陣を腕に描き、呪術行使の際に血液を吸収しているという。


「ずっと相手を眠らせている呪術があるのなら、呪いの行使者は相当な代償を支払っていることになる。あるいは……恒常的に代償を用意できる環境に身を置いているか、だね」


「代償を用意できる環境?」


「例えば屠殺(とさつ)業者。家畜の余った血肉を代償として呪術を発動してるとか。林業者とか、料理人とかも意外と呪術師と相性がいい。他にも考えられるとしたら、貴重な呪術骸晶(がいしょう)を手に入れられる魔導機関の職員とか……」


 ミラーの話を聞きながら、レヴリッツは考察を重ねる。

 ペリシュッシュの身辺調査を行った際、それらの特徴に該当する人物はいただろうか。


(ああ、そういえば……)


 ペリの離婚した元父親。彼は魔導学術会議の構成員だった。

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