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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
3章 猛花薫風事件
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11. 造花の誓い

 ペリが病院に赴く前日のこと。

 ヨミとのコラボ配信を終え、二人は共にテーブルを囲んでいた。


 ヨミの部屋には無数のビール缶が転がっていた。ヨミは酒を飲まないので、全てペリが飲み干した物である。

 初コラボの夜、二人は部屋でくだらない雑談に耽っていた。


「……でね、案件先でコラボ予定だったパフォーマーが炎上して! 私の案件がなくなったんですよおおおおおおおおお! と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛! 私のせいじゃないのに!!

 ……炎上の理由が職業差別っていうかなり触れづらいものだったんですよね」


 ペリは顔を真っ赤にして愚痴マシンガンを連射していた。

 先輩の愚痴を受け続けるヨミは、笑顔でうんうんと頷く。バトルパフォーマーの世知辛さがペリの言葉には凝縮されており、筆舌に尽くしがたい苦悶が垣間見える。


「たしかに……投げ銭もありがたいですけど、利益の大半を占めるのは案件とかグッズですもんね。案件が消えたらショックです。私はまだ案件とか来たことないけど、シュッシュセンパイくらいの大物になるといっぱい来るんですよね?」


「いやーそうでもないっすよ。そもそもアマチュア級パフォーマーに案件を出す企業なんて、そこまで大きくないですし。報酬の額もそんなに大きくないです。ほとんどの案件はマスター級の奴らが独占してやがりますよ。

 あと素行も大事ですペリ。クリーン(笑)路線だと案件がたくさん来るみたいですけど、私のところには来ません。一応クリーンな感じ出してるんですけど。……なんでしょうかね、性格の悪さを見透かされてるんですかね」


「そうですねー……大丈夫ですよ! レヴの方が性格悪いですから!」


 アルコールに毒されて朦朧とする意識の中、ペリの鼓膜を叩いた言葉。

 曰く、ペリよりもレヴリッツの方が性格が悪いという。自分の性根がクソみたいに腐っていることを自覚している手前、彼女はヨミの言葉が信じられない。


「レヴリッツくんって性格悪いんですか? ウザいけど悪くはないと思います。まあ、ヨミさんの方が付き合い長いんで……私はにわかですね」


「レヴの本性は悪なのです。クズじゃないけど、優しくもない……根っからの悪人です。でも、レヴの悪は人を導く悪ですから。困っている人がいたら、気まぐれにその人を助けてくれるのですよ。関わった人が前へ進めるように、しっかりと責任を持ってくれます。

 今、シュッシュセンパイが苦しんでいるなら……レヴもレヴなりに助けてくれているはずです。私たちがこうして飲んでいる瞬間も、レヴは陰で動いているでしょう」


 酔っているせいか、ペリはヨミの言葉が解せない。いや、たぶん素面でも理解できないだろう。


「はぇーすっごい。私が寝てる間に、レヴリッツくんがぜんぶ解決してくれたらいいんですけぉ……う゛」


「だからどうか、忘れないでくださいね。あの人は……」


 ー----


 破られるはずのない虚構が破られ、レヴハルトの思考は閉ざされた。

 ペリシュッシュは確かに自分を「レヴリッツ」と呼んだのだ。自らの偽装に一切の瑕疵(かし)はなく、立ち振る舞いは欺瞞(ぎまん)に満ちていた。

 今、ここに立つ大罪人が……どうしてレヴリッツだと看破できるだろうか。


「……聞き覚えのない名前だ」


 苦し紛れに彼は白を切る。

 依然としてペリシュッシュの震えは収まらない。彼女の正面には、首元に手を当てた白髪の悪魔が佇んでいる。目の前の少年が為したとされている(・・・・・)悪事を知っているからこそ、恐怖するのだ。

 彼が外国のシロハで手にかけた人数は20名以上。国の英雄すらも殺した極悪人としてシロハ国では誹りを受け……死刑に等しい生存不可地への追放刑となった。


「い、今……私の妹に、エリフに……接触するとしたら……レヴリッツくんしかいません。私は、あなたのことをよく知りませんけど……前へ進むために助けてくれることは、知っています」


「はぁ……俺はレヴハルト・シルバミネ。名も知らない少女よ、君が知っての通り……俺はシロハ国の追放刑囚。これ以上関わると、君を斬るよ。目障りだから」


 レヴハルトはわずかな殺気をペリシュッシュにぶつけ、入り口から退かそうとする。常人を追い払うには十分すぎる気()て。

 だが、ペリシュッシュは退かなかった。蒼の瞳がレヴハルトを捉える。まだ身体の震えは収まっていない。何が彼女をその場に縫い留めるのか、恐怖で動けないわけではない。


「では、レヴハルト・シルバミネさん。

 あなたは……エリフの傍で何をしていたのですか?」


「……この刀で彼女を殺そうとしていた」


「さっき言っていたことと矛盾しているじゃないですか。さっき……レヴハルトさんは、「何もする気はない」と言った。

 あなたは……私の妹を……す、救おうとしていたんですよね」


 その事実は認められない。

 他人を救うなど反吐が出る。誰かのために生きるなど、救いを(もたら)すなど。レヴハルトの人生には射し込まない因果だ。


「憶測、虚妄、空想。阿保らしいね。俺をどこかの誰かに重ねて、仕舞いには下らない妄言を吐くとは。

 いいか、もう一度言う。そこを退け。さもなくば赤い花をこの病室に飾ることになる」


 より一層強い殺気を放ち、レヴハルトは刀を金打(きんちょう)する。

 ペリシュッシュの背筋にすさまじい悪寒が駆けた。目の前の少年は怪物だ。そう錯覚させられるほどに恐ろしい。

 しかし、ヨミとの会話が彼女の頭の片隅には残っていた。


『あの人は……演じているだけなんです。バトルパフォーマーとしての姿も、悪人としての姿も、ぜんぶ仮面ですから。表面だけの嘘に騙されないでくださいね』


 酒に溺れた意識の中で、最後に聞き取った言葉。

 今、この瞬間に。


 彼女はレヴハルトに誰よりも寄り添ってきた少女の言葉を思い出した。


「──別に嘘つきでもいいんですよ。

 本物の花より、造花の方が綺麗なこともありますし」


 ペリシュッシュは取り落とした花束を拾い上げる。

 束ねられた花は造花。


「造花だって遠目に見れば美しい。レヴハルトさんがレヴリッツくんとして振る舞っている間も、美しいパフォーマンスを魅せてくれます。

 あなたの行為が本心に()らないものだとしても……いいじゃないですか。だって、あなたは誰かを表面上でも助ける行為をしているんですから」


 いつしか震えは止まっていた。

 レヴハルトの前から退くことなく、彼女は前へ進む。そしてレヴハルトを見上げ、花束を押しつけた。


「この際、あなたがレヴハルトでもレヴリッツでも、どっちでもいいのです。

 『私を助けてくれる人』……それでいい。知っていますよ。あなたは気まずさや後ろめたさを感じた時、首に右手を当てるのです。今のあなたのように」


「っ……!」


 図星を突かれた。

 今この瞬間、ペリシュッシュに指摘されるまで気づかなかった癖だ。

 しかし過去の自分を見つめ直せば、当たり前のように想起できてしまう。彼女の言う通り、レヴハルトには特定の瞬間に首へ右手を当てる癖があった。レヴリッツとして振る舞う時にも自然と行っていた動作だ。


 もう言い逃れは不可能だろうか。

 だとすれば、ペリシュッシュを口封じに殺すしかない。なまじ彼女が聡明で勇気に満ちているばかりに、レヴハルトは彼女を抹消しなければならなかった。


「……ペリ先輩」


「はい」


「あなたを殺します」


 接近したペリシュッシュを引き寄せ、黒ヶ峰の刃を首元に当てる。

 首元に死を運ぶ刃の冷たさを感じながらも、彼女が吐く言葉は変わらない。


 ただ一つ、願いを。


「わかりました。でも、お願いしてもいいですか?

 どうか……妹を助けてください。もう、頼れる人が……いないんです」


「…………」


 強い意志を湛えた瞳で、ペリシュッシュはレヴハルトを見つめた。

 紅と蒼の瞳が至近距離で交差する。


 どうしてここまで愚かになれるのか。レヴハルトには理解できない生き方だ。

 だが、彼自身も自覚していなかった。自分もまた他人を助ける生き方を選んでしまっていると。


 無意識の自己嫌悪。

 彼も気づかぬ深奥で、二人は酷似する本性を持っていたのだ。

 あまりの愚かしさに首を斬りたくなる。誰かのために自分を犠牲にするなど、それはかえって自己保身に見えてしまう。


 だがレヴハルトは記憶のどこかで「自己犠牲の人々」を知っていた。その人々と何処で出会ったのか、どんな人だったのかは思い出せないが、たしかに知っているのだ。


 この女の首を、斬ればいい。斬ってしまえば楽になれる。

 ──首を、


「……チッ」


 憤懣(ふんまん)と共に、ペリシュッシュの身体を離す。

 黒ヶ峰をそっと降ろして彼は柄を握り締めた。


「エリフテル・メフリオンの解呪に協力する代償として、誓ってもらおう」


「……はい。何なりと」


「レヴリッツ・シルヴァの正体を誰にも明かさないこと。レヴハルト・シルバミネが生きていることを誰にも口外しないこと。これが条件だ」


 人間の心など信用できない。

 レヴハルトの価値観を形成する大前提。人間は自らの利益のためならば喜々として他人を売り、拷問を受ければ容易く情報を吐く。

 そんな人間の心など、信ずるに値しない。


 それでも彼が契約を強要してしまったのは……どうしてなのだろうか。


「ふふっ……言われなくてもわかっていますよ。あなたはこれからも大切なチームの仲間で、友達です。

 だから……これからもあなたの傍にいさせてもらえませんか?」


「……気持ち悪いな」


 レヴハルトは悪態を吐いたが、ペリシュッシュを殺さないことが肯定の意を示している。ようやく彼女はヨミの言葉の本質を理解できたのだ。


 彼女は花束をそっとエリフテルへ捧げた。

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