2. 仕事
「一片氷心──《氷の世界》!」
相手のコートに氷柱が出現し、ボールが縦横無尽に飛ぶ。氷柱の影によって作られた完全な死角。
リオートの打ち込んだ剛速球に相手は反応できず、得点が入る。
「さすがリオート! 僕も負けてられないな!」
レヴリッツとリオートは『テニヌ』というスポーツをして遊んでいた。
ラケットで玉を打ち、相手のコートに着弾させて得点を狙う競技である。空中浮遊したままラリーを続けたり、物理的に分身したり……この『テニヌ』という競技には非常に高度な戦闘技術も求められる。
バトルパフォーマーの中では人気のスポーツだ。
奮戦する二人の様子を、ヨミとペリがのんびりと観戦していた。
「リオートはまさに王子様って感じの趣味が多いですよね。ピアノとか、フェンシングとか、テニヌとか……シュッシュセンパイの趣味は何ですか?」
「うーん……私の趣味は配信でしょうか。そもそも配信ばかりやっていると、趣味なんてものがなくなるんですよね。ゲームとか雑談ばっかりして、外に出る時間がめっきりなくなります。ヨミさんのご趣味は?」
「私はやっぱりお絵描きです! お絵描きだけじゃなくて、音楽とか映像編集とか……クリエイティブなものは全部好きですよ」
「ほー。じゃあ、今度動画のサムネ描いてもらってもいいです? もちろんお金は出すので。
……あっ、でも今金欠だった」
最近、諸事情もあってペリの懐具合は寂しい。
レヴリッツから貰ったVIPカードも売却しようか悩んでいるくらいだ。青葉杯の優勝賞金はすでに溶け、再び極貧生活が戻りつつあった。
「シュッシュセンパイ……苦しいですよね。私も何か力になれればなあ……」
「ははは……ヨミさんは私がなぜ金欠に陥っているのかわかりますか? 新作のマイクを片っ端から買っているせいなのです。毎回配信の音質が変わっているのも、マイクを変えまくっているからで……」
「本当ですか? 実は違う理由でお金がないんじゃないですか?」
ヨミの一言に、ペリは肩をビクリと震わせる。
彼女の真紅の双眸はペリの本質を見抜いているような気がした。ペリは知らないが、ヨミは人の感情の流れがある程度わかるのだ。今この瞬間、ペリが嘘を吐いていることもわかっていた。
たしかにマイクの買い替えは金欠理由の一つではあるが、それだけで生活が困窮するほどではない。
ペリは隠すように慌てて話題を転換する。
「スーッ……そ、そういえば『Rise of seven』の反響は見ましたか?」
『Rise of seven』は、青葉杯の後にペリとヨミが作った新曲MV。
歌唱はOathの四人で行った。
「うん、見ました! 再生数は……今のところ六十万回……!
これもシュッシュセンパイのおかげですね」
Oathが初めて出したMVは青葉杯を優勝したこともあり、それなりの伸びを見せていた。
アマチュアチームが出す曲は十万再生いけばいい方だが、人気者のペリの出演と優勝という事実が重なり、再生数の伸びがみられる。
「いえ、私が出たから伸びたわけではありませんよ。曲に乗せられた想いが視聴者の皆さんに伝わったのでしょう。
想いを乗せて作った曲に貴賤はありません。だから……再生数が回ったっていう事は、私たちの想いが視聴者を刺激したって事なんじゃないかな?」
「なるほどー……よかったですね!!」
Oathの初MVについて語っていると、運動場に係員の制服を着た人が入って来た。
「ペリシュッシュ・メフリオン! 及びレヴリッツ・シルヴァはいるか!」
レヴリッツはテニヌを止め、ペリと共に係員の元へ向かう。
「アイムレヴリッツ。シーイズペリシュッシュ。何か僕たちにご用ですか?」
「理事長がお呼びだ。理事長室まで来てくれ」
「え……? また私なんかやっちゃいました?」
「用件は理事長から直接聞いてくれ。私も事の仔細は知らない」
ペリは特に呼ばれるような心当たりがなかった。配信で過激な発言をした覚えはないが、もしかしたら無意識の内にしていてお叱りを受けるのだろうか。
一方でレヴリッツは理事長とそれなりに面識があるので、どうせくだらない用事だろうと高を括っていた。
ー----
理事長室の椅子には、桃髪の少女がだらしなく座っていた。
こう見えてもバトルパフォーマンス協会の理事長。
偉大な功績を持つ権威者である。
「あ、おつおつ。とりまそこ座ってくれる?」
言われるがまま、二人は椅子へ腰を下ろす。
長椅子にとんでもない角度で座っていたサーラ理事長は姿勢を正し、机の上の書類を積み上げて整理した。
その後、紅い瞳でレヴリッツとペリを見る。
「まずはペリシュッシュの用件について話そうか。
……私たちバトルパフォーマンス協会は、ちょうど一年前にペリシュッシュをプロ級のパフォーマーに推薦した。覚えてるよね?」
「あー……なるほど、その件ですか」
「うん。昇格の審査は厳格な基準の下に行われ、審査員側もそれなりの労力を要する。で、あなたは実力・知名度ともにプロ級に相応しい人材だと判断された。
それにも拘わらず、あなたはこの一年間……昇格試験を受けていない。理由を聞かせてもらってもいいかな?」
ペリが審査を通ったというのは、アマチュア界では有名な噂だ。同時に、彼女がいつまでも昇格試験を受けないという噂も有名。
いつまでもアマチュア級で燻っており、近年は大会への参加やバトルパフォーマンスの披露もほとんどなくなっていた。この間の青葉杯では、レアキャラのペリが出てきて騒ぎになったくらいだ。
「……それはですねえ……うーん……安定した、収入源のため、ですかねえ……?
ほら、プロ級に上がって戦績を挙げられないと人気落ちるじゃないですか? そしたら投げ銭とかグッズ収入も減るじゃないですか? あと正直、このままバトルパフォーマンスに力を入れずに配信活動を続けた方が……PPも稼げるんじゃ、ないですかねえ……」
「つまり、あなたは昇格する気はないと?」
「退所とかは……勘弁してくださいね」
レヴリッツは横で呆れていた。
単純に金を稼ぐことが目標なら、普通のストリーマーになればいい。
研鑽して自分を磨く意志がないのならば、バトルパフォーマーになった意味がないだろう……と。
もちろん、レヴリッツも本心では昇格だとか金だとかに興味はない。
約束を果たすためだけにバトルパフォーマーの道を進んでいる。ただ、意欲のない姿勢を視聴者に見せてはいけないという話。ペリは傍目に見てもやる気がないことが明らかだ。
「……まあ、こちらから首を切ることは契約違反でもしない限りはない。ペリシュッシュが今のスタイルで活動を続けても、特に処罰とかはないよ。
さて、次はレヴリッツ」
「あっはい。もしかして僕をプロ級に!?」
「いやいや……プロを名乗るには、まだ知名度なさすぎ。今回呼んだ理由は……お仕事だよ」
「……ん」
お仕事。
その単語を聞いてしまうと、どうしても後ろ暗い内容を想起してしまう。
ただし、今はペリが隣にいることを考えると……おそらく殺しの仕事ではないのだろう。バトルパフォーマーに就職してから、彼は殺人に手を染めないと決めているのだ。ガフティマは心を壊す必要があったが、アレは正当防衛だと考えている。
「内容は?」
「呪竜の駆除だよ」
「なるほど、竜殺しですか。それならお安い御用です。お任せください!
……しかし僕に竜殺しを任せるとは、ずいぶんと信頼されているようで」
「本当は私に与えられた仕事なんだけどね。今はちょっと忙しくて」
忙しいという割に、先程まで怠けていた気がするが。
ともかく、竜殺しはレヴリッツがバトルパフォーマーとなる前に就いていた職業だ。竜種の駆除となれば手慣れたもの。
レヴリッツの話を聞いていたペリは首を傾げる。
「呪竜……? 聞いたことがない種類です」
「一般的に、竜種は三つに分類されます。持袋目、無鱗目、蛇亜目。ペリ先輩が知ってるのは火竜とか水竜とか、あと邪竜とかの持袋目でしょう。世間一般ではここら辺の種しか認知されていませんから。
呪竜というのは蛇亜目黒死科の竜で、呪術を扱う竜です。呪術と言っても、人間が扱うような規律した術式ではなく、あくまで敵対者に対する威嚇を示す思念を呪いに変化させたものですが。
呪竜の部位は高値で取引されており、特に血清は解呪の効用があるので非常に高値で取引されていますね」
「は、はえー……」
レヴリッツの解説を、ペリは目を点にして聞いていた。
一流のドラゴンスレイヤーだけあって、竜種への造詣はかなり深いようだ。
一つ、レヴリッツの解説の中に引っかかるものがあった。ペリはとあるフレーズに気を惹かれ、無理を承知で頼み込んでみる。
「そのお仕事、私もついて行っていいですか……?」




