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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
3章 猛花薫風事件
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1. 過去の妄執

 薄暗い病室で、少女が眠っていた。

 無機質なヒールサーバの音だけが響く。ベッドに横たえられた少女は目を覚ますことなく眠り続け、二年の歳月が経とうとしていた。


 病室のドアが開き、もう一人の少女が入って来る。


「おはよう、エリフ」


 ベッドで眠る少女の名はエリフテル・メフリオン。

 そしてベッドの隣に座った少女はペリシュッシュ・メフリオン。


 二人は姉妹である。ペリシュッシュが姉、エリフテルが妹。

 同じ髪の色を持ち、同じ瞳の色を持つ。


 ペリシュッシュは妹の手を握り、か細い声で話し出した。


「最近はあまり来れなくてごめんね。私は……そう、公式大会で優勝したんだよ。

 まあ、私の力じゃなくて……チームメンバーのお陰なんだけど。でもよかった。優勝賞金でエリフもまだ治療を受けられるから」


 一人でペリシュッシュは語り続ける。

 眠り姫の妹は答えない。


 何を喋っていいものか、困ってしまう。

 普段の雑談放送なら一人でも喋り続けられるのに。


「……お花」


 傍に置いてある花瓶に花を生ける。

 ただし、生けたのは造花だ。造花はいつまでも枯れないから。

 エリフテルのために生けた花が枯れない限り、彼女の命も尽きないだろう。


「ごめんね、お姉ちゃんもう行かないと……また来るからね」


 優しく妹に微笑み、ペリシュッシュは席を立つ。

 再び病室に静寂が戻った。


 ー----


 週に一度、レヴリッツは赴く場所がある。

 第一拠点(ファーストリージョン)の隅にひっそりと建つ、ボロボロの寮だ。先輩であるペリシュッシュの住処でもある。

 何度も彼女に決闘(デュアル)を申し込んでいるのだが、どうにも理由をつけて断られてしまう。


 風薫る初夏。

 今日も今日とてレヴリッツは勝負を申し込みに行こうと企んでいた。


「……ん?」


 だが、今日はいつもと違う光景があった。

 ペリの部屋の前に誰かが佇んでいる。セミロングの茶髪に、銀色の瞳を持つ女性。彼女はパーカーのポケットに手を入れ、寮の壁に(もた)れ掛かっていた。

 レヴリッツは気さくに彼女に話しかける。


「こんにちは。もしかして借金の取り立ての方ですか?」


「……え、誰? てかペリシュって借金してんの? 草」


「僕はレヴリッツ・シルヴァ。最近デビューした新人です。ペリ先輩に用があって来たんですけど」


「あ、そうなん? ウチもペリシュに会いに来たんだけどさあ……不在みたいだね。久々に会いに来てやったのにさー」


 どうやら彼女はペリの知り合いらしく、何度も部屋のインターフォンを乱打していた。

 レヴリッツが探ってみたところ、部屋の中に人の気配はない。


「ウチはイオ・スコスコピィ。昔はペリシュと一緒のチームで活動してたんよ。一年ぶりくらいに会いに来てみたって感じ」


「うわあ、変な名前ですね。イオ・スコスコピィ先輩……」


「人の名前を笑うのはよくないし。で、レヴリッツはペリシュとどんな関係なん? もしかしてピ?」


「ピじゃないですよ。普通に知り合いの後輩で……今は同じチームで活動してます」


 彼の言葉を聞いたイオは、意外そうに目を瞬かせた。

 ペリがチームを組んでいる……その事実だけでも、イオにとっては信じられないことだったのだ。


「マ? ペリシュがチーム組むって……意外すぎるて草」


「僕が強引にチーム登録した感じなんですけどね。先輩はすごくバトルパフォーマンスするの嫌がってたんですけど、無理やり参加させました」


「あーね。アイツ押しに弱いし。まー労わったってよ? ペリシュって感情の発散下手だしさ」


 そう言われても、レヴリッツに他人の心情を(おもんぱか)る能力など皆無。ペリが常日頃なにを考えているのかなど、考えたことすらない。こうして決闘を申し込みに尋ねることすら迷惑と思っていないのだから。


「イオ先輩は……昔はペリ先輩とチームを組んでたんですよね? 昔のペリ先輩ってどんな人だったんですか?」


「ん-……今のペリシュがどんな奴かは知らないけど。昔はウチとペリシュと、あともう引退した二人でチーム組んでたんだよね。チーム名は『Ace』って名乗ってた。

 で、ペリシュがどんな人かってのは……ムズいよね。チームで一番やる気があって、リーダー的存在? だったかも」


「えー……なんか今のペリ先輩と違いますね。あの人がリーダーとか絶対嫌ですよ、僕は」


「アイツ、変わっちまったぜ……聞くところによるとさ、ペリシュはアマチュア界じゃ悪い意味で有名らしいじゃん?」


 別にそこまで悪評は流れていないが、珍奇な存在として扱われている。

 実力も人気もプロ級でありながら、昇格に臨まない謎のパフォーマー。コラボもほとんどせず、単体で配信をすることがほとんど。青葉杯のように他パフォーマーとチームを組むなど、前代未聞の事態であったのだ。


「ペリシュはね……最初はマジ元気で、ウチもそんけーしてたワケ。でもいつからかあんまり笑わんくなって、バトルパフォーマンスにも参加しなくなって、そのうち疎遠になっちった。ペリシュの配信も一年半くらい、ずっと見てないなーそういや。

 ペリシュはAceの中でいちばん才能あったし、人気もあったのに……先にプロ級に昇格したのがウチ。アイツはまだアマチュア。なんだろね、これ」


「えっと……それは、悲しいという感情ですか?」


「レヴリッツ、なんか人の心を理解できないサイコパス機械みたいじゃん草。悲しいに決まってるでしょ、そんなん。できることなら、ペリシュと一緒にプロ級で活動したかったよ?

 早々に引退しちゃった他の二人とも一緒に配信したかったし。何もかもが上手くいかない業界だよね、バトルパフォーマーって。レヴリッツも覚悟しとき? アンタの同期もみーんな病んだりして引退してくよ」


「ふーん。まあ、僕は誰が引退しようがどうでもいいかな」


 すでにレヴリッツの同期……87期生の中でも、六名の引退者が出ている。まだデビューして三ヶ月しか経っていない。

 過酷な現実がバトルパフォーマーには立ち塞がる。戦闘、パフォーマンス、配信……全ての要素において、才能と努力、そして時の運が必要な世界。


「そういやさ、デビューしたばっかりのペリシュの目標は……マスター級になることだったんだよね。ウチも同じ目標で、今も元気に活動中。

 レヴリッツの目標ってなにー?」


「僕は……もちろんマスター級になって、頂点に挑むことですよ」


「頂点? なんそれ」


「唯一のグローリー級……『天上麗華』に挑むこと。今はそれが目標です」


「ふーん。やるじゃん」


 イオはレヴリッツの目標を聞いても、単純に感心するような素振りを見せた。ほとんどのパフォーマーや視聴者に話しても、馬鹿にされて笑われるのがオチなのだが。

 それだけ夢と真摯に向き合っているということなのだろう。


 涼しい風が吹き、古ぼけた寮の壁を叩いた。


「あっ!! そういえばイオ先輩って、プロ級なんですよね!?」


「お、おう……急にどしたん? 話きこか?」


「僕と決闘(デュアル)しましょう」


 唐突な試合の申し込みに、イオは思わず後退った。

 先程までしみじみと話していた相手が急に戦意を滾らせて、カンカンと刀の鯉口を切る。彼の思考回路が理解できない。

 いったいどのような論理を経て、決闘に至ったのか。


決闘(デュアル)……ってことは、配信するんだよね? ウチ、バトルパフォーマンスは視聴者に予定表出してからやるスタイルだからさあ。いきなり言われても困んだよね。つかアマチュアがプロに闘い挑むと、ちょい炎上するよ?

 身の程弁えろってね。ウチは別にぜんぜん、そんなこと思ってないんだけどさ。

 ふつーに配信しないで手合せするならオッケーだけど」


「あ、配信できないなら大丈夫です。すみません」


「草」


 レヴリッツは闘うことそのものに興味があるのではなく、闘いを配信して人気を高めることに興味があるのだ。

 正直、誰を相手にしても負ける気がしないので配信するだけ得。

 負けたら首が飛ぶ。


「はあ……じゃあ僕は帰りますね。ペリ先輩もいないし、イオ先輩は決闘してくれないし……無駄足でした」


「おん、ウチも第二拠点(セカンドリージョン)に帰ろっと。おつー……っと、そうだ。レヴリッツ、ペリシュのことよろしゅうね」


「よろしゅうと言われましても、何をすればいいものか。僕は今まで通りペリ先輩に喧嘩を売り続けますよ」


「ああ、それでいいんよ。じゃねー」


 手をひらひらと振って、イオはプロ級パフォーマーが住まう第二拠点(セカンドリージョン)の方角に向かって行く。

 レヴリッツはのんびりと歩き、今後の配信予定を考えた。

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