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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
2章 氷王青葉杯
33/105

21. 責任

 勝利後、レヴリッツは闘技場から退場して控室に戻る。

 控室には共に戦った三人の姿があった。


「みんな、お疲れさま!」


 レヴリッツは元気に皆に声をかけたが、彼らは沈黙を以て答えたのだった。

 ヨミはいつもと変わりない眼差しで、ペリはどこか不安げな眼差しで、


「リオート、楽しめたか?」


 リオートは希望に満ちた眼差しで、レヴリッツと視線を交差させた。

 彼は立ち上がり、レヴリッツの前に立つ。


「……ありがとう。お前のおかげで、俺は闘いの楽しさを見つけられたよ」


 穏やかに笑い、手を差し伸べた。

 初めて会った時の作り笑いとは違う、本当の笑みで。

 レヴリッツは彼の手を握り返して言った。


「そうか……よし、一緒にマスター級を目指すぞ!」


「お前さ……ははっ。わかった、親父ともちゃんと話し合って相談してみるよ。さっきダルベルトから連絡があって……親父が俺と話す場を設けたいらしい。まあ、親父が認めなくても俺は勝手に活動を続けるけどな。

 これからも……俺と共に闘ってくれ」


「ああ、約束だ!」


 二人は約束を交わし、戦友となった。

 そんな二人の様子を見ながら、ペリは身体を震わせていた。ヨミが震える彼女に尋ねる。


「シュッシュセンパイ、どうしたんですかー?」


「い、いえ……その、こんな友情マシマシの雰囲気をぶち壊すようで悪いのですが。私たちに投げられたPPの総額が、ヤバいことになってます……」


 ペリは携帯の画面を三人に見せる。

 その数字を凝視して桁を数え上げていくレヴリッツ。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……180万!? ペリ先輩、これってOathに投げられたPPの合計ですか!?」


 たった一日で180万の投げ銭。

 異常事態。前例を見ない額を叩き出した。プロ・マスター級ならばまだしも、アマチュア級でこの額は信じられない。


「恐らくですが、リオートくんが独壇場(スターステージ)を発現したことで視聴者が興奮したのでしょう。あの瞬間、観客席の人たちもすごく叫んでいましたし……くつろいでいた私も叫びました。これはもう優勝ですね!」


 ペリは目を輝かせる。

 この額に加えて、青葉杯の優勝賞金まで加えれば相当な儲けになるだろう。


「リオートのおかげだね! レヴも制圧してくれたし、私もトシュアセンパイを倒したし……ペリ先輩はこたつ投げてくれたし!」


「……ん?」


「いやー今回はみんな活躍しましたね! リオートくんの取り分は多めにしましょう!」


「ちょっと待って! ペリ先輩、こたつ投げたって……どういうことですか?」


 レヴリッツはヨミの言葉に違和感を覚え、ペリに待ったをかける。

 もしかしてグルッペが怒り狂っていた理由は……


「なんのことですか? よくわかりませんが、アーカイブ観ればいいんじゃないですかね。まあとにかく!

 青葉杯は私たちOathの優勝です! やったー!」


 後日、レヴリッツはアーカイブを見直して泡を吹いた。これはグルッペが激怒するのも納得の侮辱行為。トシュア先輩が不憫すぎる。

 ペリはもしかしたら……自分よりもヤバい人間かもしれないとレヴリッツは思うのだった。


 ー----


 青葉杯から数日後。


「今、この瞬間からッ! 俺はバトルパフォーマーになる!」


「やめろおおおおお!」


 レヴリッツの物真似が食堂に響き渡る。

 リオートのパフォーマンスは噂となり、彼の熱意に多くの視聴者が沸いた。名シーンである。

 そんな彼の名シーンを、レヴリッツは事あるごとに真似していた。


「なんで? かっこよかったじゃん」


「うるせえ! 恥ずかしいんだよ!」


 顔を真っ赤にしてレヴリッツの奇行を止めるリオート。

 もう彼のパフォーマンスは多くの人に観られているので、止めても無駄だ。


 ヨミとペリは微笑みながら二人の様子を眺めていた。

 結局、リオートの熱意を認めた父王は息子がバトルパフォーマーとなる道を許した。無論、全ての(わだかま)りが解消されたわけではないが……親からの許可は得られたのだ。

 これで彼も思う存分にパフォーマンスができるようになる。


「そういえば、今回のパフォーマンスはかなり話題になりました。私たちもプロ級の昇格に近づきましたね」


「え? でもペリ先輩は……すでに条件的には昇格可能なんじゃありませんでしたっけ?」


「そうですねえ……私はまだアマチュアのぬるま湯に浸かっていたいにー。みなさんは知名度をもっと上げて、配信がんばって……プロ級へ昇格してください」


「やる気ねえなこの先輩……」


 リオートは呆れ返った。バトルパフォーマンスは栄光の道である。

 昇格という栄光を拒絶するのならば、ペリはなぜパフォーマーになったのか。


 今回の面々の活躍は、昇格に足る実力があると証明してみせた。

 カメラの故障()により戦闘場面が見せられなかったレヴリッツも、新人杯の時点で実力は証明している。あとは知名度を稼がなければならない。


「じゃあ、ペリ先輩。人気のストリーマーになるコツを教えてくださいよ。どうやったらペリ先輩みたいに同接増やせるんですか?」


「え、わかんない……男性ストリーマーと女性ストリーマーでは伸ばし方が違うので。ヨミさんはとりあえず歌とかすればいいと思います。声質が綺麗で癒されますし。asmrもアリかも。

 レヴリッツくんとリオートくんは……流行のゲームでもすればいいんじゃないですかね(適当)。結局、伸びるかどうかなんて運ですよ運。私もバズってから一気に伸びましたし」


「asmrって、よくシュッシュセンパイがやってる……アレですか? 耳をゴリゴリする脳神経侵略行為。私にできるかなあ?」


「ず、ずいぶん独特な喩えですね……」


 地道に配信活動を続けていれば伸びるかと言われれば、そうでもない。どれだけ継続して配信を行っても伸びない人はごまんといる。

 実際、バトルパフォーマンスと配信の人気は乖離傾向にある。いくら大会で好成績を残しても、配信で同時接続数が少ない場合は対策を打たねばばらない。


「あっ、そうだ。話は変わるんですけど。私たちの優勝を記念して、オリジナル曲を作りませんか?」


「「「オリジナル曲?」」」


 ペリの提案に、三人は一様に首を傾げた。


「まあ、バトルパフォーマーの伝統みたいなもんです。大会で優勝したり、何かお祝いごとがあった時には……MVを作るのです!

 Oathも結成したことですし、初の曲を作るというのはいかが?」


「でも俺、作曲なんてできませんよ。歌うスキルは少しだけありますけど」


「僕も作曲はできないです。ついでに歌もあんまり上手くないです」


 顔を顰める男衆とは対照的に、ヨミとペリは自信に満ちた笑みを浮かべている。


「あ、私は曲作れますよ! MIXもできます! ジャケットも書けます!!」


「ヨミさんは本当になんでもできますね……有能。

 だらしない男どもは放っておいて、私と一緒に作りますか。レヴリッツくんとリオートくんは……がんばって歌ってください」


「はーい!」


 歌が下手なのは改善しないとな……とレヴリッツが考えていると、こちらに向けられた気配を察知。

 視線の先、食堂の入り口にはケビンが立っていた。どうやらレヴリッツとリオートを呼んでいるらしい。


「……あいつ、何の用だよ」


「敵意はないみたいだよ。とりあえず行ってみよう」


 二人は席を立ち、入り口で待っているケビンの下へ向かった。


「よお、盛り上がってるところ悪いな。手前らと話したいことがあって来た」


 もうケビンはリオートのことを見下していない。道を阻む気もない。

 彼の視線から、レヴリッツは姿勢の変化を感じ取った。

 リオートもまた大会でケビンの意志は受け止め、その上で乗り超えたのだ。会話くらいには応じてやろうと思い、彼の後に続いた。


 到着した場所は、薄暗くジメジメした食堂の裏。

 他に人がいないことを確認してから、ケビンは行動に出た。


「すまなかった」


 土下座。

 彼はコートを地面にこすりつけ、リオートへ向けて謝意を示したのだ。


 あのプライドの高い迷惑系パフォーマーが、土下座を。リオートは思わぬ事態に後退った。


「な、なんだよ急に……」


「リオート、手前の道を阻もうとした。たしかに手前には才能がなく、そして実力もなかった。しかし俺の壁を乗り越え、意志は示された。

 ──俺の負けだ。人の夢を阻むには責任が伴う。手前にパフォーマーを辞めさせようとした責任は、俺自身がパフォーマーを辞めることで取る。

 だから、どうか……俺を許せとは言わねえ。俺を踏み台にして、リオート……手前は先へ行ってくれ」


 リオートはケビンの言葉を聴くに従って、徐々に心の整理がついていった。

 ケビンの判断は妥当だ。リオートの道を折ろうとした代償として、自分の道を折る。それは一人の人間として当然の償いだ。


 しかし、


「立てよ。俺はケビンがバトルパフォーマーを辞めるのは許さない(・・・・)。お前が勝手に俺に条件を押し付けて、勝手に辞めようとしてるだけだろ?

 そんなの、責任を取っているとは言えない」


 リオートの胸中に横たわっている感情は、怒りでも恨みでもない。

 全力で闘い合った相手への敬意だ。敬意を抱いた相手が、腐ったまま死んでいくことをリオートは許しはしない。


 ケビンはリオートに言われるがまま立ち上がり、まっすぐに瞳を見据えた。


「俺から条件を押し付ける。

 『迷惑系パフォーマーを辞めて、まともなパフォーマーに戻れ』。それが俺の提示する償いの条件だ。お前も才能がなくて、仕舞いにはプロ級からアマチュア級に降格した馬鹿野郎だ。そうやって逃げる道を潰して、ひたすら前に進んでみろ」


 提示条件は残酷なものだった。

 ケビンが迷惑系をやめるということは、これまでの視聴者を切り捨てるということ。スタイルの大幅な変更は、視聴者に見切りをつけさせることになる。


「……手前がそう言うなら、やってやるよ。ただし、俺に追い抜かれても文句は言うんじゃねえぞ」


「ああ。また大会で当たったら再戦しよう。次も全力で」


「望むところだ」


 リオートが差し出した手をケビンは握り返す。

 かくして両者の隔たりは埋められ、新たなリオートのライバルが誕生したのだった。


 話もひと区切りついたところで、ケビンは視線を移す。


「で……手前、レヴリッツ」


「そういえば、僕には何の用で?」


 続いてケビンの瞳に宿ったのは……疑念。

 リオートに向けた敬意ではなく、レヴリッツに対しては懐疑の念が籠められていた。


「手前、ガフティマに何をした?」


「ガフティマ……? いや、何もしてないよ?」


「そうか。ガフティマは重大な精神病を患い、バトルパフォーマーを辞めることになった。

 ……これは俺の独り言だが。ガフティマはカメラが切れた間に、何かされたんじゃねえかと思っている。バトルフィールドを出た瞬間、俺の視界に飛び込んで来たのは廃人になったアイツの姿だった」


「…………」


 カメラが切れた瞬間にレヴリッツが何をしたかなど、語れるわけがない。しかし、例の件はガフティマから先に手を出したのだ。レヴリッツは殺し合いに応えただけ。


「もちろん、アイツがどのような理由で引退するのかは伏せておく。ただ……もしもアイツを狂わせた人間がいるのなら。

 その人間には──必ず天罰が下るだろうな」


 その言葉を最後に、ケビンは踵を返して食堂裏から去って行く。

 リオートは二人の会話の意味がわからずに、ひたすら立ち尽くしていた。


「天罰、ね。神が天罰を下すのなら、神すらも殺してしまえばいい……そう思うのは僕だけかな?」

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