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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
2章 氷王青葉杯
30/105

18. リオート・■■■■


『お前に剣を握る資格はない』


 俺の心を殺した、父の言葉。

 リオート・エルキス。それが俺の名で、王族であることを示す名前だった。


 優秀な長男がいた。秀才の次男がいた。天才の長女がいた。

 ──凡才の、俺がいた。


 小国ラザの王族は武を重んじる。

 民主制の国となってからも王家の血筋は残存し、強さが王族の格式とされた。

 ……馬鹿馬鹿しい。本心ではそう思っていたけど、口には出せなかった。俺の周囲も、国民も……誰もが強いことは素晴らしいと思っていたから、王族である俺が強さを否定できるわけがなかった。


『リオート様……何度申し上げればわかるのですか。

 あなたは強くなくてはなりません。強者こそが我が国の王族なのです』


 嫌というほど剣を振るわされた。

 嫌というほど叱られた。

 嫌というほど強くなれなかった。


 俺が、俺だけが……何にも恵まれなくて、いつも泣いていた。

 兄たちはいつも俺を慰めてくれて、父も俺の努力をわかっていた。従者のダルベルトもいつまでも俺の側にいてくれた。

 だからこそ、余計に俺は強さを求めては絶望して。



『俺は……強くなれない』


 ある日、悟った。俺が強くなって何の意味があるのか……と。

 才能がないことくらい、とっくの昔に気づいていたんだ。だけど周囲からの期待が重圧となって、俺をいつまでも縛り付けていた。

 苦しんだ時にどうすればいいのか……わからない。何もかもを一人で背負い込んで解決するのが王族だと思っていたから、この苦悩にどう向き合えばいいのかもわからず仕舞い。

 頼れる兄弟にも、従者にも……俺は決して弱い所を見せられなかった。



 ある日、あの日。国を逃げ出す二年前のこと。月が照っていた。

 窓辺からいつもより大きく見える月が印象的だった──あの日。


『親父、今……いいか』


 父の寝室を訪ねた。

 真夜中に部屋を抜け出してきた俺を快く思わなかったのか、父の眉間に皺が寄っている。父は何も言わず机に座り、視線で向かい側に座るように促した。


 俺は俯いたまま席に座り、震える身体を叱咤して言葉を紡ぐ。途切れ途切れに、ラザ王族としての責務を放棄する一言を。


『俺は、俺は……強く、なれない、かもしれない……

 才能がない。これ以上……鍛錬を続けるのが、苦しい……』


 心の深奥を率直に父に伝えた。

 殴られた。不思議と痛くなかったんだ。


 抵抗も、憤激もしなかった。怒られるのは当然のことだと思っていたから。

 殴られた右頬とは逆、左頬を黙って差し出した。だけど、二度目はなかった。視線を上げれば、影の落ちた父の顔。

 暗がりの中で、表情はよく読み取れなかったけど……きっと怒っていたのだろう。


 しばしの沈黙の後、俺は父からこう言われた。


『お前に剣を握る資格はない』


 ああ、やっと。解放された。

 もう剣を振らなくていいんだ。強くならなくていいんだ。


 俺は涙を流して喜んだ。

 嬉し泣きだったのか、悔し泣きだったのか。わからない。

 幸福と同時に、俺は喪失感を味わった。


 ー----


 それから一年が経った。

 いつものように、だらしなく動画を見ていた。もう何もする気が起きない。これまで積み上げてきた剣術も、磨き上げてきた精霊術も。


 何もかもを魂と共に腐らせていた。

 腐敗は俺の人生に幸福を与えてくれていたのだ。

 従者のダルベルトは、今でもこんな俺の世話をしてくれている。俺がとんと鍛錬をしなくなった時も、どうしたのですかと唯一尋ねてくれた。心配していた。


 だけど、俺は何も答えなかった。

 きっと強さを失っていく自分が怖かったのだ。まだ、心のどこかで強さへの執着を捨てきれていなかったからこそ、はっきりと鍛錬を辞めた理由を答えられなかったのだろう。

 父も兄弟も、俺のことは諦めているのに。俺自身が一番、俺のことを諦められていなかったのだ。


 堕落して動画を漁っていると、関連動画に何となく気を惹かれる動画があった。

 ──バトルパフォーマー。

 映像越しながら鮮烈で、魅了された。


『……いいな』


 剣の舞踏、魔術の喝采。強さを求めながらも、彼らは心底楽しそうだった。

 楽しんでいた。俺にはなかった感情を持っていた。

 俺が見えない世界を見ていた。


 衝動的な憧憬が、俺の心に迸る。

 雷に打たれたかのように起き上がって、剣を取ってみた。

 剣を握ったのはいつ以来だったか……異様に重く感じたのは覚えている。




 やがて俺は、バトルパフォーマーを志すようになっていた。

 バトルパフォーマーになりたいということを周囲に隠して、訓練を再開。

 夢が出来たからだろうか。昔よりもすんなりと武術が身体に染み渡っていく心地がした。……勘違いかもしれないけどな。


 強くなる喜び、夢を目指す喜び。

 才覚に溢れる兄たちには敵わなかったけど、俺はいくらか強くなって……ある日、父に打ち明けたのだ。


『バトルパフォーマーだと……?

 戦いを遊びとする職なぞ、認めるわけにはいかぬ!』


 

 ──ああ、当然だ。


 俺がどうして強くなろうとしたのかも理解せず、コイツは俺の夢を否定する。

 わかりきっていたことだ。周囲もみな、反対するに決まっている。

 お前たちは強さを求めるだけで楽しいのかと、そう問い詰めることも無駄だとわかっていた。


 何のために強くなる?

 王族は強くならなければならない?

 どうして?


「強くなりたいってのは……守りたいもんがあるとか、多くの人を感動させたいとか……理由があって抱く感情じゃねえのかよ!?

 だって、俺は──」


 俺は。

 才能がなくても。

 王族に必要な力じゃなくても。


「──俺のために、強くなりたいんだろう?」


 だから、飛び出した。

 結果を出して、世界一のパフォーマーになって……いつか俺の価値を証明する。

 王族を捨て、誇りを捨て。俺は一人の戦士となった。



 なのに──


 ー----


「ク、ソ……」


 血反吐と涙の狭間で、俺はどうしようもなく弱さを晒していた。

 ケビンは俺が立つのを待っている。視聴者も俺が立つのを待っている。


 父は、どうだろうか。

 これ以上、醜態を晒すのは止めてくれと願っているかもしれない。

 俺をどうしようもない愚息だと思っているかもしれない。


 ……結局、俺は勝てないのか。楽しめないのか。

 弱いから、才能がないから……それだけの理由で夢が潰えるのか。


「…………俺の、」


 ……負けだ。

 そう言えばいいのに。

 どうしても言えない。負けを認めたくない。


 くだらないプライドなんて捨てて、生温い王室に帰ればいい。俺が怠惰でいることを、家族は認めてくれるのだから。弱くあることを、認めてくれるのだから。


 未だに氷の剣を握っている自分の手が恨めしい。

 俺に、剣を握る資格は──



「おーい!!!

 リオート王子!」


「……あ?」


 このウザってえ声は。

 独壇場(スターステージ)の外。高木の上から、黒髪のアイツが怒号を飛ばしていた。


 何やってんだよ。

 呑気に観戦なんかしやがって。同じチームなら普通、助けに来るだろうが。

 いや、そうじゃない。そもそもあいつは……レヴリッツは、相手のタワー制圧に向かっているはずで。


「拝啓!

 温室育ちの、根っこが弱くて、才能もないクソ野郎様へ!!

 僕はさ、あんまり本音とか言いませんが! 今だけはムカつくから言わせてもらいまあああす!


 ──リオート、だっせえ!!」


「……なん、だと?」


 おい、なんだあいつは。

 何をしている? ケビンも呆気に取られたようにレヴリッツを見上げていた。


 職務放棄もいい所だ。

 ましてや仲間に悪態を吐くなど。


「僕は別に、君の勝利なんか望んでない!

 バトルパフォーマーを辞めるなら、勝手に辞めればいい!

 才能のなさを言い訳にして、そこのケビンみたいに夢を捨てればいい!


 他人に構ってやれるほど僕は善人じゃないし、むしろ他人に苦しんで欲しいクズだけど……

 『約束』を破るのは、だっせえんだよ!」


 何を言ってるのかわからない。

 いつも意味不明なレヴリッツの言動だが、今はいつにも増して意味不明だった。


「……約、束?」


「一緒にマスター級になるって!!

 約束しただろうが!!」


 瞬間、フラッシュバックする。

 そうだ。俺はレヴリッツとの配信で、マスター級を目指すなんて……馬鹿な約束をいつしかしていた。

 まだあいつが、そんな出鱈目を覚えていることに驚いた。


「だって、あんなのは……その場の勢いの……」


「はぁ?

 しっかりアーカイブにも残っている発言だ!

 やっぱり逃げるんだなクソ野郎!!」


 ──黙ってれば言いたい放題言いやがって。

 俺だって、本当は……


「ああ、俺も覚えてるぜ。その配信をちょうど見ていた。

 手前らがマスターを目指すなんて生意気な事を言いやがったから……リオート、俺は手前を潰す決意をした。全ては……あの瞬間から始まったんだよ」


 敵のケビンですら、俺たちの『約束』を覚えていた。

 才能がない癖に、マスターを目指すなんて生意気だ。どうせ途中で折れるに決まっている。諦めろ。


 ……そんなケビンの心の声が、視聴者たちの声が。

 俺の意識を掻きむしる。


 自分でもわかってるんだよ。アレが無理な約束だったことくらい。

 だけど、ただ一人……あの約束をマジに信じてる馬鹿がいるらしい。


「……馬鹿野郎」


 あいつは馬鹿だ。俺がクソ野郎なら、あいつは馬鹿野郎。


 なんで俺の勝利を信じてるんだよ。

 なんで俺が強くなれると思ってんだよ。



「立てッ! 僕の相棒で在りたいなら、立て!

 リオート・エルキスッ!!」



「……畜生」


 あいつも俺も、馬鹿だ。

 だったら……馬鹿は馬鹿らしく。




 ──立ってやるよ。



「チッ……そうかよ。

 いいぜ、リオート。何度でも叩き斬ってやる」


 全身が悲鳴を上げている。身体はまともに動かない。

 ……だから、何だ。俺はまだ戦えるだろう。


 仲間がいて、ファンまで応援してくれていて。

 それで立ち上がらないなんて、バトルパフォーマー失格だ。



 叫べ。名乗りを上げろ。


「観てる奴ら、全員聞きやがれ!

 俺の名はリオート・エルキス!

 『一片氷心』の精霊術師、リオート・エルキス!


 今、この瞬間からッ!

 俺はバトルパフォーマーになる!」



 もうエルキスの名からは逃げない。

 今の俺は、一人の戦士。


 だから魅せてやるんだ。

 勝ってやるんだ。

 クソ親父、ラザ国民、ダルベルト、馬鹿相棒(レヴリッツ)


「俺の舞台で踊れ!

 俺の玉座を用意しろッ!


 独壇場(スターステージ)──【氷雪霊城(アゾフル・ステージ)】!!」

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