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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
2章 氷王青葉杯
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16. 真白の悪魔

 本性を現したレヴリッツ……否、レヴハルト・シルバミネ。

 彼を前にしてガフティマは一切の思考・行動を放棄せざるを得なかった。


 圧倒的な殺意が心臓を握り潰し、神経の全てが混乱の中にある。


「来い、『黒ヶ峰(くろがみね)』」


 中空よりレヴハルトが取り出したるは、漆黒と純白の二刀。

 生と死を司る秘刀──【黒ヶ峰】


 この刀こそレヴハルトを縛る呪いにして、存在意義である。


「…………ッ」


 逃げなければならない。

 どうしようもない焦燥と畏怖が、ガフティマの心を染め上げる。だが高鳴る鼓動の警鐘に従わず、彼の足は動かなかった。


 レヴリッツは怯えるガフティマの心情など考慮せず、『殺し合い』を継続する。


「今から君を斬るよ。死にたくないなら、魔装は全力で防御展開しておけ。

 昔、俺が暗殺を依頼された政治家がいたんだ。彼は「セーフティ装置があるからお前の刀などでは死なん」……って調子に乗ってたけど、僕の刀はセーフティ装置の防御も斬ってしまうのでね。その政治家は呆気なく首を斬られて死んだ。

 君もそんな醜態は晒したくないだろう?」


 レヴハルトがわずかに殺意を緩め、ガフティマの拘束を解く。

 逃走を許可したわけではない。魔装の防御展開だけを許可したのだ。それがわからぬほどガフティマも愚鈍ではない。

 彼は過呼吸の中で魔力を練り、何とか魔力を身に纏う。


 今、目の前の少年に逆らえば殺される。

 決して不機嫌にしてはならない。決して逆らってはならない。


「それが限界? オーケー、じゃあ斬ってみようか」


「ひっ……」


 再び殺気が蔓延(はびこ)る。

 刃を黒く鈍らせて。


「……奉るは赤き桜花(おうか)、鉄火と柔草(にこぐさ)織り交ざらん。

 シルバミネ第三秘奥──」


 釘付けになっていたレヴハルトの姿が、ガフティマの視界から消えた。

 消滅。超常現象、奇々怪々。(それ)は天上のまやかしに(あら)ず、ただ(ひとえ)に雷神の意志が如き疾風なり。大気、重力、万象不変は何するものぞ。



 ──《寸鉄殺(すんてつさつ)



 刹那。

 ガフティマの首元に致死ダメージが入り、セーフティ装置が作動。しかしセーフティ装置の無敵に近い結界すらも破り、刀は彼の巨体を斬り刻む。


「ぁ……殺さ、ないで……」


 ガフティマは最後の力を振り絞って、懇願の声を吐き出した。

 そして無様に倒れる。


 魅せるための刃ではなく、殺すための刃。レヴハルトは殺意の刀を引き抜いたのだ。かくして『殺し合い』は幕を閉じた。わずか一秒にも満たない戦いであった。


「よかった、まだ生きてるみたいだね。俺もせっかく一般人に転生したのに、殺しなんてしたくないからさ。君が生きててよかったよ。心は死んでしまったみたいだけど、生きていればやり直せるさ」


 レヴハルトは微笑を浮かべ、ガフティマの抵抗に対して賛辞を送る。

 もうこれ(・・)の心は使い物にならない。


 彼は再び偽装を纏い、レヴリッツへと舞い戻る。

 地面で伏すガフティマなど気にも留めず、次なる戦場へ向かって走り出した。


「よーし、ガフティマ撃破! いやあ、やっぱり僕が負けるわけないんだよね!

 さて、次はどこの援護に向かおうかな……? このまま相手のタワーを目指してもいいが、リオートの戦場に向かうのもアリか……」


 すっかり殺し合いの出来事など忘れてしまった。

 彼の頭の中では、とうにガフティマは死んだ人間なのだ。

 覚えておく必要すらない。


 善の心は一片もなく、本性は悪辣に。

 大罪人、極悪人と糾弾され、果てには祖国より追放された剣士。

 レヴハルトは仮面を被って生き続ける。


 ー----


 両者が名乗ったと同時、ケビンが動き出す。

 凄まじい速度の剣閃。袈裟懸けからの、斬り返し。リオートはケビンの攻撃を咄嗟に生成した氷の盾で防ぐ。

 しかし、すでに背後へと回り込んだケビンの掌底(しょうてい)打ちによって吹き飛ばされる。


(速い……! 速度特化ってわけでもなくて、攻撃力もある! だが、俺の役目は時間を稼ぐこと……まだ終われない!)


「一片氷心……《霜走(しもばしり)》!」


 まずは相手の速度をどうにかする。

 周囲一帯に霜が降り、冷気が魔手となってケビンへと迫る。動きを拘束する氷の枷。

 しかし、ケビンは格段に場慣れしている。

 ここで機転を利かせるのが元プロの実力だ。


 魔装で冷気を遮断したケビンは、そのまま魔力を四方に展開。天地の間を魔力が縫いつけ、一種の結界が構築されていく。

 リオートは広がってゆく魔力を見て目を見開いた。


「これは、まさか……!」


「魅せてやるよ、俺の全力をな。

 リオート……手前の道を塞ぐために、手前の夢を手折(たお)るために。

 俺の独壇場(スターステージ)を披露する」


 人の夢を潰すからには、重大な責任が伴う。

 夢を諦めさせるに足る圧倒的な絶望と、一切の躊躇なくバトルフィールドを去れる実力の差を。

 かつてケビンが目指した高み、リオートが目指そうとしている高み。


 プロ級パフォーマー、全身全霊の舞台を。


その壁は超えられない(・・・・・・・・・・)──《警告舞台(ネゼン・ステージ)》」


 屈辱、悔恨、失意。

 (あまね)く「人生の壁」を模った舞台が顕現する。


 リオートとケビンを取り巻くように展開された無数の壁、壁、壁。

 森林地帯は一瞬にして円形の戦場へ変形。魔力により盛り上がった地面は石畳へ変わり、高い壁が全方位に、かつ無作為に生成された。


「これが俺の独壇場(スターステージ)

 リオートッ! 全身全霊を以て、手前を打ち砕く!」


 こと独壇場(スターステージ)において、創立者は圧倒的な有利を誇る。

 視聴者の誰もが悟った。この勝負はケビンの勝ちだと。


 だが、自分が負けることなどリオートはとうにわかりきっていた。

 これが最後の勝負で、どれだけ無様な敗北を晒しても構わないのだと。彼は負の覚悟を抱いて進み出る。


「……お前は凄いよ」


 本心からの称賛を送り、再び氷剣を生成。

 リオートの踏み出しと共に冷気が迸った。


 真正面から斬撃を飛ばす。数多の修練の果てに繰り出される、リオートの全力。

 銀色の剣閃が走り、一拍遅れて衝撃音が響く。


「届かない」


「……!」


 リオートは驚きに目を見開く。

 氷剣は突如とした現れた灰色の壁に阻まれ、重い衝撃が腕を伝う。


 背後に迫る剣気を察知したリオート。

 怪我を承知で身体を強引に動かし、その場から飛び退く。先程まで彼が立っていた空間に鮮やかな銀閃が走っていた。


「瞬間移動……?」


「俺の『警告舞台(ネゼン・ステージ)』の中では、壁を生み出した地点に転移が可能。種明かしをしてやるのは情けだ」


「クソ……バケモンかよ……」


 ケビンは間違いなく格上。

 しかし、ここまでの強者が相手とは……リオートは自分の不運を呪った。だが、簡単に負けるわけにはいかない。

 これはチーム戦だ。自分の足掻きが勝利へつながるかもしれないのだから。


「一片氷心──《極寒舞踏》!」


 相手が転移できるのならば、広範囲の技を。あらゆる距離に対応できるのが精霊術の強みである。

 二人を取り囲むように、無数の氷の武器が浮かび上がる。

 剣、槍、斧、槌。多種多様な氷製の武器がケビンを逃がすまいと、全方位から彼をマークする。


「頭が回るじゃねえか。ならば……真正面から、全て斬り伏せてやろう!」


 一斉に武器が射出される。同時、リオートもケビンへ急接近。

 スケートリンクを滑るように華麗に舞う。


「はああぁっ!」

「ぬおおおっ!」


 鉄刃と氷刃が激しく衝突。

 アマチュアのリオートと、元プロのケビン。力は平等ではない。

 互いの刃を打ち合わせ、リオートの腕は限界まで追い詰められる。破裂しそうな筋肉。力押しされ、石畳に強引に踵を叩きつけて周囲の武器を引き寄せた。


 周囲から飛来する氷の武器を、ケビンは飛び、回り、蹴り上げ打ち砕く。

 隙を突いて斬り込むリオートの斬撃は彼の顔と左肩を掠め、一矢報いる。


「チッ……!」


「一片氷心、《氷柱乱舞》!」


 リオートは攻撃の手を緩めない。

 ここで攻めきれなければ優位はなく、魔力の欠乏など考慮する余地もない。

 常に全霊の魔力を注ぎ込んで技のラッシュを決める。


 氷柱の剣が八刃舞う。

 ケビンは捌き続け、捌き続け──そして、勝負を終わりへと導く。


 それは砂海から一粒の砂を掬い上げるがごとく、森の中から一本の木を見つけるがごとく、わずかな隙であった。

 一瞬の好機を掴む者こそが真のパフォーマーである。ましてやケビンとリオートの力量差では、状況を覆すなど容易なことであった。


「ここだッ!」


 一瞬、氷の包囲が解けた瞬間にケビンは転移する。

 そしてリオートの死角へと回り……


「ぬうんっ!」


 渾身の一振りを放った。

 凄まじい衝撃と共に、斬撃がリオートに直撃。

 氷上を舞台としていた彼は転倒し、どこまでも転がっていく。やがて氷のリンクから弾き出された時、やっと彼は静止した。


「ク、ソ……俺は……やっぱり……」


 虫の息。

 もはや彼に残された体力も、魔力もほとんどない。


 父はさぞリオートの姿を無様に見ていることだろう。

 地に倒れ、動くことすらままならない自分の姿が、視聴者に嫌というほど見られている。


 ケビンは彼の傍へ歩み寄り、剣を突きつけた。


「立てるのか、立てねぇのか。いや……立ち上がるのか、立ち上がらねぇのか!

 手前の答えを聞かせろ、リオートッ!」


 これはパフォーマンスである。

 たとえ満身創痍のリオートが立ったとしても、ケビンには敵わない。しかし、ここで彼が立てば視聴者が盛り上がり、ケビン側も高得点が狙える。


 そして何より、この行動はケビンなりの審判を示した。

 この闘いを最後にしてもいいのか……と。

 この剣閃は、バトルパフォーマンス人生の最後を飾るに相応しかったのかと。


 リオートは地に伏したまま、血反吐と涙を流した。


 ー----


 レヴリッツは独壇場(スターステージ)の外側から、両者の決闘を眺めていた。

 数多の壁が林立した円形舞台の中、両者の鍔迫り合いの音が響く。心地よい鋼と氷が打ち合う音。

 彼は高木の上で、瞳を閉じて耳を澄ましていた。視聴者からは「何やってんねん」と突っ込まれていることだろう。


 さて介入すべきか。答えは否。


「ふむ……」


 リオートはバトルパフォーマー道を究める為に、レヴリッツは人を殺める為に。

 強さを各々求めたのだ。

 目的は違えども、彼らには共通する壁があった。


 ──才能がない。

 かつてのレヴリッツは、まさしく無能だった。父にも呆れられ、兄にすら劣っていたほどの無才。

 一切の才覚を見出せず、惰性で師から殺しを学んでいた彼を支えたのは……とある少女との『契約』。


 バトルパフォーマーとなって、マスター級に手を伸ばして、真正面のルートから彼女を殺しに行くのだ。


 ただ、あの日の約束を果たしたい。ソラフィアートを──したい。

 その願いだけが彼の魂を研ぎ澄ました。

 才能がないのならば、誰よりも努力を。どんな外道な手でも、どんな逸脱した手でも、強くなれればそれで構わない。


 脈動する渇望を心臓へ埋め込み、沸騰する劣等を血液へ流し込んだ。

 結果として出来上がったのが、彼という化物だったのだ。


「で、君は」


 化け物になるのか?

 リオートにも外道を歩ませるのか?

 過酷極まりない、畜生道へと突き落とすのか?


 別に、そんな無理を強いる必要はない。

 何故なら、レヴリッツはそこまでの関心を他人に抱かないからだ。強さを求める過程はいくらでもある。レヴリッツのように無理な才覚の矯正も、過酷な環境で錬磨される必要もなく……リオートは強くなることができる。


 だが、あの王子様は自分が強くなれることを知らなかった。


『お前は本音言うしかできないんじゃない?』


 ふと、以前の配信のコメントがフラッシュバックした。

 悩める友へどう接すればいいのか……そんな雑談テーマだったはず。


 そう。結局、それしかないのだろう。

 本音を……言ってやれ。


 彼が物思いに耽りつつ闘いを眺めていると──やがてリオートが倒れた。

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