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忘れじの契約  作者: 朝露ココア
2章 氷王青葉杯
24/105

12. 激情

 試合当日。

 バトルターミナルは、漠然としたざわめきに包まれていた。


 中央闘技場には、あふれ返らんばかりのアマチュアパフォーマーが集っている。

 レヴリッツたち『Oath』もまた。


「対戦カードがもうすぐ決まる。楽しみだね」


 今回の戦略戦(ストラテジー)は、視聴者からのPPパフォーマンスポイントによって成績が決まる。

 単純に見せ場を多く作り、投げ銭を最も稼いだチームの勝利だ。この制度は有名パフォーマーが完全に有利な競技だと思われるが……意外とそうでもない。

 いかに有名なパフォーマーであっても見せ場がなければ、そこまで大量にPPが投げられることはないのだ。逆に言えば無名でも見せ場さえ作ることができれば、優勝が狙えるということ。


 対戦カードを心待ちにする中、やがてペリが告げる。


「私たちの対戦相手が決まったようです。……マジか」


 彼女は苦悶の表情を浮かべ、一気に青褪めた。

 四人の間に不穏な空気が流れる。周囲のパフォーマーたちが沸く中で、Oathの領域だけが奇妙な沈黙に包まれていた。

 レヴリッツはそんな静寂を破り、対戦相手の名前を読み上げていく。


「相手チーム『Banded』……ケビン・ジェード、ガフティマ・ナベル、グルッペ、トシュア・マロウ。ああ、あの迷惑系パフォーマーのチームか。

 彼らは今回の優勝候補だったね。潰し甲斐があるな!」


 リオートの道を阻みに来たのは、奇しくもケビンだった。

 またガフティマは、初日にレヴリッツと決闘した初心者狩りの男。グルッペとトシュアという人物は知らないが、ガフティマはどこか因縁のある対戦相手だ。


「このチームと当たるって……最悪ですね……」


 ペリは露骨に嫌な表情を浮かべるも、レヴリッツはそこまで気にしていないようだ。彼としては何者が相手でも勝つ気でいるのだから。

 一方でリオートの表情は、表面上では普段と変わらないものだった。冷静さを未だに保っているのか、それとも内心は恐怖しているのか。


 戦慄するペリにヨミが尋ねる。


「シュッシュセンパイ。相手の情報ってわかりますかー?」


「……失礼しました。私としたことが取り乱しましたね。

 まずケビン・ジェード。彼は元プロ級だったので、相当な使い手です。おまけに独壇場(スターステージ)まで使いこなすので、1対1での勝ち目は薄いですね……複数人で袋叩きにすれば勝機はあるかと。

 次にガフティマ・ナベル。レヴリッツくんが初日でボコした初心者狩りですね。まあ、彼はそこまで強くないですが、卑怯な手を使ってきます。注意しましょう。


 グルッペはガフティマの取り巻きで、魔導士です。主に弱体化魔術を使ってくるウザいやつ。たぶん指揮官を務めてくるでしょう。

 そしてトシュア・マロウですが……すみません、よくわかりません。それなりに面識はありますが、戦法は興味がなくて分析してませんでした」


 わからないものは仕方ない。

 相手チームもヨミの戦法はわからないはずだ。お互いに一名がシークレットだと考えれば、情報戦では平等になっている。


「試合まで時間は残りわずかですが、作戦を立てましょう。相手は優勝候補ですが……勝ちますよ。とにかくPPをたくさん稼げば勝ちなのです!」


「おー!」


 ヨミの気合の籠った返事を聞きつつ、レヴリッツは隣のリオートを見る。

 相変わらず無表情だ。先程からまったく言葉を発していない。


「リオート、なんか変な物でも食った?」


「……ん? いや、別に。相手は強敵か……がんばろうな」


 まるで感情の籠っていない声で彼は答えた。

 正直、どうでもいいのだ。これが最後の試合となるのだから。


 相手も強い。リオートなど見せ場を作る暇もなく退場になるに違いない。

 彼は自分でそう思い込んでいた。この勝負は記念試合だと。


「……」


 再びリオートは押し黙ってしまう。

 レヴリッツはそんな彼に対して、どう接すればいいのか……勝負の直前だというのに、答えが出せなかった。



 ー----


『チーム『Oath』、出場です』


 呼び出しのアナウンスが鳴る。

 レヴリッツはこれまでの各チームの試合を観戦していたが、やはり新人たちのレベルが上がりつつある。同期のパフォーマーは場慣れして着実に力をつけているようだ。

 デビューから一ヶ月で同期二十四人のうち、すでに引退者は四人出ている。逆に言えば、弱者が淘汰されていると言ってもいいかもしれない。


「みなさん準備はいいですか? 行きましょう!」


 ペリは意気揚々と闘技場へ向かっていく。

 今回は空間拡張衛星からつながるバトルフィールドが戦場ではない。公式大会だけあって、中央闘技場で大勢の観客が見守る中、試合が行われる。


 この『青葉杯』は、以前参加した『新人杯』とは規模が違う。

 今期デビューした新人しか参加できなかった新人杯と違い、青葉杯はアマチュア級パフォーマーの全員に参加資格がある。

 新人杯の視聴者は10000人ほど。対して青葉杯の視聴者は……50000人。それに加えて、現地で観戦している観客が8000人。


「いやはや、緊張するね。こんなに大衆の目があると」


 闘技場へ続く廊下を歩きながら、レヴリッツは呟いた。

 彼方には白光。あの先にはストラテジーの戦場が待ち構えている。次第にざわめく観客の声が大きくなっていく。


「……お前は緊張するような性質(タマ)じゃねえだろ。いつも通りやれよ」


「リオートは冷静だね。君みたいな強い心、僕も欲しかった……って、ん?」


 廊下の出口に差しかかった頃、前方に大きな人影が見えた。

 リオートの従者……ダルベルト。彼は通路の壁にもたれかかり、主人を待っているようだった。


 リオートは彼の姿を見て、思わず立ち止まる。


「……悪い。お前らは先に行っててくれ」


「ヨミ、ペリ先輩。行きましょう」


 レヴリッツの誘導と共に、リオートのチームメイトは一足先に闘技場へ向かっていく。

 リオートがこの大会に重い感情を預けていることは、チームメイトの誰もが察していた。あくまでヨミとペリは静観という立場。


 三人が通路を抜け、闘技場へ入ったことを確認したリオートは、改めてダルベルトと向き合う。


「で、どうした? まさかこの大会にも出るなと?」


「いいえ。俺はただ……若へ声援を送りに来ただけですから」


「声援」


 自分を連れ戻しに来たと言うのに、なんと傲慢なことか。

 腹の中で沸々と怒りが煮え立つ感覚。リオートは必至に激情を抑え込み、ダルベルトを視線で射貫く。


「どうせ俺はな、ここで終わりなんだよ。この大会で活躍もせずにバトルパフォーマーとしての人生を終わらせて、また温室育ちに逆戻りだ。

 ……もう同期は四人が引退した。みんな非才に気づいて辞めていく。俺もまた、その中の一人になるんだろうな」


「若。俺は、この国に来て……実際に触れてみるまで、バトルパフォーマンスを見下していました。でも……こりゃ素晴らしい競技じゃないですか。素人目に見ても、武という概念の美しさを実感できる。興奮を分かち合える。

 ラザじゃこんな光景は見られませんよ。武とは誉れの象徴、優れた者だけの特権……そんな風潮がありますから」


 ダルベルトの口から飛び出た意外な言葉。

 彼はバトルパフォーマンスという競技の魅力を、知らないながらも必死に学んでいた。(ひとえ)に主人であるリオートへの献身から来る言葉であろう。


 彼の誠意を受けて、リオートの中で渦巻いていた激情が少し和らぐ。

 きっとこの激情はダルベルトに向けたものではないのだ。未だにバトルパフォーマンスを認めぬ父への、ラザ国民への激情。

 そして──自分への怒りでもあるのだろう。


「……ああ、お前が俺の道を尊重してくれてるのはわかったよ。お前が傍にいてくれれば、ラザに戻った後も真人間でいられそうだ。ありがとうな。

 それじゃあ、試合開始までの準備があるから……行ってくる」


 これが最後の試合だ。

 彼は従者に背を向け、闘技場に続く出口へと……


「──若!」


 足を止める。

 まだダルベルトには伝え残した言葉があるのだ。この言葉なしに、主を舞台へ送り出すことなどできるものか。


「応援しています! 若の剣は熱く、されど冷たく、綺麗な刃だ! 兄上とも姉上とも、お父上とも違う……若には若の刃がある! どうか最高のパフォーマンスを、俺に見せてください!

 この試合……陛下もご覧になるとのこと。見せつけて、やってください!」


「…………」


 軽く片手を上げて、振り返らずに歩き出す。

 従者の言葉はしっかりと受け止めた。


 眼前、眩い光。

 闘技の舞台はすぐそこまで迫っている。

 高まりゆく観客のどよめき、肌を撫でる熱風。


 最後のパフォーマンスへ、少年は身を投じる。

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