8. ペリのマジックショー!
リオートを撃破し、最速でタワーに辿り着いたカガリ。
扉を開けた瞬間、彼女は顔をしかめた。
「うわ……なにこれ……」
罠しかない。
管制室へ続く螺旋階段の至る所に、多種多様なトラップが仕掛けられている。一段上るごとに罠が作動するレベルだ。
「…………」
とりあえず避けて進むしかない。
カガリは職業柄、罠の察知などに優れていたので回避できる。これが一般パフォーマーであれば、トラップにかかりまくって発狂していたに違いない。
このタワーの指揮官、ペリシュッシュ・メフリオン。相当に意地の悪い性格をしている。究極的な自己保身。
何としても闘いたくないし、自分が楽をしたいのだろう。
「……うわ!?」
ようやく管制室が近くなってきたころ、カガリは罠を踏み抜いた。
足元から水が飛び出し、全身が濡れてしまう。
「この罠だけめちゃくちゃ隠すの上手いんだけど」
しかし、何のデメリットもない。
他の罠は毒ガスや矢が飛び出すものなのに、これは水が出るだけ。その罠が功名に隠されていた。地面の凹凸や色彩も完璧に考慮され、熟練者のカガリでも気がつかなかった。
若干苛立ちを覚えながら、濡れた髪を払いのける。
水など気にすることなく彼女は管制室の扉を開け放った。
「……」
静寂。
室内には誰もいなかった。
奇襲に備え、踏み込むのを堪える。きっと罠があるに違いない。
無数に備え付けられたモニターの前には誰も座っていない。
「逃げたん?」
ペリシュッシュ・メフリオン、逃げたのか。
指揮官を放棄して負けを認めたのか。
まさかとカガリは思いつつ、室内に足を踏み入れる。部屋の中央にあるボタンを押せば勝利になるのだが……ためらってしまう。
これでは全く視聴者が盛り上がらない。練習試合は配信されていないからまだしも、これが本番だったら最悪なことになる。炎上だ。
「まあいいか」
勝負を放棄して炎上するのは向こうだし、さすがに本番の試合では逃げたりしないだろう。
カガリは呆れつつ、ボタンへ手を伸ばした。
──ポン、と。
ボタンが浮いた。
「……は?」
瞬間、管制室の電源が一斉に落ちる。周囲が暗闇に閉ざされた。
奇襲か。
「バトルパフォーマーの皆さま、本日はご観覧いただき、誠にありがとうございます!
さてさて、ペリシュッシュ・メフリオンがお送りするマジックショーは最後の目録となります!」
スポットライトを浴びて、白髪の少女が椅子の上に立っていた。
同時、ぱんぱかぱーんと間抜けなファンファーレが響き渡り、紙吹雪が舞う。
「え、なに……?」
奇襲かと思ったら、マジックショーが始まってしまった。最後の目録とか言っているが、そもそもカガリはそれ以前の目録を見ていない。
「これより披露させていただきますのは……『勝利消失マジック』でございます!
こちらのマジック、お客様のお力がどうしても必要でして……ハッ!
そちらの可愛らしい赤髪のお嬢さん、お力添えをお願いしても?」
「え、えぇ……?」
何が何だかわからないが、カガリはこくりと頷いた。
「あーりがとうございます! それではこちらへどうぞ」
ペリに導かれ、カガリは至近距離まで接近する。
この間合いならば一瞬で仕留められるが、どうしたものか。
「取り出しましたるは、黄色のまんまるボタン!
そう、先程カガリさんが押そうとしていた制圧完了ボタンでございます。このボタンを押せば、この戦略戦は終了します!
で・す・が……このボタン、お嬢様が手に持ってみっつ数えるとあら不思議! 消えてしまいます……!」
「いや、消えたら競技にならないんだけど」
「それではお嬢様、こちらのボタンをお受け取りくださいませ!」
半ば強引に押しつけられ、カガリは制圧ボタンを両手に収める。
押していいのかな……なんて思いながら立ち尽くす。
彼女の気持ちなど露知らず、ペリはマジックショー(?)を進めてしまう。
「さあ、それではカウントダウンを!
私と共にお嬢様も!
さん!」
「さ、さん……」
「にー!」
「にぃ」
「いーち!」
「いてぃ……」
「IT'S
SHOW
TIME!!!」
花吹雪が舞い、どこからともなく白煙が噴出。
カガリは煙の直撃を受け、思わず瞳を瞑ってしまう。身体を襲った奇妙な浮遊感。
敵前で隙を晒したことに焦りつつ、彼女は目を開けた。
「花を開いて大奇術!
さあさあご照覧、お嬢様……お手元をご覧くださいませ!」
「え」
カガリの手に握られていたボタンが、いつしか真っ赤な花へ変わっていた。
重さが変わったことにも気がつかなかったし、どうやってすり替えられたのかもわからない。
唖然とするカガリの顔を覗き込み、ペリはしたり顔で解説を続ける。
「何が起こったのか、ご理解いただけないようですね?
これぞ『猛花の奇術師』の秘術、真骨頂! 種も仕掛けもございません!
あら不思議、勝利を告げるボタンは消えてしまいました……おっと!?」
ペリは大袈裟に身を引く。
カガリの手に握られている花を見て、目を丸くしていた。演技だろう。
何やら手元でうねうねと蠢いている。
カガリは自分の手のひらに触れる違和感に気がついた。いや、ペリが何か細工を施したのだ。
「これは失敬……!
私としたことが、お嬢様にお贈りする花を取り違えてしまったようです!
お嬢様がお持ちの花は……プレデターフラワー!」
「害獣じゃねーか!!」
カガリは咄嗟に花を投げ捨てる。
床に着くと同時、真紅の花びらがメキメキと肥大化していく。茎が四つに分かれ、花びらの間から獰猛な牙が姿を見せる。
プレデターフラワー。
動物を食う花である。花の姿をしているが、立派な害獣。
このクソ花は、ペリの命令に従うように調教されているペットだ。
「ああ、なんということでしょう!?
こんなところに危険生物が! これは腕の立つお嬢様に駆除していただかなくては……」
「白々しいわボケ! 何なのこの茶番!?」
「キャーコワーイ! タスケテー!」
ペリはそそくさと椅子の陰に隠れ、プレデターフラワーと対峙するカガリを観察する。
やはりこの女、自分で闘う気はないようだ。
「あ、その子の名前はプレちゃんって言います。性別は一応メス。二歳。好物は女の子の衣服、趣味は女の子にまとわりつくこと。対戦よろしくお願いします」
「近づきたくないんですけど!?」
プレちゃんの口元から垂れる唾液に、カガリは思わず身震いする。
どうしてこうなった。そもそも援護に来るはずのレナは何をやっているのか。
あと、制圧ボタンは本当にどこへ消えたのか。
「チッ……駆除してやるわ!」
致し方なしと、カガリは短刀を構えて走り出す。
所詮は害獣、知性は人間に及ばない。
まっすぐに伸びた触手を側方へ回避し、跳躍して斬撃を飛ばす。
無数の触手を短刀で断ち切る。プレデターフラワーの弱点がどこか知らないが、とりあえず花びらを全て斬り刻んでやろう。
『──!』
鳴き声を上げ、プレちゃんは猛る。
カガリを視認し、全霊で捕獲しにかかる。巨体を揺らして触手を縦横無尽に走らせていく。
周囲のモニターがぶっ壊れようが知った事か。
「遅い」
しかし悲しいかな、プレちゃんの攻撃は当たらない。
カガリがあまりにも強すぎた。綺麗なバラには棘があることを、花の姿をしたプレちゃんは知ることになる。
一瞬で複数の触手が切断され、花びらが刻まれる。
『──!』
「あーっ! プレちゃん、がんばれー!」
『──!!』
呑気に応援するペリに恨み節を吐きつつ、プレちゃんは奮戦。
悲鳴を上げるプレちゃん。カガリは触手を切り続ける中で、一つ思うことがあったので苦言を呈す。
「ねえ、これ虐待じゃない……? 動物愛護団体に訴えられるよ?」
「…………あはは」
「なにわろてんねん」
『──(だから痛てぇっつってんじゃねえかよ)』
椅子の陰に隠れるペリに対して、カガリだけではなくプレちゃんまでもが非難の目を向ける。
「そうですねえ。プレちゃんを実戦に駆り出すのは初めてのことだったのですが、ダメみたいですね。使えねえなこの花。
よし、戻ってプレちゃん!」
ペリが魔力を籠めると、たちまちプレちゃんの身体は萎み、一輪の赤い花へ戻った。
「どういう原理なのそれ……」
「では更なる目録をお見せしましょう!
私ペリシュッシュ・メフリオン……こう見えてもバトルパフォーマー!
『猛花の奇術師』の名は伊達ではありません。これよりご覧に入れるのは、奇術ではなく魔術……魔術師としての側面も持ち合わせておりますればっ!」
ペリが両手を掲げると同時に、魔力の奔流が渦巻く。
彼女の足元から立ち昇ったのは「炎」。花びらのように炎の魔装が広がり、六つの装甲が展開された。
常人を遥かに超越した魔力の質。カガリは熱風を浴びて、思わず後退る。
到底アマチュアとは呼べぬ魔導の才覚。
実力あり、パフォーマンス力あり。されど昇格せず。これがペリシュッシュ・メフリオンの本気である。
「チッ……《破魔》!」
カガリは懐から特殊な刃を取り出し、ペリに投擲。
刃は炎の装甲を抉り貫通。しかし、ペリの手で純粋に受け止められる。
あらゆる魔術式を破壊するカガリの奥義、《破魔の刃》。
彼女の奥義すらもペリは易々と受け止める。自らの技が防がれた光景にカガリは目を瞠る。
瞬間、ペリの口元が歪んだ。
「ウィヒ! まともに闘うと思った? 残念、ペリちゃんは闘いませーん!!」
「はあ!? ──ッ!?」
意識を眼前のペリに奪われていたカガリは、周囲の異変に気がつかなかった。
カガリの周囲を、奇妙な花が取り囲んでいる。彼女は跳躍して離脱を試みるが……
「ノーダウト感謝です。お疲れさまですww」
天井から触手のようなものが飛び出し、カガリを拘束する。ペリは天井にもトラップを仕掛けていたのだ。
動きを封じられたカガリは再び地面に下ろされ、花々の中央に横たえられる。
「ちょっと、なに……こ、れ……? ふぁあ……」
眠りの花。
カガリのように素早く面倒な相手は、こうして眠らせてしまうのが一番手っ取り早い。
昏睡状態に陥ったカガリは無防備だ。
ペリは彼女に接近し、セーフティ装置に触れた。
「私の勝ちですね……ぐへへ。汚い手で勝つの気持ちよすぎだろ! それじゃあ、さようなら」
セーフティ装置の緊急脱出ボタンを押し、バトルフィールドからカガリを退場させる。
再び管制室に静寂が戻った。
あとはレヴリッツが相手タワーを制圧するのを待つだけ。
「さて、私の仕事はもう終わりましたし……しんど。寝よ。
あ、もしもしレヴリッツくん? 私寝るんで、はい……敵のタワー制圧してもろて。
え? 大丈夫ですよ、カガリさんは倒したんで。はい、はい……じゃあお願いします。おつです」
椅子に身を沈め、指揮官の役割すらも放棄してペリは瞳を閉じた。




