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港湾倉庫街 違法薬物取引現場強制捜査4

すみません、遅くなりましたー!

 構成員のスマートフォンに表示されたのは、非常に美味しそうな麻婆豆腐の写真だった。


『これ、君が作ったの?』


 孔希の質問に、スマートフォンの持ち主である男性が頷く。


『ああ、料理は得意だからな』

『ほんと、美味しそうだね』

『美味そうじゃねぇ、美味いんだよ』

『で、この端っこに写ってるのが、李世民?』


 写真の端のほう、窓にぼんやりと映る人の顔があった。


『ああ。オレもだれだかわからんかったが、上のほうのヤツに聞いたら、ボスだろうって』


 孔希は懐から12インチのタブレットを取り出すと、そこへ写真を転送する。

 高解像度モニターに映し出し、拡大してみたが、個人を特定するには難しそうだ。

 いつのまにか緒方や広本たちも、タブレットのモニターをのぞき込んでいた。


「なるほど、李世民本人に間違いないようだね」


 鋭い眼差しを写真に向けながら、孔希が呟く。


「なんでわかるんだよ?」


 緒方の質問に、孔希はふっと表情を緩めた。


「なんとなくね。ただ、わかるのはそこまで。もっと鮮明にすれば、もう少し何かわかるかもしれないね」


 そう言いながら孔希はタブレットを操作し、写真をどこかへ転送した。

 続けて自身のスマートフォンを手に取り、電話をかける。


「あー、センター長? どうも、天野です。……いやいや、そんなビビらなくても……はい……でですね、さっき画像送ったんですけど……はい、それです。それをね、もっと見やすくしてください……そうそう、富岳でもなんでも使って、なる早で。はーい、よろしく」


 孔希の通話を聞きながら、緒方は眉をひそめ、部下の蜂谷に顔を寄せる。

 そして小さな声で、会話を始めた。


「なぁ、あいついま、富岳って言ったよな?」

「言ったっすね」

「富岳って、あれか?」

「だぶん、そうじゃないっすか。っつーか何者(なにもん)なんっすか、あの人?」

「特務の刑事だよ」

「いや、それはそうなんっすけど」

「知らねぇほうがいいこともあるぜ、蜂谷よ」

「……そっすね」


 ふたりがそんな話をしているうちに、孔希のタブレットから通知音が鳴る。


「お、きたね」


 孔希が数回タップすると、モニター上に人の顔が映し出された。

 まだぼやけているが、個人の特定は可能なレベルになっていた。


「おいおい、こりゃいったいどうなってんだ?」

「どうって、画像の鮮明化処理をお願いしたんですよ」


 緒方の問いかけに、孔希がなんでもないように応える。


「いやお前、画像の鮮明化ってありゃ刑事ドラマなんかの演出だろ?」

「なに言ってんっすか緒方さん。いまやパソコン1台でモザイクも消せる時代っすよ?」

「なんだとぉっ!?」


 割って入った蜂谷の言葉に、緒方は驚嘆の声をあげた。


「蜂谷ぁ、そりゃマジの話か!?」

「え、ええ、まじっす。まぁこのご時世、海外のサービス使うほうがなんぼか楽なんで、わざわざモザイク消そうなんてのはよっぽどの物好きだと思うんっすけど」

「マジか……モザイクを……ちくしょう……」


 緒方ががっくりと、肩を落とす。


「若ぇころ……ワケのわかんねぇ機械に、どんだけ金注ぎ込んだと……」

「な、なんかわかんねぇけど、ご愁傷様っす」


 蜂谷はうなだれる上司の肩にそっと手を置き、戸惑いつつも慰めた。


「さて」


 そんなふたりの様子を見ていた孔希は、そう言って表情をあらためた。


「しっかり()せてもらいますかね」


 孔希はじっと、モニターを見つめる。

 彼のただならぬ雰囲気に、周りの人間は固唾を呑んでその様子を見守った。


 じわり、と孔希の額に汗が浮かぶ。


「ふぅ……」


 軽くひと息ついたところで、孔希は懐から透明な液体の入ったガラスボトルを取り出した。

 そしてボトルのふたを開けると、口をつけ、喉を鳴らして飲み始める。

 中の液体は、どろりとして飲みづらいようで、孔希は眉をひそめながらも喉を鳴らし、そのあいだもじっとモニターを見続けた。


 半分ほど飲み終えたところでボトルを置き、ふたたびモニターを注視する。


「このボトル……」


 彩乃はそのボトルに見覚えがあった。

 以前どこかのバーに行ったとき、それを見たのを思い出す。


「はぁー……」


 その後もしばらく孔希は写真を見続け、5分ほどがたったところで大きく息を吐き出し、表情を緩めた。

 そして残ったのボトルの中身を飲み干し、じっと様子を見ていた周囲の人間に向き直る。


「唐朝のボス李世民、本名は(ちょう)(がい)。年齢は48歳。拠点かどうかはわからないけど、現在地は(じゅう)(けい)だね。いまわかるのはこれが精一杯」


 孔希の言葉に、周囲がどよめく。

 最初に問いかけたのは、麻取の広本だった。


「失礼ですが、写真を見ただけですよね? それで、そんなことが……?」

「んー、いろいろ調べた結果、ってことにしておいてもらえるとありがたいかな」

「いろいろ調べた結果……ですか」

「近くにいるんなら動いてもらおうと思って急いで調べたけど、さすがに重慶じゃあね」

「いや、しかし……突然そんなことを言われても……」

「あの、広本さん」


 孔希の言葉に戸惑う広本に、同じく麻取の麻生が声をかける。


「タンチャオについてはこれまで尻尾も掴めなかったんです。とりあえず天野警部が探り当てた情報で、調査を進めてみませんか?」

「いや、しかしだねぇ……」

「私は、短時間ですが天野警部と行動をともにしました。なんというか、彼はとても不思議な方なので、あまり深く考えてもしょうがないと思うんです。なら下手に考えを巡らせるより、とりあえず動いてみる方がいいんじゃないかと」

「ふむう……」


 広本は腕を組み、困ったように唸ったあと、顔を上げ、救いを求めるような視線を緒方に向けた。


「あー、たぶんウチらには総監からお達しがあるんで。気になるなら先に調べといてもらっていいですよ」

「総監から……?」

「特務ってのは、そういうところなんです。そっちの若い人が言うとおり、考えるだけ無駄ってヤツでね」

「はぁ……」


 緒方は呆れたように肩をすくめ、広本はなおさら困ったように眉を下げた。


「それじゃ彩乃ちゃん、俺たちはもういこうか」

「えっ? でも……」


 まだ証拠品の押収でバタバタとしている現場を見ながら、彩乃は戸惑いの声を上げる。


「緒方さん、帰っていいですよね?」


 孔希が問いかけると、緒方は彼を追い払うように手を振って応えた。


「ってことだから」

「はぁ」

「麻生さんはどうします?」

「私は残るよ。まだやることがありそうなので」


 一応同じ車でここへきた麻生にも声をかけたが、彼は現場に残って作業を続けるようだ。

 おそらくこのあと麻取に帰ってからも、仕事は続くのだろう。


「それじゃ、お先に」

「ああ。なにかあれば知らせよう。天野警部も、麻取の支援がほしいときは、いつでも連絡をしてくれていい」

「いいの? 俺って結構お言葉に甘えるほうだけど」

「もちろん。君は命の恩人だからな」

「あはは、大げさな」


 孔希はそう言って笑い飛ばしたが、彼がいなければサブマシンガンの餌食になっていただろう。

 一応防弾ベストは身に着けているが、当たり所次第では死んでいた恐れもあったのだ。


「じゃ、おつかれさまー」

「えっと、お先に失礼します」


 すたすたと歩き始めた孔希のあとに続く。

 間もなく作業が再開され、現場はにわかに騒がしくなった。


「おい蜂谷ー、銃弾回収前に写真撮っとけー」

「うっす」

「あー、サンパチだけでいいからな」

「了解っす。この何ミリかわかんねーデカいヤツはどうするんっすか?」

「そりゃあれだ、だいぶ前から転がってたヤツだ。めんどくせーからほっとけ」

「うっすー」


 そんなやりとりを背に、ふたりは倉庫をあとにするのだった。



 倉庫を出たふたりは、きたときと同じセダンに乗って倉庫街を離れた。

 倉庫から逃げようとした構成員が開けたドアを何度も叩きつけられたせいか、後部バンパーが傷ついていたが、気にせず車を走らせる。


「そういえばセンパイ、あのボトルってガムシロップですよね?」


 李世民の写真をじっと見ていた取り出したものである。

 彩乃は以前、あれと同じラベルのボトルを、バーで見かけたことがあったのだ。


「ああ、そうだよ」

「がぶ飲みして大丈夫なんですか?」

「んー、頭を使うとカロリーを消費するからね。正直甘ったるくて死にそうになるけど、低血糖で死ぬよりはマシだから」

「低血糖って、おおげさな」


 正直に言って、今回の現場はわけのわからないことが多すぎた。


 まずもってあの倉庫を特定した方法がわからない。 組対と麻取が協力し合って調査した結果、あそこはシロとなっていたはずだ。

 それを孔希はクロと断定した。

 そしてドアにかけられたロックをたやすく外し、踏み込むことに成功する。


 あの番号を、彼はどこで知ったのか。


 踏み込む前に、44口径のリボルバーが支給された。

 彩乃にとってそれは嬉しいことだが、彼はそのあとすぐに、45口径のリボルバーを懐から取り出した。

 あの大きな拳銃が、二丁も懐に入るとは思えない。


 極めつけはあのガトリング銃だ。


 まるで敵がサブマシンガンで攻撃してくるのを予見したように自分と麻生を物陰に引きずり込んだかと思うと、孔希はどこからともなくミニガンを取りだし、威嚇射撃を始めた。


 あれほどの大きな兵器である。

 事前に設置しておかなければ、使うことは不可能だ。


 しかもそのミニガンは、気がつけば姿を消していた。


 その後も意味不明な言語で構成員と話したり、中国マフィアのボスの写真を手に入れ、一部だがその正体を暴いたりもした。


 途中、画像解析を依頼した先はおそらく富岳を有する理化学研究所計算科学研究センターだろう。

 そのセンター長と、コネクションがあるような話しぶりだった。


 そして鮮明になった画像を見るだけで、写真の相手の名前と現在地を言い当てた。

 もちろん、当てずっぽうの可能性もいまは否定できないが。


「で、彩乃ちゃん。ウチでやってけそう?」


 そう問いかけられた彩乃は、左手でハンドルを握ったまま、右手を懐に当てる。

 そこにはホルスターに収まった拳銃があった。

 ホルスターは、車に乗り込む前に孔希がくれたものだ。


「はい、がんばります」


 孔希には謎が多い。

 だが、彼といると楽しい刑事生活を送れそうだ。

 そう思った彩乃は、迷いなくそう返事をした。


『警視庁より各局』


 不意に、無線が鳴った。


『――のコンビニエンスストアにて、強盗事件が発生。犯人は現在、従業員ひとりを人質に立て篭もっている模様』


「おや、そのコンビニ、結構近いねぇ」


 どうやら近くのコンビニエンスストアで、強盗事件が発生したようだった。


「どうします?」

「帰るついでに、寄っていこうか」


 孔希はそう言うと、無線機のレシーバーを手に取る。


「こちら特務。現場に向かいます」

『警視庁りょうか――待て、特務!?』

「はい、特務ですよー」


 しばらく無音が続き、再び無線のコールが鳴る。


『えー、こちら警視庁。特務は本庁へ帰投するように』

「いや、近いんで」

『とにかく! 特務は余計なことをせず本庁へ帰投すること!』

「まーまー、そう遠慮せず」

『遠慮じゃない! これは命令だ! 特務は帰投、現場に行くな! 頼むっ! 行かないで――』


 ブツっと音を立て、無線が切れる。


「あれ? 無線って切っていいんですか?」

「いいでしょ、うるさいし」

「それで、どうするんですか?」

「もちろん現場に向かおう」


 迷いなくそう言う孔希に、彩乃は苦笑を浮かべる。


「でも犯人、人質と立て篭もってるんですよね?」

「だねぇ」

「私たちだけでなんとかなりますか?」

「まぁ、最悪の場合撃っちゃえばいいんじゃない?」

「えー、撃っちゃっていいんですか?」


 そう返しながらも、彩乃は口元を緩める。


「人質救出のためなら、仕方ないよね」

「ですよねー、仕方ないですよねー」

「というわけで現場へ急行ー」

「はーい」


 返事をしながら、彩乃はアクセルを踏み込む。


「あ、そうそう、あとで彩乃ちゃんに渡すものがあるからね」

「了解でーす」


 そして特務係のふたりを乗せたグレーのセダンは、夜の闇を駆け抜けるのだった。


これにて最初の事件は終了です。

続きはまた気が向いたら書きます。

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[一言] 続きが読みたいです。更新を楽しみにしてます。
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