港湾倉庫街 違法薬物取引現場強制捜査2
本日2話目です
ミニガンが轟音とともに容赦なく銃弾をまき散らしていく。
木製、あるいはプラスチック製の貨物用パレットは粉々に粉砕され、金属製のキャビネット類も原型がなくなるほどに破壊された。
コンクリート製の柱や壁も容赦なく削り取られており、これが人に当たればどうなるのかは容易に想像がついた。
そして10秒ほどで、銃弾の雨が止む。
およそ1000発の銃弾がバラ撒かれたが、4000発が装填されたマガジンボックスにはまだまだ余裕があった。
『ミンチになりたくなければおとなしく投降してねー』
静かになった倉庫内に、孔希の声が響く。
ただし、日本語ではない。
「中国語、ですかね?」
フォークリフトの影に隠れていた彩乃は、おそるおそる顔を出しながら、傍らの麻生に尋ねる。
「広東語ではないことはたしかだな。北京語とも、少し違うような気はするが……」
「なるほど……」
そんなやりとりをしているうちに、ガラガラと武器を捨てる音が各所から聞こえ、手を挙げた構成員たちが物陰から姿を現した。
『うん、いい心がけだ』
孔希は満足げにうなずくと、彩乃達のほうへ振り返る。
「彩乃ちゃん、麻生さん、悪いんだけど拘束してもらえるかな?」
問われたふたりは呆然と孔希を眺め、ときおり倉庫内を見回すように視線を動かした。
「おーい、拘束よろしくー」
「あっ、ええと、はい」
「う、うむ、そうだな。聞きたいことはいろいろあるが、ひとまず安全を確保しないと」
再度の呼びかけで我に返ったふたりは、少しよろめきながら立ち上がる。
ミニガンがもたらした破壊音により、耳が聞こえづらく、頭も少しぼんやりしているようだ。
先ほどの光景が現実として受け止め切れていない彩乃だったが、それでも使命感から意識を強く持ち、周囲を警戒する。
そのとき、こちらを向いている孔希の死角となる位置にいたひとりの構成員が、不審な動きを見せた。
その男は短機関銃を地面に捨てるふりをして、自身の足に乗せていたのだ。
そして男は器用に短機関銃を蹴り上げ、それを手に取った。
「センパイ、あぶない!」
言うが早いか、彩乃は腰に差していた拳銃を抜いた。
流れるような動作で片腕を上げながら身体を開く。
適度に脚を開いて目標に身体の側面を向け、左手は足の付け根あたりにそえたまま、片手で構えた拳銃の狙いを定めつつ撃鉄を上げた。
表情は真剣ながらも、姿勢はリラックスしているように見える。
理想的な、立射片手射の構えだった。
「へぇ」
そんな彼女の姿に孔希が感嘆の声を漏らす。
それと同時に轟音が響き、銃口が火を噴いた。
「ぐぁっ!?」
ちょうど短機関銃を胸の前で構えていた男が、後方に吹き飛ばされた。
「おみごと」
「あはは……」
孔希の言葉に、彩乃は引きつった笑みを浮かべる。
銃弾は短機関銃に命中し、男は衝撃によって気絶しているようだった。
「威嚇射撃の、つもりだったんですけどね……」
笑顔を引きつらせながら、彩乃が呟く。
どうやら当てるつもりのない銃弾が、偶然にも短機関銃を捉えたようだった。
当たる場所や角度次第では銃本体を破壊、あるいは貫通し、男の胴体を貫いていたおそれもあった。
「えっと……」
その場にいる全員の視線を受けて、彩乃が戸惑いの声を上げる。
そんななか、孔希は笑みを浮かべて構成員達に向き直り、口を開いた。
『次は脳天をぶち抜くってさ。どうする?』
またも正体不明の外国語で彼がそう言うと、構成員達は姿勢を正し、挙げた両手の指先までをもピンと伸ばした。
『よろしい』
孔希がいま一度満足げにうなずき、構成員たちを見据えたまま、背後のふたりに意識を向ける。
「それじゃ拘束よろしく。手錠はあるかな?」
「結束バンドでよければ」
そう言うと麻生は、懐から数本の白い結束バンドを取り出した。
「あ、じゃあそれでお願いしますね。彩乃ちゃんも、もういいよ。こいつらは俺が見とくから」
孔希は言いながら、台座に載ったミニガンをぐるりと動かす。
目に見えない射線で撫でられたような感覚に陥った構成員達が、思わず息を呑み、中には短い悲鳴を上げる者もあった。
「あ、はい」
孔希の言葉に彩乃は構えた銃を下ろしながら、大きく息を吐いた。
「この人数なら私ひとりで充分だから、芹沢さんは少し休んでいるといい」
「いえ、その……ありがとうございます」
自分も手伝う、と言いたかったが、思った以上に身体が重い。
射撃場などで何度も銃は撃ったが、現場で人に向けて引き金を引いたのは初めてだった。
その精神的な負荷に加え、44口径という大口径の銃を撃ったというのも大きい。
衝撃からして、マグナム弾だろう。
「しかし、その大きな銃を片手で扱うとはな。そんな細腕で大したものだ」
手際よく構成員たちを拘束した麻生が戻ってきて、感心したようにそう告げた。
「ちゃんと構えていれば、なんとかなるものですよ」
そうは言いながらも、咄嗟のことでよく撃てたなと自分でも感心する。
44口径のマグナム弾ともなれば、ほんの少し身体を開く角度や腕の向き、手首の位置がずれただけで、撃った本人が吹き飛ばされることもあるのだ。
「麻生さんおつかれ。それじゃあ楽しい尋問の時間――」
孔希の言葉を遮る様に、倉庫の扉が勢いよく開け放たれた。
「――おおっと、お客さんだ」
孔希らがそちらを向くと、ガラの悪い男たちがゾロゾロと倉庫内におどり込んでくるのが見えた。
「おうコラお前らなにやっとんじゃぁ!?」
先頭を歩くリーゼントの男が叫ぶ。
仕立てのいいスーツに身を包んだその男は、少しずらしたサングラスの奥から覗く切れ長の目を孔希に向けながら、大股の早歩きで迫ってきた。
引き連れている男たちもみな似たり寄ったりの容姿である。
ただ、ひとりだけ少し場違いな、低い会社員風の男性の姿があった。
「な、なんなんですかあの人たち!? まさか、敵の増援……」
「なわけないでしょ」
驚く彩乃を軽く宥めながら、孔希はリーゼントの男に対峙すると、軽く手を挙げた。
「どうも、緒方さん」
「ちっ……!」
天野が声をかけると、緒方と呼ばれた男は舌打ちをする。
「あの、お知り合いですか?」
「ああ、紹介するよ。組対の緒方さん」
「組対……あー……」
組対と聞いて彩乃は納得する。
現れたのは警視庁組織犯罪対策特別捜査隊のメンバーだった。
「どうも、広本さん」
「やあ麻生くん、お疲れ」
そしてひとり場違いに見えた会社員風の中年男性は、麻生と同じく麻取こと厚生労働省麻薬取締局の一員であるようだ。
「ところで麻生くん。君は外を警戒する予定だったよね?」
「いえ、それが……」
穏やかながらもどこか凄みのある口調で問われた麻生は、なんと答えたものかと悩みつつちらちらと孔希を見る。
「どうせ天野の勘が当たったんでしょうよ」
そこへ、ふてくされたような態度の緒方が口を挟んだ。
「勘、ですか?」
緒方の言葉に、広本が首を傾げる。
「ええ。コイツの勘はやたら鋭くてね。適当にマトリさんを言いくるめて踏み込んだってところ……だよなぁ、天野?」
「だって緒方さんが俺の話を信じてくれないから」
攻めるような口調で詰め寄る緒方に対して、孔希は肩をすくめる。
「お前なぁ……オレ達が相手にしてる連中ってなぁちょっとでもスキ見せたら骨までかみ砕いてくるようなヤベぇヤツらなんだぜ? 勘で踏み込んで間違ってましたじゃあ済まされねぇんだよ!」
「まぁまぁ、結果オーライってヤツでいいじゃないですか」
半ば怒鳴るように詰め寄った緒方だったが、孔希にさらりと受け流されて肩を落とす。
「それで、今回はなにぶっ放した? カラシニコフか?」
緒方は呆れたように言いながら、ボロボロに破壊された倉庫内を見回す。
「いや緒方さん、こりゃカラシニコフにしちゃあデカいっすわ」
組対メンバーのひとりが、転がっていた銃弾を手にして、緒方にそう告げた。
「やだなぁ、いまどきAKなんて使わないですよ」
「ちょっと待ってくださいよセンパイ! AK-47は永遠の定番でしょうが!!」
そこへ彩乃が割って入る。
「悪いな、俺はM4派なんだ」
「ぐぬ……たしかにあれもいいものですけど……」
AK-47とはロシア製の自動小銃である。
最大で毎分600発の7.62x39mm弾を撃ち出せる。
有効射程は300メートル。
威力もさることながら生産のしやすさや故障の少なさから信頼性が高く、『世界でもっとも多く使われた軍用銃』としてギネス世界記録にも登録されており、いまなお各地で愛用者の絶えない武器だ。
制作者の名前から、カラシニコフとも呼ばれる。
対するM4ことM4カービンは、比較的最近開発されたアメリカ製の自動小銃である。
発射速度は毎分700~900発、仕様弾丸は5.56x45mm NATO弾で、有効射程は500メートル。
現在米軍で制式採用されており、歴史は浅いながらも確固たる信頼を築きつつある武器である。
「なんだこの嬢ちゃん……っておい!」
突然割り込んできた彩乃の存在に面倒くさそうな態度を見せた緒方だったが、彼女の手にしたものを見て態度を急変させる。
「素人がなんちゅうもん持ってんだ!? さっさとそれこっちに寄越せ!」
「はい?」
もの凄い剣幕でまくし立てる緒方に首を傾げる彩乃だったが、彼の視線が自身の手にある拳銃を捉えていることに気づいた彼女は、慌てて背を向ける。
「やですよ! これ、私のなんですから!!」
そして拳銃を庇うように抱きながら、顔だけを緒方に向け、鋭い視線を放った。
「いや、私のって言われてもなぁ」
「あーっ!!」
呆れる緒方の傍らにいた青年が、大きな声を上げる。
先ほど銃弾を拾った男で、ツーブロックのオールバックというこれまたいかにもな髪型をしていた。
「もしかして、セリ姐っすか!?」
「あっ、誰かと思えば蜂谷くんじゃない」
ふたりはお互いを知っているらしい。
「なんだ蜂谷、知り合いか?」
「はい! っていうか緒方さん、知らないんすか?」
「あぁ? どこにでもいそうな嬢ちゃんだと思うが?」
「なに言ってんすか! あの人はピストル射撃全国チャンプの芹沢彩乃さんですよ!」
「でもって俺の新しい部下なんだよね」
「ちっ……特務か」
孔希がそう言うと、緒方は諦めたようにため息をついた。
「わぁった。とりあえず……芹沢だったか? それしまっとけ」
「あ、はい」
どうやら所持を認めてもらえたらしい彩乃は、警戒を解いて拳銃を腰に差す。
「あ、そうだ! セリ姐だったらこれ、わかるんじゃない? 銃とか詳しいよね?」
蜂谷は7.62x51mm NATO弾を差し出し、目を輝かせて彩乃に尋ねた。
「あの、それは……!」
彩乃は慌てて孔希のほうへと目を向ける。
「……あれ?」
つい先ほどまであったはずのミニガンが、跡形もなく消えていた。
孔希は片付けるような仕草を一切見せていないはずだ。
それ以前に、あんな大きなものいったいどこから取り出したのか。
「セリ姐、どうしたんすか?」
「あ、ううん。なんでもない。あと、ごめん。私、拳銃以外はちょっと……」
嘘である。
ただ、ミニガンのことは孔希に口止めされていたので、とりあえず黙っておくことにした。
ちらりと麻生を見ると、彼は彩乃に向けて小さく頷く。
どうやら麻生も、黙っておくことにしたようだ。
「とりあえずそれは最初っからそのへんに転がってたってことで」
銃弾を手にした蜂谷に孔希はそう言ったが、彼は納得がいかない様子で首を傾げる。
「いやー、まだ結構熱いんすけどね?」
「あー蜂谷、それぁそのへんに転がしとけ。拾ったら拾ったでめんどくせぇ」
「緒方さんがそういうなら、まぁ」
上司に窘められた蜂谷は、渋々ながら手にした銃弾を投げ捨てた。
「それじゃあサクッと尋問しちゃいますんで、適当に時間潰しといてくださいな」
孔希はそう言うと、転がっていた木箱やパレットを手際よく集めて並べ、簡易のデスクを作り上げる。
そしてどこからか取り出したノートパソコンを机代わりのパレットに置いて立ち上げると、並んで立つ構成員たちを見上げて笑顔を浮かべた。
『さあ、はじめようか』
すみません、元々続けるつもりはなくて慌てて書いたのでいったんここまで。
あと1~2話で最初の事件は終わるはずなので、そこまではなんとか書きたいなぁ…とは思っています。
今月中にあと1話くらいは、なんとか…!。