港湾倉庫街 違法薬物取引現場強制捜査1
第十三回書き出し祭り出品作品です。
1話は書き出し祭りにだしたまんまです。
夜。
首都郊外のコンビニエンスストアに、グレーのセダンが停まっていた。
運転席に座るスーツ姿の女性はまだ若く、シックなデザインの乗用車を好んで乗り回すようなタイプには見えない。
「へえ、麻生さんって、薬剤師なんですね」
運転席の女性、芹沢彩乃は、後部座席に座る男性と雑談していた。
「ウチは大半が薬剤師だから」
麻生と呼ばれた男性は少し厳つい容貌だが、声は穏やかで落ち着きがあった。
「にしても、なんで麻取に?」
「たまたま求人が出ていたので受けてみたら、採用されてね」
ともすれば自分よりひと回りほど年上の相手に、少しフランクすぎる態度をとってしまったかなと彩乃は思ったが、彼はそれほど気にしていないようだった。
「そういえば彼、ノンキャリアなのに三十手前で警部ということは、相当優秀なのかな?」
誰もいない助手席を見ながら麻生がそう言うと、彩乃は小さく首を横に振った。
「ちょっと特殊なんですよ、天野さんは」
天野孔希。
今回の捜査で彩乃、麻生とともにチームを組んでいる男で、彼はいま買い物をしている。
「特殊とは?」
「天野さん、殉職しかけたんですよ」
「ほう、殉職」
「昏睡状態のまま目覚めないだろうってことで二階級特進みたいなことになったんですけど、2年後に回復しちゃって」
「それは……扱いに困るな」
「結局天野さんは半年くらい休職したあと、新しく就任した総監あずかりということで、新設された特務係に配属されたってわけです」
「なるほど。で、その特務係というのは?」
「私も配属されたばかりで、実際なにをやるのかは――」
「なんでもやるんだよ」
「――うわぁっ!?」
助手席から突然聞こえた声に、彩乃は跳び上がりそうになった。
「いつのまに!?」
「いま」
助手席には、先ほどまでいなかった男性が座っていた。
ぼさぼさの髪といい着崩したスーツといい、きちんとした身なりの麻生とはえらい違いだと、彩乃は内心でため息をつく。
「っていうか、どんだけ買ったんですか!?」
彼の足下にはいくつかのレジ袋に詰め込まれた弁当や惣菜が、少なくとも十人前ほどはあった。
「腹が減ってはなんとやら、だよ」
■
しばらくのち、3人を乗せたセダンは、港湾倉庫街を徐行していた。
「彩乃ちゃん、そこのドアの前にベタ付けして」
「いや、なれなれしく呼ばないでもらえます?」
「まあ、いいじゃない」
「っていうかいいんですか、勝手に動いて? あとで組対の人たちに怒られません?」
「問題ないよ」
「はぁ……」
ため息をつきながらも、彩乃は指示されたドアの前に自動車を停めた。
「よし。麻生さん、あれ持ってる?」
「ああ、一応用意はしたが」
尋ねられた麻生は、小さなアタッシュケースを掲げる。
「じゃあ降りようか」
さっさと降車し歩き始めた孔希に、彩乃と麻生も続く。
そして彼は、車を停めたのとは別の場所にあるドアの前に立った。
「あの、天野さん、ここ完全にノーマークの所なんですけど」
歩きながら指示書を出した彩乃が、記載された簡易地図を差しながら告げる。
地図には人員の手配状況が書かれており、捜査員の大半はここから離れた別の倉庫やその周辺に配置されていた。
「いいからいいから」
適当に返事をしながら、孔希はドアの前に立つ。
ドアには番号式のロックがかけられていた。
「さてと」
そのロックをじっと見たあと、孔希は迷いなく番号を押していく。
――カチリ。
そしてロックが外れた。
「なんで……?」
驚きの声を上げる彩乃。
麻生も、無言のまま目を見開いていた。
「そういや彩乃ちゃん、銃まだだよね?」
「えっ? ああ、はい」
「じゃあこれ」
「うぉっ!?」
手渡されたものを目にした彩乃は、思わず野太い声を出してしまう。
「Taurus Raging Bull Model 444じゃないですか!」
それは大型のリボルバーだった。
「なんでこんなものが……」
「俺の好み」
そう言う孔希の手にも、似た形の拳銃が持たれていた。
「あっ、454だ! いいなー」
「さすがにこれはキツいでしょ」
「それは、まぁ……っていうか、実銃なんですか?」
「エアガンで踏み込みたいの?」
「とんでもない!!」
彩乃は激しく首を横に振りながら、誰にも渡さないとばかりに拳銃を胸に抱く。
「あの、先輩」
「……なに?」
「一生ついていきます!」
「はは、そりゃどうも」
呼び方や態度が急変したことに苦笑しながら、孔希はそう答え、続けて麻生に目を向ける。
「麻生さんは?」
「自分のがあるので」
彼はそう言うと、懐から小型のオートマチックを取り出す。
「お、Glock26ですか。麻取はBeretta85って噂だったんですけど」
「ウチはバレないようにコロコロ変わるから。それにしても芹沢さん、銃に詳しいな」
「いえ、普通だと思いますけど」
急に真顔になった彩乃に、麻生は思わず苦笑を漏らした。
■
「麻薬取締局です。荷物から離れて手を見える場所に出してください」
銃を構えた孔希と彩乃が前を歩き、そのうしろから麻生が警告を出す。
倉庫内には数名のアジア人がいたが、彼らは大人しく麻生の言葉に従った。
「えらく物わかりがいいですね」
「海外では警告と同時に発砲なんてザラだからな。踏み込まれた時点で諦めるんだよ、こいつらは」
彩乃の疑問に麻生はそう答えながら、アジア人たちに歩み寄る。
簡素なテーブルの上に、ビニール袋に小分けされた白い粉と、現金の入ったバッグがいくつもあった。
間違いなく、違法薬物の取引現場である。
「現場を押さえたところで元締めにはたどり着けないし、こいつらもそれがわかってるからヘタに反抗しないというだけなんだが」
大人しくなった犯人たちを下がらせ、テーブルの前に立った麻生は、袋のひとつを手に取り、ため息交じりに呟いた。
「麻生さん、あれ出して」
「ああ」
孔希に言われ、麻生は持っていたアタッシュケースをテーブルに置き、鍵を開けた。
「取り扱いには気をつけてくれ」
開かれたケースの中には、番号の書かれた小さなチャック付きポリ袋がいくつも入っており、それぞれに10グラムほどの白い粉が入っていた。
「了解」
軽く返事をすると、孔希は取引現場にあった白い粉をじっと見つめたあと、アタッシュケースに視線を移した。
そしてその中から、ひとつを選んでつまみ上げる。
「これ」
「ん?」
孔希の行動に、麻生が首を傾げる。
「ここにある覚醒剤、この13番と同じヤツです」
「え……?」
一瞬呆然とした麻生だったが、すぐ我に返りスマートフォンを取り出すと、保存してある資料を表示し、画面をスワイプした。
そしてほどなく、その手が止まる。
「13番は……先月横浜で押収した……」
麻生が横浜と口にした瞬間、犯人たちの間に緊張が走ったように感じた。
「まさか、本当に……? だとしたらこれは、タンチャオ絡みの――」
次の瞬間、犯人たちが何か叫び、声を掛け合ったかと思うと、一部の者が駆け出し、地面に転がしてあったバッグを漁り始める。
「ちょっとあなたたち! おとなしく――」
彩乃が言い終えるより早く、孔希は彼女と麻生の襟首を掴んで駆け出す。
「――ぐぇ……先輩!?」
「うおぉっ!?」
ワケもわからず戸惑うふたりの反応を無視し、孔希は近くにあったフォークリフトの陰に飛び込んだ。
「UZI!?」
引きずり込まれる寸前、彩乃は敵が手にした武器を見て、声を上げる。
その直後に銃弾がバラ撒かれ、一部がフォークリフトに当たってはじき返された。
「いやぁ、まさかサブマシンガンを持っているとはね」
「ありがとう、助かったよ……」
ケロッとした様子の孔希とは対称的に、麻生の顔は青ざめていた。
孔希の判断が一瞬でも遅れていたら、銃弾の餌食になっていたかもしれないのだ。
それでも多くの場数を踏んできたおかげか、麻生は数回の深呼吸で落ち着きを取り戻した。
「ホローポイントですか、やっかいですね……」
そんななか、彩乃は足下に転がってきた銃弾をハンカチでくるみ、冷静にそう呟いていた。
「そこまで潰れていてよくわかるな」
「潰れ方でわかるんですよ」
ほどなく銃撃は収まり、倉庫の奥からなにやら騒がしい声が聞こえ始めた。
どうやら逃げようとした先のドアが開かないようで、少し混乱しているようだ。
そこは彩乃が車を停めて塞いだ場所だった。
「で、どうするんです?」
「派手に脅そう。よっこいせ……っと」
「はぁ!? ミニガン!!?」
孔希の前に突然現れたものを目にした彩乃が瞠目し、声を上げる。
「ミニガンというわりには随分大きいようだが」
立て続けに起こった異常事態に感覚がおかしくなったのか、麻生は妙に落ち着いた様子で彩乃に尋ねた。
「あれは小型のバルカン砲なんですよ!!」
最大で毎秒100発の7.62x51mm NATO弾を撃ち出すガトリング銃である。
「あ、こいつのことは内緒ね」
そして6本の銃身がうなりをあげて高速回転を始めた。