傲慢すぎたのが理由で王太子に婚約破棄されて断罪され、悪逆非道を尽くしたという50歳以上も年上の辺境伯に嫁がされた悪役令嬢とかって聖女と言われた優しい悪役令嬢の物語。
「……聖女の資質ってやつかい? 巫女というやつだね」
「私と姉はその資質があるということで宮廷の占者に見いだされ、聖女として国に仕えることになったのです」
「そうかい、よくあることだね」
あたしは目の前にいる娘をしげしげとみてみる。確かにこの娘、占いの素養があるね。
なかなか珍しい素質だ。
あたしは魔女、このくらいはわかるさ。
「あのおばあ様、私は対価というものを持っていませんが……」
「あんたは聖女と言われた、でも聖女ではないと国を追い出されたってんだろ? さっき聞いたよ。対価は金銭とかじゃないから安心しな」
あたしは金の髪に青い瞳のいまにも泣きそうな顔をしている娘を慰めた。
あたしは子守じゃないよほんと、どうしてこう年端もいかない娘を身一つで放り出すかね。
「姉さまが……姉さまじゃなくなってしまって、それを指摘したら、私は聖女の資質がなくなったといわれて、姉さまが、姉さまが……」
「あんたを殺すようにといったんだね」
「はい」
あたしははあとため息をついて頭を抱えたさ、なんというかこれはあたしの同業者の仕業かもしれないね。しかしねえこの婆はついつい優しい心を持った若い娘には優しくなってしまうんだよ。
あたしは昔、傲慢な娘でねえ、己の美しさを鼻にかけ高慢で性格が悪い娘だったから、正反対の娘を見るとついつい優しくしてしまうのさ。
あたしは己の高慢さをすべてを失ってから後悔したからね。
「姉さまは、私とは母親違いの姉妹ですが私にはとてもよくしてくれて優しい人だったんです」
「しかし人が変わったみたいになったと」
「はい、私と姉さまは侯爵の娘で、年頃になり、王太子殿下の婚約者候補として王宮に上がり、選定によりどちらかがその座に就くことが決まったのです。聖女としての資質を持つものが王太子妃となるという……」
「つまり未来を見る力を持つってやつだね」
「はい、私と姉は同じ血を持つからか、同じ素養があるといわれ、宮廷の占者にその素質を見定めてもらうことになって……」
あたしはしかし聖女といえば確か、未来を見通す力よりは癒しを中心とされるんじゃないかねえと考える。まあ未来を見通す力を持つ聖女ってのもまあ必要かね。
泣く娘にとりあえず泣きやみなとあたしは声をかけた。
しかし十四といったかね、こんな幼い娘を放り出すなんてどんな性格悪い奴らばかりなんだい。
「……そして姉が殿下の婚約者に決まって、私はでも姉のお付きとして残るように言われて……」
「そうして、その時からあんたの姉さんがどうも姉さんじゃないようだって思うようになったんだね?」
「はい」
この娘の言うところによれば、しぐさから好物、話し方、すべてが何か別人のようだが皆が気にしない。二か月ほどしかともにいなかったからかと思うが、自分は違和感を感じたと。
記憶などは問いかけにこたえるところ見ると姉のままだという。
「私、占い師の方が命を絶ったというのを聞いて、その時、姉さまが笑ったのを見て、姉さまは人の死を笑うような方じゃなくて、ついあなたは姉さまじゃないって叫んでしまって……」
「そうしてあんたは牢屋に入れられたと」
「はい、気が狂ったといわれました。不敬罪だと、そして私は牢屋の前で姉さまがスペアとしてとっておいてあげたけどもうあんたなんかいらないというのを聞いたのです。明日処刑されると……」
「よく逃げられたもんだね」
「仲良くしていた侍女の人が……逃がしてくれて」
盛大に泣き出す娘、ああ、たぶんその侍女が殺されたっていうんだね。
ああもう泣きなさんな、そしてこのなんでも願いをかなえる婆のところにやってきたと。
「あんたは何を願うんだい?」
「私の願いは、真実を知ることです」
「ああ、姉さんが本当に姉さんか? ってことだね」
「はい」
「わかったよ、そうさね、対価はあんたの記憶を親しい人、そうさねかかわった人からすべて消すことさ、あんたの存在がなかったことになるけどいいかい?」
あたしは確かめるように娘に問いかけた。あたしの対価はあたしが選ぶのさ、娘は少し考えて構いませんとうなずく。
しかしねえ、どうしてこうあたしの同業者ってのはとんでもないのが多いんだい。
「……あんたの姉さんはもういない、黄泉にその魂はいまある」
「え?」
「自殺は……大罪さね、どんな理由があってもね。あんたの姉さんは下手をしたら煉獄行きさね」
大声で娘が泣き出して机に突っ伏したよ。あたしは子供を泣くのは苦手なんだよ。
あたしは泣きやみなと一喝する。ますます泣き出したよ。
「あんたにもわかるように説明するよ。悪魔が使える魔法の一つさ、そうさね、悪魔と取引してその力を手に入れたものが魔女というのさ、あたしはその一人、そしてねえ昔にあたしみたいに取引して、永遠に若く美しくいたいってバカな願いを叶えようとした女がいて、魔女になったのさ。イヴリーンというんだがね」
「それは占い師の……」
「やっぱりあいつさね、悪魔の力だからねろくなもんじゃない、その魂をね、永久に若く美しい娘に移し替えることでイヴリーンは願いを叶えているのさ。そうさね、素養はやはり必要でね。生まれつきあいつは占いの力をもって生活をしていた。その力持つものがあいつの器になりえるのさ」
あたしはあいつが大嫌いだ、だってねえ、魔女となったからには長い寿命はある。確かに老いはするね。
若く美しくはいられないのさ。
でもねえ、それなのに他者の命を奪ってまであたしは若く美しくいようとは思わないね。
「……では姉さんはあの占い師と体を入れ替えられて、絶望して死んだと……」
「そうさ、だからね、あんたの姉さんはもう死んだ、今あんたの姉さんの中にいるの性質が悪い魔女さ、あんたの姉さんの記憶くらいは読み取ってそれらしくは振舞える。だからみんなだまされる。あんたはたぶん、次の器候補としておいておかれたのさ」
「でもいらなくなったから……」
「排除しようとしたんだね」
しかしねえ、永遠に若く美しくあたしはいたいってあいつはあたしにも昔いったね。
あんたみたいな目がない女はそうは思わないだろうって、いやまああたしだって昔は懐かしいさ。
でもねえ、人の体を奪って生きるのはねえ、愛した旦那様はあたしと分かってもらえない。それは嫌だったのさ。
「……これで終わりさ、あんたの存在はあんたの知っている人からすべて消したよ。あんたは一人の娘として生きておいき」
「……」
泣き止んだ娘は納得いかないというようにこっちを見ている。イブリーンを何とかしろっていうんだよ。でもその対価はあんたには払いきれない。
「イヴリーンは曲がりなりにも魔女さ、だからね、あんたも魔女になる覚悟がない限りは無理さね。それにあんたは悪魔と契約できるほどの黒い魂を持ってない」
あたしは無理と首を振ったね、どうしてもこの優しい娘は悪魔と取引なんてできやしない。
「あんたの姉さんの魂が煉獄にいかないように祈りな、願いが力となることもある」
「でも!」
「そうさねえ、一つあんたにいいことを教えてやろう。イヴリーンはね、鏡に真実が映るのさ、姉さんってやつは鏡を嫌ったろ? だからね……」
「わかりました、ありがとうございます。魔女様」
あたしも甘いねえ、しかしこの娘の覚悟を見ていると、あたしも幸せにこれからなりなってのは言えなくなったのさ。頭を一つ下げて小屋から娘は出て行った。
「しかしね、あんた、姉さんはあんたが幸せになることをたぶん祈っていたと思うよ、復讐なんぞ望んでないと思うがね」
あたしはふうと一つため息をついた、あたしはね昔傲慢な娘で、顔も忘れた王太子があたしの傲慢さを嫌って心変わりして、違う女と婚約するために、あたしを悪役令嬢とやらにして、あたしを辺境に追いやったのさ。
あたしは50も年上の辺境領主の嫁にされ……でもあたしは旦那様のやさしさに触れて、彼を愛してしまったのさ。
「……あたしも甘いね」
あたしは、あのバカ王太子のしでかした増税のせいで民衆が暴徒となり、辺境にまでやってきて、旦那様を殺そうとしたやつらに襲われて……旦那様はあたしをかばって死んだのさ。
囁きかけてきた悪魔にねえ、あたしは旦那様を蘇らせろといったらね、その生まれ変わりを知る力をやろうって言われてあたしは旦那様が愛した青空の瞳を永久に失ったのさ。
魔力で視力は補えても、あたしの瞳はもうない。
あいつにやっちまった。
「……ああ、あたしはついついねえ、あんな娘を見ると甘くなってしまう」
優しい娘、悪役令嬢と言われ、殺されようとしたあんた、鏡を手にあの魔女に戦いを一人挑もうというんだね。しかしねえ、あたしはその最後を見る勇気はないが、あの女の魂をもう感じないところを見るとうまくやったんだね……。
あたしは愛しい旦那様を探し続ける魔女、愛しい旦那様はあたしを汚い魔女めと追い払ったんだ。
最初の旦那様の生まれ変わりはね。あたしはそれに絶望したのさ。
同じ魂でも器が違えば、また違う。
イヴリーン、あんたは愚かさね、最初のあんたが消えた時点で、あんたはあんたじゃなくなった。
それが悪魔の罠だったにねえ。
あたしはよいしょっと立ち上がり、水晶玉に手を掲げる。
ああ、あの娘の最後はああなったのかい、まあ……それも仕方ないさね。
あたしは魔女、どうしたって助けてなんかやれやしないのさ。
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