得られたものは特にない
翌日もまた登校です。
あと半月もすれば夏休みなのだが、その半月が長いです。
とっても辛い。
なんか今更遅れてきた筋肉痛が俺に鞭をくれている中、ひぃひぃ言いながら学業に取り組む。
もう高二の夏だ。
そろそろ大学受験も考え始める時期だが、はてさて、俺はどうしようかね。
このまま鎮伏者業が軌道に乗るなら、いっそ大学には行かなくても良い気がするけども。
でも、故障と隣り合わせの業種なんだよなー。
いつ怪我で引退を余儀なくされるか分かんないし、やっぱり大学卒業という経歴は取得しといた方が良いかもしれない。
どないしたものか。
なんて事を頭の隅で考えつつ、俺は休み時間を利用して漫画を読んでいる。
え? これも勉強ですよ?
だって、ほら、格闘漫画だし。
俺の戦闘スタイル的に、真面目な武道とかよりはこっちの方が合っていると思うんだよね。
せっかく格闘術なんてスキルが生えたんだから、活用していかないとあかんでしょ。
ふーん、パンチより掌底の方が威力が高いのん?
でも、拳分、リーチが短いと。
あっ、抜き手っていう選択肢もあるのか。
そうだよなー。
現実だと指が折れるわ、としか思えないけど、気功強化状態なら、槍みたいな感じで使えるかも。
それにしても、発勁は、やっぱり衝撃波的な使い方をしてんね。
こう、浸透打撃な感じ。
まだ確かめてないけど、俺のもそんな感じなのかね?
要確認事項ですわー。
うむうむ、大変に勉強になる。
漫画とは良い文化だな。
まぁ、それはそれとして。
腹が、減った。
いや、ホントに空腹ですよ。
今も盛大に腹の虫が大合唱してるし。
何でですかね。
朝食はいつも通りに食べたのに。
運動しないから小太りなだけで、基本的に並み程度しか食べない俺なのに、今はとにかく飯が欲しい。
特に肉が欲しい。
肉汁滴るお肉を、目一杯腹に詰め込みたい所存。
くぅ、辛いぜ。
まだお昼までは遠いし。
今は購買で買ったコッペパンで誤魔化しているけども、なんかいまいち腹の足しになった気がしない。
幾らでも入りそうなブラックホール感がある。
俺の身体はどうしちまったんだ?
とっても怖いんですけど。
誰かヘルプミー。
◆◆◆◆◆
結局、昼飯では、学食にあるガチ運動部用の超ファット定食を、三セットも食べてしまった。
お値段、なんと三千円。
量に反してリーズナブルではあるのだが、昨日の黒字は完全に赤字に逆戻りしてしまう大惨事である。
学生にはちときついぜ。
俺が食べ過ぎなだけだけど。
普段の俺なら、一セットですら食べきれない量だと言うのに、三セット食べても腹八分に若干届かない程度の満腹感しか得られなかった。
本当にどうしてしまったんだ、俺ってば。
そんな不安を抱きながらも、ついつい虚数領域に足を運んでしまう我輩です。
食べた分は、ちゃんと動かないとな!
更に太って、完全なるデブになってしまうと、妹から口を利いて貰えなくなってしまうかもしれないし。
今日のゲートキーパーは、いつものおじさんではなく、初めて見るおばさんだった。
まだ一週間も通っていないのだから、そういう事もあるだろう。
誰にだって休みの日ぐらいあるさ。
何が言いたいかと言えば、俺のボクサースタイルにケチを付けてくれやがった。
曰く、そんな格好で自殺したいのか! という至極真っ当なお説教である。
うるせー! これが俺流なんだよ!
他に選択肢が無いんだからしゃーないじゃろがい!
ってな事を、オブラートに包んでマイルドに表現しつつ、なんとか鉄壁のゲートキーパーを突破する。
なんか、疲れたな。
普通に一時間もかかってるし。
モンスターを相手にした方が楽だとか思える辺り、俺も鎮伏者に染まってきているのかもしれない。
ともあれ、毎度お馴染み、第6豊島虚数領域で御座います。
本日は、取り敢えず探索は二の次で発勁の効果確認を行おうと思います。
という訳で、入口付近の安全地帯に陣取り、気功法を発動!
そんでもって、手を突き出し、発勁!
……………………。
はい、何も起きませんね。
使い方が分からない、パートツーであります。
まぁ、初めての気功法と同じように色々とやっている内になんとか出来るようになるんじゃないでしょうか。
知らんけど。
使い方を調べる、とかしたいけど、ユニークスキルって、ユニークの名の通り、個々人で感覚が違うらしい。
例えば、俺の気功法に含まれている身体強化とかは、比較的ありふれたものらしいのだが、ユニークスキルで発動する場合は、かーなーり、勝手が違うとの事だ。
俺の場合は、丹田の辺りに、ふぬあっ! って感じで力を込めると発動する。
だが、例に上がっていた話では違うらしく、全身の筋肉を締め上げるようにすると発動するとか、意識するだけで発動するとか、魂から混沌の力を汲み出すようにすれば発動するとか、色々だった。
最後の例とか、全く意味が分からんし。
俺の場合も他人からすれば意味が分からんのだと思うのだが。
という訳で、発勁というスキルも何処かにあるのかもしれないが、参考には出来ない。
同じ名前だからと言って、同じ効果とも限らないって話だしな。
地道に発勁を発動させようと色々と試してみる。
華麗なシャドーを行ってみたり、怪しい躍りを踊ってみたり、カッコいいポーズを取ってみたり、神か仏に念じてみたり。
だが、結果は出ない。
何も起こらない。マジでどうすればいいんだ、これ。
うーむ。
ああ、何はともあれ、腹が減った。
いや、マジか。
速すぎじゃないか?
あれだけ食って、まだ足りぬと申すか、我が胃袋よ。
我慢しようと思ったけど、ムーリー。
悩んでいても答えが出そうにないから、おやつタイムにしようかな。
ほら、お脳に栄養やれば、何か良い感じなアイデアも浮かぶかもしれないしさ。
そんな言い訳を重ねて自己弁護した俺は、通路の端で膝を抱えて座り込み、荷袋の中から消しゴムレーションを取り出す。
カロリーファット級、各種栄養素も練り込んだ、鎮伏者向けバランス栄養食!
お値段も格安で、お求め易し!
但し、味はお察し。
ってな微妙極まる食料で御座います。
なのに、美味しく感じる不思議。
あれか? 空腹は最高のスパイスです、ってか?
マジかよ、信じられねぇ。
でも、背に腹は変えられぬ。
というか、空腹がマジでやばい。
目眩がしそうな程なので、頭を空っぽにして無心で貪る。
道行く同業者が不審な目で見てきていたような気もするけど、きっと気のせいだ。
だって、俺はご飯を食べているだけだし。
一本二本、飛んで七本目を齧っていると、見覚えのある方が近寄ってきた。
おや、あなたは警備員さんではありませんか。
いつもお疲れ様です。
こんな虚数領域の中まで巡回ですか?
大変で御座いますね。
なに? この入口付近で不審者の目撃通報があったから来ただと?
それは怖いな。
しかし、俺はさっきからここにいるがそんな奴は見かけていないのだが。
……なんだ、その目は。
俺がその不審者だと?
馬鹿な事を言うな!
俺は膝を抱えて飯を食っていただけだぞ!?
せめて服を着ろとはふざけた訴えをしてくれたものだな!
これが俺のスタイルだと何故理解できん!
まったく、常識などという既成概念に囚われた時代遅れはこれだから困るのだよ。
ナウでヤングなセンスを否定するばかりでは、時代の流れに取り残されてしまうぞ? ん?
不審な行動は人目に付かない所でやれとは、随分な言い様だな、貴様!
あっ、何をする貴様!
その手を放せ!
ガードメン如きが、俺に触るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
そんな感じで、今日は虚数領域から連れ出されてしまいましたとさ。
マジで得るものがなかったな。
◆◆◆◆◆
「昨日のファングの牙一本が三万四千とんで三十円、それと遺品の回収報酬が二人分で二万円。
計、五万四千三十円のお支払となります。
ご確認ください」
「ウッス。おりがとうごぜーます」
ひゃっほう! 物凄い金額が入ったぜ!
いやー、あの牙、血塗られし呪われた品って感じだったけど、良い感じにプラス評価がついたなー。
普通は二万かそこらの買取なのに、三万半ばですよ。
もうウハウハで笑いが止まりませんよって。
まぁ、安定供給とは程遠いから、また明日からは貧乏生活なんですけどね。
溜め息出るわー。
ともあれ、臨時収入もたくさん入ったので、今日は豪遊するぞー!
格安ステーキ店で、腹一杯になるまで肉を食ってやるぜい!