妹の想い
途中から妹視点。
「たっだいまー、っと」
「……おかえり」
おお、珍しく由乃と接近遭遇した。
まぁ、昨日一昨日と違って、今日は早めに切り上げている。
現在時刻は宵の口という辺りであり、深夜には程遠い。
おかげで、湯上がり妹様ですよ。
髪から立ち上る、僅かな湿り気が実に艶かしい。
小柄でそれに見合った薄い体型をしているが、それがまた小動物らしい可愛らしさを醸しだしている。
成長を見越しての少し大きめの水色のパジャマも誠にキューティである。
お湯で火照った肌は、うっすらと紅潮していて色気を纏っており、それが見た目の幼さに反する事で、背徳的な男の性欲を刺激する事は間違いない。
うむ、総評として、けしからん妹だと言えよう。
「妹よ」
「……何?」
「そんな格好で人前に出てはいけないぞ。
男は獣なんだからな」
「……妹を見てそんな言葉が出ることに、私はむしろお兄ちゃんへの危機感を覚えるんだけど」
と、心からの忠告に、由乃んはブリザードの如き冷徹視線で答えた。
うーん、これはこれで特殊な性癖を引っ掻けそうで、やっぱりお兄ちゃんは心配です。
「最近、帰ってくるの遅いね」
「ふっ、兄が心配か?」
「うん、何処で非行に走ってんのか、とっても心配」
「……もう少し兄を信じてくれても良いんじゃないのか?」
リビングで風呂上がりの牛乳を飲み始める妹は、いつも辛辣だ。
俺に対してだけ。
もっと学友たちに向けるような気安さをくれても良いんだよ?
さもないと、お兄ちゃん、泣いちゃうよ?
「じゃあ、何してたの? 夜遊び?」
「非行からあんまり離れてない気がするのですが」
「かなり違うと思うけど」
「まぁ、どちらにした所で違うとも。
ちょっとバイトを始めてな。
これからもちょいちょい遅くなるから、晩御飯は先に食べていて良いぞ」
「言われなくてもそうする。
……ふぅん、バイトね。
まぁ、良いんじゃない?
うん、何もしないよりはずっと良いと思うよ」
「おお! そう言ってくれるか、妹よ!」
「でも、勉強もちゃんとしないと駄目だよ。
お兄ちゃん、成績、微妙なんだから。
留年しちゃうよ?」
「うぐっ!
由乃ん、お前は何故そうやって真実の剣を振り回すんだ。
お兄ちゃん、心が痛い」
「痛みを感じるくらいなら、ちゃんとしてよね。
留年して同級生になられでもしたら、私が恥ずかしいんだから」
「うぃーっす。頑張りまーす」
「……ふん」
言うだけ言って、妹は自室に引っ込んでいった。
はぁー、勉強かー。
まぁ、確かにやらんといかんよなー。
いまいち頑張る気にならないけど、由乃に恥ずかしがらせる訳にもいかないし。
留年しようものなら、母さんからぶん殴られかねないし。
はぁ、憂鬱です。
◆◆◆◆◆
私の名前は、吉田由乃。
自分で言うのもなんだけど、美少女優等生をやってる。
実際に男子から告白される事もそれなりにあるし、先生からのウケも良いし、他人から見てもそうだと思う。
そういう評価を受けるのは、正直に言うと嬉しい。
自分の頑張りが人に認められてるって事だから。
だから、勉強も真面目にやってるし、運動はまぁそれなりだけど、日頃の態度も気を遣ってるし、オシャレだって馬鹿にしていない。
そんな私にも、唯一の汚点というか、そんな感じになりつつあるのがある。
というか、いる。
お兄ちゃんの存在だ。
別に嫌いではない。
んだけど、とにかく怠け者で、基本的にやる気のない人間なのだ、これが。
勉強は赤点にならない程度だし、運動神経が悪い訳じゃないのに、疲れるからと頑張らない。
対人関係も面倒だとか言って最低限だし、容姿に関しては特に酷いものだ。
正直に言って、隣を歩いてほしくないし、兄妹だと人に知られたくないと思ってしまう。
ダイエットして、身なりを整えれば、結構なものになると思うのに、勿体無い事だ。
仮にも美少女な私の兄なんだから、多分、イケメンになる素養はある筈だし。
勉強や運動もそうだ。
あの兄は、やれば出来る人である。
何がキッカケか知らないけど、時折、何故かやる気を出した時などの成績なんて凄いものなのだ。
実際、中学時代はほぼ最下位だったのに、本当に時々だけ、何でか成績がトップクラスに食い込んでいる事があったし。
運動だって、授業の体育で仕方なく参加する時とかは、普通に本業の部活動者にも引けを取らない活躍をする事がある。
特に剣道とか柔道とか、武道系はやばかった。
平気で本業に勝っちゃうし。
あんな体型のくせして。
そんな才能を持っているのに、怠惰な性格の所為で埃を被らせているのが、凄く勿体無くて、見ていて凄くイライラする。
そんな自慢したいけどさせてくれないお兄ちゃんが、何かの活動を始めたらしい。
不審感で一杯な気持ちになる。
犯罪の類いじゃないと良いんだけど。
まぁ、それはないかな。
お母さんがその辺り厳しいし。
何をしても良いけど、お天道様に顔向け出来ない事だけはするな、というのが吉田家というか、お母さんの教えである。
私もお兄ちゃんも、口を酸っぱくして言い聞かされたものだ。
まぁ、それはともかくとして。
あの、怠惰で怠け者でやる気のないお兄ちゃんが何かをし始めるとか、不吉の前触れなんじゃないのか、と思わずにはいられない。
とはいえ、妙なスイッチが入る事もあるし、そんな気分になったのだろう。
それが長続きしてくれる事を祈るばかりだ。
「……鎮伏者になってたりして」
明日のハンター活動予定を立てていると、ふとそんな事を考え付いた。
バイトって言ってたし、何らかの収入がある事なんだと思う。
でも、未成年を夜遅くまで拘束するバイトがあるだろうか。
あったとして、そんな黒そうな職場に喜んで、あのお兄ちゃんが行くだろうか。
それだったら、自己責任で活動時間を決められるハンターの方が、有り得そうだった。
「もし、そうだったら……」
一緒に行くのも良いかもしれない。
今は、同級生の女子だけのパーティを組んでいるけど、こう言っては何だが、彼女たちはエンジョイ勢というか、ちょっとしたお小遣い稼ぎ気分だ。
最初こそ大変だけど、ある程度、コツを掴めればそれなりに稼げるのがハンターというものだし、下手なバイトよりはよっぽど収入が多い。
だから、そういう意識の者たちも一定数いるのは理解しているし、納得もしている。
でも、私はもっと上を目指してみたい。
行ける所まで行ってみたいと思う。
その意識の差が、ちょっとばかり居心地を悪くさせる。
じゃあ、別のパーティに参加すれば、とも思うが、それはそれで危険だ。
なにせ、虚数領域はある種の無法地帯なのだ。
当然、殺人とか強盗とかすれば、犯罪になるのだけど、それを証明する手段が少ないのも現実である。
モンスターに襲われてメンバーが殺された、と言い張られれば、それで終わりという可能性は充分に考えられる。
その辺り、社会問題にもなってるし。
それに、私って美少女だし。
男から舐めるような視線を感じる事は日常だ。
それくらいなら別に良いんだけど、下手な相手と組む事で強姦とかされたくないし。
証拠隠滅の為にそのまま殺されでもしたら、目も当てられない。
だから、どうにも一歩を踏み出せず、今の環境に甘んじている。
だけど、その点ではお兄ちゃんは安心だ。
だって、お兄ちゃんだし。
あの人の事だから、ちょっと焚き付けてやれば、無駄に意地を張って上を目指し始めそうである。
兄より優れた妹など存在しない、とか何とか言って。
そうすれば、兄妹でパーティを組んで挑める。
「ふふっ、そうなったら面白いね」
現時点では夢物語だけど、本当にそうなったらとても楽しそうだ。
無駄に才能を腐らせているあのお兄ちゃんが、本気になって上を目指し始めたらどうなるのか、見てみたくもある。
まっ、その前に格好だけは改めさせるけど。
私の隣を歩くなら、せめて身なりくらいは整えて貰わないとね。