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鎮伏者の現実

 なんとか精神の立て直しに成功した俺は、立ち上がりながら返す。


「いや、出遅れた俺が悪いんです。

 気にしないでください」

「……うん。成果を分けてあげたい所だけど、俺たちもギリギリだから……。

 うん、本当にごめんね」

「その気持ちだけど充分です。

 八つ当たりにモンスター狩りますから。

 運が良ければ、ドロップアイテムが出るかもしれませんし」


 うらー、ゴブリン狩りじゃー!

 この際、ファングの野郎でも良いぞー!

 テメェの攻略法も盗み聞きしたんじゃ、おらー! 


「おぉー、その意気だぞ、若者君。

 って言いたい所なんだけど、君、本当に大丈夫なの?」


 やっぱり俺の恰好が気になるらしい。

 しつこいようだけど、当然だと思います。


「いやいや、本当に大丈夫ですって。

 御心配なさらず」


 なんて、悠長に歓談していたのが悪かったのだろうか。


『フルルルルルッ』


 近くの角から、唸り声が聞こえてきた。


 このパターン、知ってますよ!

 前に俺をお昼御飯にしてくれようとした犬っころの出現パターンですね!


 お兄さん方も気付いたらしく、すぐに武器と盾を構えた。


「ファングだ! 下がって!」


 俺を庇うように、全身鎧に大楯持ちのお兄さんが前に出る。


 おお、カッコいい。

 俺が乙女だったら胸キュンものだったね。


 現れたのは、やはりファング君でした。

 お食事した後なのか、牙に血の跡があります。

 あらやだ、こっちはこっちで歴戦の猛者感。


『ガウッ!』


 一声吠えると、ファングはこっちに向けて猛然と走り出した。


 おお、やっぱり速い!

 でも、強化された気功法のおかげで、昨日よりかは遅く見える!

 これなら口腔パンチ決められるぜ!


「くっ、こいつ! 戦い慣れてるぞ!」


 ファング君は、壁も駆使して、お兄さん方を翻弄している。


 お兄さん方も応戦しようとしているのだが、いまいち動きが追い付けていない。

 すぐに側面や背後に回られている。


 初日に壊れた俺のプロテクターよりは頑丈なのだろう。

 鎧や盾のおかげで、なんとか致命傷にはなっていないが、いずれやられてしまうのは明白だ。


 うむ、見ているだけなのはやっぱり駄目だな。

 庇われた手前、お兄さん方に譲るつもりだったけど、ここは俺も参戦しよう。


「任せて下さい!」

「いっ!?

 君は来るな!

 裸じゃ一発でやられるぞ!」

「大丈夫です!」


 やっぱり良い人だな。

 死なせてはいかん。


 俺は、お兄さんの一人に飛び掛かろうとしていたファングの左を取ると、その脇腹を思いっきり蹴り上げた。


『ギャン!?』


 およ? やっぱり威力が上がってんな。

 昨日は打撃では有効打にならなかったのに、今回はちゃんと悲鳴を上げている。

 でも、まぁ、一応、きちんとした攻略法で堅実にぶっ殺しましょう。


 天井に当たって落ちてきた所をキャッチして、右手で頭を掴む。


『グルァァァァ!!』


 威嚇するように牙を剥きだしにして吠える犬っころ。


 はははっ、良い子でちゅねー。

 自分からお口をあーんできるなんて。


 ご褒美にパンチをくれてやろう。

 存分に味わえや。


 ぎゅっと握った左拳を、思いっきりファングの喉奥を目掛けて突き入れる。


『ギョブッ!?』

「うえっ!?」


 ファングが喉を詰まらせた悲鳴を上げると同時に、お兄さんが俺の行動に困惑の叫びを上げた。


 まぁ、びっくりするとは思うけどさ。

 でも、俺の攻撃手段ってこれしかないし。


「ぬ? まだ生きているか」


 口から血が噴き出している辺り、中々のダメージが入った様子だが、まだ死なないらしい。

 その証拠に、顎に力を入れて、俺の腕をガジガジしている。


 だが、残念だったな!

 パワーアップした気功法は、防御力もアップしているみたいだぜ!

 お前の自慢の牙も刺さらないこの鉄の肌を見よ!


「おらぁ! いい加減に死ねやぁ!」


 ファングの口の中に左腕を突き刺したまま、ファングを持って床に壁に叩き付ける。


『ギョブ! ギャブッ! グブッ……』


 段々と反応が弱くなっていき、五回目にしてようやく光の粒となって消えた。


 ふぅー、しぶとい野郎だったぜ。

 だが、俺の勝ちだ。

 ふはははっ。


「あっ、お兄さん方、大丈夫でしたか」

「あ、ああ。おかげさまでね。助かったよ。

 ……君、凄いね。

 あんな戦い方、初めて見たよ。

 武器も防具もいらない訳だ」

「いやー、もう無我夢中でして」

「それは、あれかい?

 何かのスキルなのかい?」

「おい!」


 好奇心から訊ねたのだろうが、一応、スキル情報は大っぴらにしないのが普通だし、パーティメンバーとかでもなければ、訊ねないのがマナーとされている。


 だって、虚数領域内には監視とかもないし、捜査とかも中々出来ないもんね。

 人殺しがあったとしても、ぶっちゃけ分かんないし。


 だから、鎮伏者は、スキル情報を秘匿しておく事で、同業者に対する抑止力とする自衛手段を取っているのだ。


 そのマナー違反を、他のお兄さんが注意する。


「あっ! ごめんごめん! つい、ね」

「いやいや、良いんです。

 あれは、実はユニークスキルの効果でして。

 まぁ、これ以上は秘密って事で」

「へぇー、ユニークかー。

 良いね。

 俺たちはまだ誰も持ってなくてね。

 羨ましいよ」

「使い勝手も悪かったりするんですけどねー」


 主に回数制限が。

 もっとバカスカ使えると良いんだけどなー。


「あっ、おぉーい!

 ドロップアイテムが出てるぞ! 牙だ!」

「なんですと!?」


 俺たちが話している間に戦果確認をしていたお人の言葉に、俺は飛びついた。


 ほ、本当だ。

 牙がある。

 なんか血の付いた、鋭い牙がそこにはあった。

 ……なんというか、呪われそうなアイテムだな。


 俺が物欲しそうに見ていると、朗らかに話していたリーダーと思しきお兄さんがそれを受け取り、何を思ったか、俺にそれを差し出してきた。


「これは……君が受け取ってくれ」

「え? い、良いんですか?」


 ファングの牙と言えば、武器の素材として優秀なアイテムだ。

 買取金額は、最低でも二万を超える代物である。


「ああ、良いんだ。

 だって、ほとんど君一人で倒してしまったし、君がいなかったら俺たちも危なかったからね。

 遠慮せずに受け取ってくれ」

「有難う御座います!」


 そう言われちゃー、仕方あるめぇ。


 うへへへ、今日は良い日だなー。

 一気に赤字帳消しになるほどの稼ぎだぜー。

 いや、まだまだ負債は残ってんですけどね。


「うん、どうぞ。

 それと……ちょっと悪いんだけど、付き合ってくれ。

 血の跡とか、戦闘慣れした様子から、多分、犠牲者が近くにいる。

 せめて、鎮伏者カードくらいは回収したいんだ」

「ああ、それもそうですね。

 分かりました。

 お付き合いします」

「悪いね」


 犠牲者がいれば、最低でも本心確認の出来る鎮伏者カードを回収するのは、マナーである。

 まぁ、戦闘状況だとかもあるので、出来れば、としか言えないのだが。


 それでも、大概の鎮伏者は出来る限り遺品を回収していく。

 だって、自分がいつそうなるかも分からないからね。

 いつかの時に、しっかりと供養して貰えるようにと、そんな認識が鎮伏者の間には広まっているのだ。


 前後をお兄さん方に挟まれる形で隊列を組み、俺たちはファングがやってきた方向に進み始めた。

 一見すると、丸裸な俺を守っているように見えるが、現実は違う。

 前後のどっちから襲われても俺がすぐに対処できるように、という事で真ん中に配置されたのである。


 そうして少し進むと、案外とそれは近くにあった。


「うわ……」

「うっぷ」

「南無南無」


 周囲が血塗れの空間。

 その中心部に、獣に食い荒らされた、元は人だったのだろう肉片がまばらに落ちている。


 残っている装備からして、おそらくは二人組のパーティだったと思われる。

 それ以上は、あんまり分からない。

 食われ過ぎてて、遺体とかもほとんど残ってないし。


 取り敢えず、落ちていた荷物を取り上げて、中身を確認する。


 幸いにも、鎮伏者カードは荷物の中に仕込まれていた。

 ポケットなどに入れている者もいるので、もしかしたらファングのお腹の中にあったかもしれなかったが、良かった。


 それによると、男女の二人組だったらしい。

 両名とも、まだ初段の駆け出しだ。


 悲しいかな。

 これが虚数領域の現実だ。

 いつ、モンスターに狩り殺されるか分からない、過酷な現場である。


 それを目の当たりにして、引退する者も多いらしい。

 新進気鋭と期待されていたが、濃密な死の気配に精神をやられて戦えなくなってしまうのだ。


 俺は……意外にも大丈夫だ。

 何処かが壊れているのかな、ってくらいに何も感じない。


 まぁ、死の気配って言うなら、初めてのゴブリン戦でもあったし、昨日のファング相手にもひしひしと感じさせられたからな。

 慣れたんだよ、きっと。

 そう思っておこう。


 俺が狂人かもしれない、なんて考えてたら、そっちの方が気分が悪くなりそうだし。


「鎮伏者カード、ありました」

「……ああ、確認してくれて、ありがとう。

 じゃあ、戻ろうか」

「はい。そうしますか」


 せっかくなので、お兄さんたち一緒に帰る事にした。


 道中、三回ほど、ゴブリンと遭遇したが、お兄さんたちの動きはどうにも鈍かったように思う。

 もしかしたら、彼らはもう駄目かもしれない。

 けれど、命がある内に引退できるなら、それはそれで良いんじゃないかなと思った。


◆◆◆◆◆


「10―下級魔石が6個、10―中級魔石が1個で、計800円になります。

 ドロップアイテムのファングの牙と犠牲者の遺品報酬に関しては、査定に時間がかかりますので、明日以降、受付に問い合わせてください。

 こちら、お問い合わせ票になります」

「ありがとーございまーす」


 どうやら、あの牙はちょっとばかし特殊な感じらしく、報酬に色が付くらしい。

 おかげで、査定は明日に持ち越しだが、期待が膨らむので全て良しである。

 同じく、犠牲者の遺品関連に関しても、明日以降に持ち越しだ。

 まぁ、こちらはボランティアに近いので、そこまで大した金額にはならないだろう。

 それでも、俺の日頃の稼ぎよりは上になるだろうけど。

 悲しいぜ。


 査定を終わらせて、受付から出ると、お兄さん方が待っていた。


「あ、お疲れ様です」

「……うん、君もお疲れ様。

 今日は助かったよ」

「いやいや、どういたしまして。

 まぁ、困った時はお互い様というものですよ」

「はははっ、確かにそうだね。

 いずれ、君を助けられるように、俺たちも精進するよ」


 おや、目に覇気が戻ってきている。


 どうやら鎮伏者を続けるらしい。

 中々に精神がタフですね。

 俺が言うのもなんですけども。


「そうだ。連絡先を交換しないか?

 これも何かの縁、って事でさ」

「ああ、はい。良いですよ」


 お互いの鎮伏者カードを取り出して、読み取り口を重ね合わせる。


 ピッ、という電子音がすぐに鳴った。

 これでお互いの情報を交換したのだ。

 まぁ、基本的な情報だけで、スキル情報までは登録されないけど。


 確認してみれば、〝東条塔矢〟という名前が登録されている。

 段位は、俺と同じく初段。


「引き留めてしまって悪かったね、……えーっと、吉田君。

 お互い、これからも頑張ろう」

「はい。初心者同士、いつか高みで会えるように頑張りましょう、東条さん」


 拳をぶつけ合って、お兄さん方と別れる。

 うん、こういうのも良いね。

 命がけの戦友だからこその友情って感じで。


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