死闘提案
ふーむ、どうにも集中できていない気がするな。
俺が、じゃなくて、由乃が。
一応、虚数領域の最下層付近だと言うのに、上の空って感じがする。
まぁ、原因は分かってる。
大体、俺のせいだ。
獲物総取りしちゃってるもんな。
由乃のやる事がねぇ。
それじゃあ、集中も出来ないわな。
無理もない。
ごめんな?
つい、楽しくなっちゃって。
だって、仕方ないんだ。
集気法の疲労対策効果が、思っていた以上に凄まじいんだもん。
全然疲れねぇ。
由乃に指摘されて気付いてから、戦闘中のみならず移動中までずっと気功強化をしているというのに、いまだにスタミナ切れで途切れていないのだ。
やべぇわ。
これ、やばすぎでしょ。
だから、つい調子こいて、モンスターをサーチ&デストロイしちゃってたのよね。
おかげで由乃が手持ち無沙汰になっちゃって。
反省しまーす。
うむ、そうだな。
ボスくらいは任せてみるか?
ここのボスは、オークかオーガの上位版だそうな。
最初に攻略した時のように、しばらく討伐されておらず、無駄強化されてもいないという話だし、適度に取り巻きを殲滅して、タイマンにしてやればいけるんと違うかね。
まぁ、そう考えられるのも、例の装備があるからよな。
今日、これから受け取りに行くあれの防御力なら、直撃を受けても致命傷にはならない筈だ。
精々、少しアザが出来るくらいだろう。
妹が心配なお兄ちゃんとしては、これくらいじゃないと安心して送り出せないのだ。
たとえ、レベルアップに死闘が必要なのだとしても、だ。
うん、多分なんだけど、そうなんだよな。
今まで、俺のスキルが進化してきたのは、常に生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いの後だった。
逆に、楽勝でクリアしてきた時は、攻略ボーナスでもろくに成長しなかった。
だから、おそらくはそうなのだろう。
スキルの進化には、死闘という対価が必要なのだ。
もしくは、死闘が近道させてくれているだけで、地道にやってもレベルアップするのかもしれないけども。
由乃がもっと上を目指したいと思っているのは見ていて分かる。
だが、兄として、家族として、それを安易に受け入れられるかと言うと、否な訳でして。
この板挟みのジレンマよ。
時計を見てみれば、もう19時を回っていた。
そろそろ宵の口といった所か。
意外と進みが早くて、もう最下層間近だけども、一旦戻りますかね。
「よーしのー。一旦、戻るべ?」
「えっ? 戻んの? もうボス間近だよ?」
うん、そうだね。
あと一個降りたらボスだね。
今、16層だもんね。
スーパー早ぇ。
はい、俺のせいです。
「おう。だけども、新装備の完成って今夜じゃん?
せっかくだから、ボスで試運転してみても良いんじゃねぇかな、って」
「むむっ」
心惹かれるものがあったのか、ちょっと悩む風に眉間にシワを寄せる。
「取り巻きは俺がサクッと片すからさ。
ちと、ボスとタイマン張ってみないかね?」
「……勝てると思ってる?」
おや、自信ありませんかよ?
そんなんじゃいけやせんぜ。
「安心しろって。
お兄ちゃんが後ろで見てるから。ギブアップしたら交代してやる」
「うぬぬ」
「…………あー、あんまこういう事言いたくないんだけどよ」
まだ踏ん切りの付かないらしい由乃に、俺は困ったような顔で、少しばかり厳しい現実を語る。
「鎮伏者として上を目指すなら、勝算とか度外視できないといかんぜ?」
勝てる勝てない、ではないんだわ。
この職種って。
俺は、呪いのクレジットカードを取り出して、由乃に見せる。
「知ってるかもしれんけど、こいつな、色々と便利な半面、イレギュラーとかスタンピードの時に召集される義務があるんだわ」
「…………うん」
「この前のミノタウロスの時も、俺には召集命令があった。
勿論、先陣きって突っ込めとは言われなかったけど、でもどうしても作戦が決まらなかったら、そう言われてたかもしれない。
命懸けさ、マジでな」
割に合ってるんだか合ってないんだか、分かんないよなー、これ。
「俺は、こいつの申請なんかしてねぇ。
取得条件を満たしちまったから、なんだかんだと押し付けられた」
拒否する事だって、一応は出来たんだろうけども。
協会の連中は、あの手この手で渡そうとしてきただろうな。
「由乃さ、入院してる時にちょっと話してくれたろ?
乙倉さんに憧れがあるって。
肩を並べたいって。
もしも、それを目指すなら、絶対にこいつは押し付けられる。
間違いなくな。
そして、緊急事態の時には真っ先に命を懸けろと言われる訳だ」
「…………」
由乃は、案外と真面目に俺の言葉を聞いてる。
普段もこれくらい素直だと良いんだけどなー。
やっぱり兄の威厳が足りてないのかしらん?
「今の内にさ、覚悟決めて、経験しといた方が良いぜ?
俺が助けてやれる内によ。
今なら、危なくなっても俺が助けられる。
保険を持っていられる。
その間に、ちょいと瀬戸際の勝負ってのを経験しとくべきだと、俺は思ったりする訳だ」
俺みたいに、何の保険もなく突っ込むような真似はして欲しくないね。
可愛い妹にはよ。
「…………うん、うん。そう、だね」
由乃はゆっくりと頷き、言葉を紡ぐ。
「分かった。やる」
「おう、その意気だぜ」
さーて、どうなる事やら。