嫉妬と憧憬
由乃視点。
「チィエアアアアッ!!」
私の目の前で、蹂躙が行われている。
まさにそうとしか言い様のない光景だ。
オークの頭を両手で挟み込むように打てば、破裂するように血が噴き出して死ぬ。
お相撲さんのような重量級の突進をいなして、利用してぶん投げて、別の奴に叩き付けて潰す。
冗談のような勢いですっ飛んでいき、膝蹴りの一発で首をへし折る。
貫手で軽々と心臓を抉り出す。
その間で、危なっかしさは全く感じられない。
確かな余裕があった。
お互いの力量を確かめる為と、これからチーム――二人だけだから、パートナー?――としてやっていく上での連携とかを見る為の領域攻略だったんだけど。
これでは、私にやる事がない。
上層にいたゴブリンだとかファングだとかは、そもそもが初心者向けのモンスターだ。
だから、何十匹とかいう群れがやってきて囲まれでもしない限り、私だって一人でも対処できる。
なので、本番は下層から。
オークとかオーガとか、一段上のモンスターと出会ってからだと思ってた。
この辺りは、耐久性も高くて、私一人だとちょっと厳しい。
勝てなくはないけど、毎回、ギリギリの死闘をする羽目になってしまう。
幸いにして、お兄ちゃんは前衛タイプで、私は後衛だ。
だから、お兄ちゃんが気を引いて足止めしている間に、私が高火力を叩き込む、という作戦だった。
だったんだけど。
「コォォォォォ……」
単独でオークの集団を凪ぎ払ったお兄ちゃんは、何かの呼吸法なのか、不思議な吐息を漏らしながら残心の構えを見せる。
「つよ……」
あまりにもレベルが違いすぎて、私の出る幕がない。
精々、時折、はぐれているモンスターの背中を撃つくらいだ。
いや、強いのは分かっていた事だけど。
ミノタウロスとの戦いは、私じゃあ割り込むことも出来ないものだった。
あれは、限界突破のスキルを使った特別仕様だと言っていたから、普段はあれよりは弱いんだろうけど。
でも、元々の素質がなければ、限界突破をしてもたかが知れている。
だから、素のお兄ちゃんも結構強いんだろうとは思ってたんだけど、正直、予想以上だ。
あまりにもレベルが違いすぎて、私と組む意味がない。
お兄ちゃんが助けのいる虚数領域では、私は力不足で役に立たないから。
まだ、1ヶ月。
私よりもずっと遅いのに、瞬く間に追い越していったお兄ちゃんの姿に、やや黒い感情が心の中に生まれるのを感じた。
「うむ、豚肉は良いものだな。
帰ったらトンカツ祭りを開催しよう」
オークのドロップアイテムである豚肉を拾いながら、お兄ちゃんはそんな事を呟いている。
呑気なものだ。
こっちは劣等感とか嫉妬心とか、そういうのに心を染めているというのに。
でも、そういうところが、お兄ちゃんらしいと思えて、暗い感情が消えて、代わりに笑いが込み上げてくる。
お兄ちゃんは、いつもそうだった。
何でもないように、当たり前のように、妙な事をしでかす。
何かのキッカケで一度スイッチが入れば、恐ろしい速度で結果を出してしまう。
やれば出来る人。
それが、私の、中々自慢させてくれない自慢のお兄ちゃんだ。
「よし! さぁ、行こうか、由乃のん!」
「……由乃のんって呼ぶな」
軽く、固い脇腹を小突く。
わざとらしく痛がってみせるが、効いていないのは明白だ。
さっき、オークに思いっきりぶん殴られてもケロリとしてたし。
私が手も足も出なかった、ほんの一矢を報いるので精一杯だったミノタウロス。
それと、一時的にせよ互角かそれ以上に戦ってみせたお兄ちゃん。
そして、それに何一つさせずに一蹴した乙倉さん。
私は、追い付きたい人たちの遥か遠く後ろ。
どうやったら、追い付けるのかな。
果てしなく見える道のりに、私の悩みは尽きない。




