日常生活
と、意気込んでみたは良いけれど、翌日の今日は学校です。
正直、休みたい気持ちで一杯だけど、ズル休みはいかんよな、という良識が邪魔をして、身体を引きずるように登校しよう思います。
これが社畜根性……!
会社じゃないけど。
「「いただきます」」
希薄な兄妹関係ですけども。
朝御飯だけはなるべく一緒に食べるという規則があるのです。
我が家には。
なので、可愛い妹と食卓を囲む。
メニューは、トーストとかベーコンとかみそ汁とか焼き鮭とか、なんか朝御飯風の物をごちゃ混ぜ。
洋風和風の仕切りはないんだよなー。
対面で、さくさくとトーストを齧っている妹を見やる。
うん、可愛い。
身内贔屓分を差し引いても、多分、アイドル級には可愛いと思う。
吉田由乃。
一歳年下で、高校一年生である。
日本人らしい純黒の髪を腰に届くくらいの長さで整えている。
身長はやや小柄で、150台前半だった筈だ。
色白な肌をしており、染み一つ見受けられない。
子供の頃の記憶では、黒子もあんまりなかったと思う。
顔立ちは、俺と兄妹とはとても思えないほどに整っており、ぱっちりとした目元などは、特に魅力的である。
今は寝起きで半分閉じられているけども。
成績は、ナチュラルに上位。
順位を平均して、大体一桁を維持している。
運動も、まぁまぁ出来る方。
部活に勧誘されたりするほどじゃないけど、平均値よりは上の水準だ。
品行方正だけど堅苦し過ぎず、柔軟に受け入れる懐もあり、人柄も良し。
とまぁ、実に出来た妹様です。
俺と本当に血が繋がっているのか、とても疑問に思える。
「由乃ー、お前、まだ鎮伏者やってんのか?」
実は、由乃は俺よりも以前から鎮伏者をやっている。
高校受験を推薦で突破してからだから、もう半年以上は続けている事になる。
俺が鎮伏者になった事は言っていないけどな!
だって、妹の後塵を拝しているなんて、兄としてカッコ悪いし!
でも、ちょっとくらい有益なアドバイスを引き出せないものか。
そう思いつつ、日常会話の一環で話題を振ってみる。
「…………、うん、続けてるよ。何で?」
普段、あまり会話を振ったりしないからだろうか。
何か不審なものを見る様な、じとっとした視線で俺を一瞥してから答えてくれる妹様。
「いや、ちょっと気になっただけ。
どう? やっぱ大変?」
「……まぁ、それなりには。
お金も思ってた程稼げないし」
うん、知ってる。
今現在、身に染みて知ってる。
俺、赤字なんだよなー。
採取業務で黒字にしたいところです。
「でも、最近はちょっとは軌道に乗ってきたし。
これからだと思う」
「そっかー。頑張ってんだなー。偉いなー」
「…………」
何でしょうか。
由乃ちゃんってば、お兄ちゃんを見つめちゃって。
そんな、そんな熱い視線を向けられたら、お兄ちゃんの心は……!
「……そういうお兄ちゃんは、何か頑張ってんの?」
「うぐぅ!」
何という事を。
いや、確かに怠惰な人間ですけどね。
そう易々と真実を突いてはいけないのだよ。
「い、いや~、ほら、うん、俺も色々とね?
頑張ってんだよ、うん、ホントホントー」
鎮伏者業とか、頑張り始めたんだよ? つい二日前に。
もう心が折れそうだけど。
三日坊主にならないように頑張る所存でありますよ?
「……ふぅん。そう。なら良いんだけど」
おやおや?
もっと冷たいお言葉を頂戴するかと思ったら、案外と優しい感じですかい?
「……なに? その目?
キモイんだけど」
「キモイって言わないで!
お兄ちゃん、泣きそう!」
「キモイもんはキモイし。
言われたくなかったら、もうちょっと身なりに気を使ってよ。
汚らしい」
「ふぐっ!?」
「髪とか、伸ばしっぱなしだし。
なのに、手入れしない上に、寝癖もそのままだから、ボサボサだし」
「うごっ!」
「最近はひげが生えてきてるのに、ほったらかしだし。
不潔感マシマシ」
「うぬぅ!」
「ついでに、太ってるし。
見た目も悪ければ、健康にも悪いよ」
「い、妹よ。
そんなに真実の剣を振るってはいけない。
お兄ちゃんの命が惜しくないのか」
「今のお兄ちゃんなら、別に惜しくないかな。
隣を歩いて欲しくないもん」
「グハァッ!」
な、何と言う事でしょうか。
妹が反抗期です。
大変です。
お兄ちゃん、悲しい。
昔はあんなに懐いてくれていたのに。
大体、自分の所為ですけども。
人間、第一印象ですもんね。
俺みたいな小太り陰キャスタイルは、年頃の女子には受けませんよね。
どんな年代なら受けるのか分からないけど。
いや、それは分かってるんだけど。
今更、オシャレって、っていう気分がどうにも拭えませんで。
いつか何とかしようと思いつつ、ズルズルと引き伸ばしてしまう今日この頃なのです。
美容院、ああ、それはなんと高き門か!
美容院に来ていく服も容姿もしていないわ、私!
「何を頑張ってんのか知らないけど、応援はしてあげる。
……犯罪とかじゃないよね?」
「妹よ、お兄ちゃんを何だと思っているんだ。
そんな事ある訳ないじゃないか」
「デブでダサい陰キャ」
「おぐぅっ!」
「まっ、それなら良いけど。
精々、頑張ってよね。
お兄ちゃん、やれば出来る子なんだから」
「うむ、応援ありがとう!
お兄ちゃん、期待に応えちゃうから!」
「そ。ごちそうさま」
俺が会話に集中している間にも、ちゃんと食事を進めていたらしい由乃は、手を合わせて食事終了を宣言する。
なんて事だ。
俺、まだ全然食べてない。
「早くしないと遅刻するよ。じゃあね」
「いってらっしゃーい」
俺を待つ事もなく、手早く片付けをした由乃は、さっさと登校してしまう。
同じ高校に通ってはいるものの、並んで登校する事は無い。
曰く、一緒に歩いている所を見られて噂とかされたくないし、だそうな。
くそぅ、馬鹿にしやがって。
そんなにお兄ちゃんを醜いと言いますか。
はい、醜いですね。
ごめんなさい。生意気言いました。
取り敢えず、このままでは本当に遅刻しちゃいそうなので、俺もさっさと朝飯をかき込んで済ませる。
ああ、それにしても、鎮伏者の心得的な物は聞き出せなかったなー。
俺に会話センスがないのが原因なのか。
◆◆◆◆◆
始業、数分前になんとか滑り込む事に成功する。
ふぃー、朝から走るのは大変です。
デブ……もとい、小太りだから、余計に嫌なものです。
「はひー」
夏場だから更に辛い。
汗が止まらん。
うちの学校には、各教室に空調設備が整えられている事だけが救いだ。
朝早くから登校していた者たちのおかげで、教室の中は実に快適である。
席について教室の中を見回す。
まぁ、いつも通り、って感じです。
窓際付近を占拠して騒いでいるのは、所謂クラスカーストで言う所のトップ勢だ。
四人の男女が中心となって形作られている。
その四人は、目に見えて美男美女、という訳でもなければ、運動や勉強がやたらと優れている訳ではない。
まぁ、容姿は良い方だと思うが、何よりの特徴として、彼らが現役の鎮伏者として活動している事だろう。
しかも、同じチームを組んで。
高校に入ってからだから、まだ一年と数カ月程度だが、鎮伏者として活動しているという時点で、もう今の時代ではヒーロー同然である。
それを公然としているのだから、カーストトップに躍り出るのも無理はないだろう。
実際、妹も下の学年で、姫か何かの様に持て囃されているらしいし。
まぁ、俺の様な底辺というか、もはやランク外には関係のない話だ。
いや、ホントにランク外って扱いなのよね。
空気というか。
虐められたりパシらされたりする訳でもなく、一方で話しかけられたりする訳でもなく、何事もなく平穏に過ごしている。
まぁ、中学くらいまでならともかく、高校にも入って虐めなんて、ねぇ。
割に合わないって、ある程度、良識ある連中なら分かりきってる事だし。
実際、虐めがあるってのも聞かないしな。
この辺りでは、上の方にある進学校でもあるし。
ウチって。
でも、陰口くらいはあるんだよなー。
俺の場合は、キモイとかデブとか、モジャモジャとか。
つい最近、言われてるのを聞いてしまって凹んでしまった。
そうですか、そんなに駄目ですか。
人間、第一印象が大事ですかよ。
同意せざるを得ない。
友人はいるけども、同じクラスの中にはいないので、始業までの僅かな時間を静かに過ごす。
俺が、鎮伏者になった事を公言したら、どうなるかな。
二番煎じと思われるかね。
身の程知らずと言われるかね。
それとも、同じようにヒーローみたいにチヤホヤしてくれるかね。
まぁ、どうでも良い事さな。
どうせ、今の所は言う気もないし。
「だからさ、ファングなんて口の中に剣をぶっ刺してやれば、簡単に倒せるんだよ」
「まぁ、最初の関門ではあるけどねー。
動きが速いから、見切れるようになるまでは辛いけど」
「でも、出来るようになると、こんなんに苦戦していたのか、っていう微妙な気分になるよな」
そうしていると、彼らの話が耳に届いた。
どうやら、鎮伏者に憧れているらしいクラスメイトに、先輩としてアドバイスを送っているらしい。
それにしても、そうか、口の中か。
いや、それもそうだよな。
流石に口の中に毛皮ガードはない訳だし、合理的な戦略だわな。
むしろ、全く気付かなかった俺が馬鹿なのか。
うむ、次に出会ったら試してみよう。
口の中にパンチだ、パンチ。