いつか訪れる(かもしれない)フラグ
「ジャジャーン! これを見よ!」
そう、それは鎮伏者専用クレジットカードである。
例の呪いのカードだ。
今まで食費の肩代わりにしか使っていなかったが、実は装備品等の購入でも割引が付いちゃったりするんだな、これが。
っていうか、普通の鎮伏者は、そっちを主として使う訳だけども。
ノーガード戦法にして、無手こそ至上とする俺には関係ない話だった、これまでは。
だが、しかーし。
妹様に自慢する為に使っても良い筈だ!
使ってこその権利である!
それじゃなきゃ、命懸けの対価として割に合わねぇだろうが、ちくしょうめ!
「なっ……なっ……、なな……」
ふふふ、驚き過ぎて声も出ないようだな。
兄は凄かろう?
「何でお兄ちゃんがこんなもの持ってんの!?」
「いやー、色々とあって押し付けられてな。
はっはっはっ。
だが、おかげでこの前のイレギュラーにも最速で駆け付けられたんだぞ?
良いこともあるものだな」
「ぬ、ぐぐぐっ。
でも、まぁ、確かにこれなら割引が効くか。
……効くんだよね?」
「大丈夫だろ。それくらい融通してくれんと」
チームメンバーの装備でも、という確認だろう。
本人の装備じゃなくても行ける筈なんだよな、確か。
規約読む限りは。
「そして、なんと!
2億の負債があったりする俺だが!
実は貯金が五百万くらいあったりもする!」
「……何でそんなにあるの?」
ふふふっ、不思議か? 不思議だよなぁ?
「いや、ほら、俺ってば、ノーガード戦法じゃん?
だから、装備品に一切金を使ってなくてなぁ。
出費といえば食費くらいだったんだが、このカードのおかげで、それも大いに抑えられちゃってね。
なもんだから、貯まる一方でなー」
「それにしたって多すぎでしょ」
「そりゃあれだな。
ボスドロップの一つが原因だ。
コレクション的プレミアがあってなー。
オススメされるがままにオークションに出品したら、これが性能に反してごっつい値段が付いたのよな」
いやー、ビッグゴブリンさんには色々とお世話になりましたよ。
成長的意味合いでも、ドロップアイテム的意味合いでも。
蛮刀型大剣は良い金になりました。
「……なんとなくムカつく」
「運が良かったのだよ、運が」
由乃も二段らしいし、ボス討伐の経験はあるんだろうけど、良い感じなドロップはなかったんだろうね。
悔しげな表情を浮かべていた。愉悦。
蹴られた。何故だ。
「何をするのかね」
「その優越感に浸った顔がなんかムカついた。
文句あんの?」
「ないとでも思っているのか?」
「うん」
な、なんて狂暴で厚顔無恥な娘でしょうか。
人を蹴っておいて、あまつさえ罪悪感の一つも覚えないとは。
私、そんな子に育てた覚えはありませんことよ!?
俺の思考を読み取ったのか、足を上げて追撃の構えを見せる由乃に、俺は手を突き出して、必殺〝待て話し合おう〟のポーズで応じた。
「……でもさ、それ、借金返済にした方が良いんじゃないの?」
「払いたくねぇ」
「とんでもない事言い始めたよ、この馬鹿兄」
「あんな可愛い顔しといて、人に借金背負わせて取り立てに来る小娘になんか、積極的に返済とかしたくありません事よ?
眉間に銃口突き付けられて催促されるまでは、無視してやるもんね!」
「……微妙に日和ってるね」
うるせぇ。
妹の癖に兄に口答えは許さん。
もう、この金はお前に使うって決めたもんね!
借金取りに掴まってどっかの地下王国に連れ去るなら、ドンと来やがれ!
意地でも逃げてやる!
「まぁ、そんな訳でな。
まだ借金の取り立ても来てないし、ここで最後の贅沢と洒落込もうかと思ってなぁ」
「……その贅沢で、私の装備を整えるってどうよ」
「いやだって、俺、金使わないし。
だったら、家族サービスで兄の尊敬ポイントを稼いでも良いんじゃないだろうかと、な」
ホントに使い道がないんだよなー。
強いて言えば、上手い飯を腹一杯食いたい、って程度だし。
それにしたって、呪いのカードのおかげで、大抵の店には低価格で入れるしなー。
「…………その甲斐性、彼女とかに使えば良いのに」
由乃が戯けた事をポツリと呟いた。
それを耳聡く聞き付けた俺は、カッコいいポーズを決めながら、はっきりと大声で言ってやる。
「勘違いをしてはいけないぞ、妹よ!
この兄!
今までの人生で彼女などという存在がいた事など、一度としてないッ!」
「恥ずかしいからそんな事を大声で断言すんなッ!」
「あいたっ!」
顔を赤くした由乃が、再び蹴ってきた。
今度はかなり強めに、しかも弁慶の泣き所を。
そ、そこは駄目だぞ。
反則だ。
鼻を鳴らして踵を返した由乃は、何処かへと歩き始めた。
俺は片足跳びでその後を追う。
ぴょいんぴょいーん。
「待て。何処へ行く」
「奢ってくれるんでしょ。
精々、お兄ちゃんのコーディネートセンスを見せてちょうだい。
笑ってあげるから」
「ほほぅ。言うたな、小娘。
ならば! 兄の本気を見るが良い!
俺だってなあ! やれば出来るんだよ!」
「…………知ってるよ、そんな事」
追い越した俺の背後で、由乃は小さく呟いていた。




