ファッションチェック
そんな訳でやってきた購買部です。
ド田舎とか、それを越えた山の中とかだとあれだが、今日は新宿区という都会の最中の虚数領域である。
その為、近くに新宿区のものとして纏めて設置されている購買部も、大型デパート並みの大規模なものとなっている。
「……お兄ちゃん、防具とか付けないんだよね?」
男向けの衣装コーナーにて、由乃は色々と品物を物色しながら訊いてくる。
「うむ、この五体こそが我が武器にして防具である。
刮目せよ! この肉体美!」
「うざ。
……まぁ、そういう事なら、割合普通の服で良いかな?」
あのー、うざいとか言われると傷つくんですけどー?
「くぅん……」
哀れな子犬の泣き真似をして注意を引いてみるが、由乃は半目で一瞥すると、鼻で笑って無視してくれた。
ちょっとは打ち解けたと思ったんだけどなー。
反抗期は続いてますですかー?
「じゃ、ちょっとこの辺り着てみて」
「はいはい。りょーかいです」
手渡されたそれを手に、俺は大人しく試着室に入った。
……………………。
試着完了!
黒いスラックス……いや、太腿の辺りにポケットがあるし、カーゴパンツっていうのかな? に、黒いシャツ、そして黒いジャケットという黒々としたファッションであります。
全体的に、こう、ホスト風?
あるいはマフィア風というか。
ちゃんとネクタイまで締めたら、ダークスーツなマフィア風になると思う。
いや、下半身が活動的だから、微妙に違うか。
でも、黒々はちょっとセンスを疑いますよ?
そんな感情が目に現れていたのだろう。
由乃はちょっと視線を逸らしながら、言い訳するように言う。
「……黒の方が汚れが目立たなくて良いじゃん。
洗濯すんの、大変なんだから」
「あー、ね?」
理解は幸せ。
とても合理的な選択でありましたか。
洗濯だけに。
「んあー、でも、ジャケットはいらんかなー?
肩回りが窮屈だわ」
「そうかな?」
「そうなのだ。
これでも動く分には大丈夫だけど、やり過ぎると即行で破けると思う」
「そっか。防御力が心もとないけど、元があれだしね。
じゃあ、それ無しで」
ジャケットを脱いで、幾分ラフな格好になる。
うん、良い感じ。
袖をまくりあげれば、楽になりますな。
「んー、まぁ、良いか。
半裸よりはマシだよね」
「不満がありそうね?」
「そりゃー、色々とあるよ。
お兄ちゃん、せっかく見た目が良くなったのに、ファッションとか全然気にしないんだもん。
もうちょっとオシャレとか気にして欲しいんだけど」
「え? オシャレ? 日本語喋ってくんない?」
はははっ、何言ってんのか、サッパリワカリマセーン。
「この調子だもんなー」
はぁ、と残念そうに吐息してくれました。
すまんな。お兄ちゃん、型に嵌まらない主義なんだ。
今、そう決めた。
「……一応、防刃とか耐炎素材だから、そう簡単には破けたりはしない筈だよ。
まっ、モンスター素材とかじゃないから、気休め程度だけど」
「ほぉーん。
まぁ、好き好んで攻撃とか受ける気もないし、最低限、動いて破けなけりゃ良いんじゃないかね」
まぁ、たまに?
防御力調べるためにわざと攻撃を受けたりする事もありますけど?
まぁ、そん時は脱いどきゃいいんだし、ノーカンノーカン。
「じゃ、それで決まり。
……すみませーん。採寸お願いしまーす」
店員さんを呼んで、しっかりと俺の体型に合わせて調整してもらう。
その際に、おしゃべりな店員さんが、彼氏か? と由乃に訊ねて、嫌そうな顔で、兄だ、と答えるささやかな一幕があったりも。
そんなにお兄ちゃんが彼氏だと嫌かね。
嫌か。
俺も、由乃が彼女かと言われると、微妙な気持ちになるし。
タイプじゃないんだよなー、見た目が。
「では、引き続いて、由乃んのファッションチェンジタイムに入ります」
「は? いきなり何?」
仕立直しが完了するまで暇なので、仕返しに妹様にダメ出しをしてやろうと思う。
胡乱な目をする由乃に、俺ははっきりと言ってやる。
「お前さー、そのカッコ、似合ってねぇ」
「ぐはっ!?」
自覚があったのか、火の玉ストレートな指摘に胸を押さえる由乃。
だが、ここで甘やかしてはいけない。
こういうのは、はっきりと言ってやらねばならぬ。
「由乃って、純和風美少女じゃん?
顔立ちから髪質から体型まで、何から何まで全部さ。
だから、普段の格好も含めて、洋服が微妙に似合ってない。
まぁ、普段着は慣れもあってそこまてじゃないんだけど、その魔女っ子風とか、完全にコスプレだし。
可愛いとは思うけど、こう、なんつーか、子供の愛らしさというか、似合ってるから可愛いんじゃなくて、服に着られてる感が可愛いというか、そんな感じ」
「…………」
俺の指摘に、由乃は何も言わない。
こやつのHPはもうゼロよ。
ざまぁ。
「…………だって、仕方ないじゃん」
やがて、ポツリと言葉を漏らし始めた。
その視線は、男物であるが、和装を置いてるコーナーに向けられている。
「私だってね、分かってるんだよ。
和服の方が似合うって」
うん、そうだよね。
お前、夏の浴衣姿とか、新年の振袖姿とか、異様に似合うもんな。
逆にドレスとかは全然似合わないし。
「でもね! 和服って高いんだよ!
何でか知らないけど!
ホントに高いの!」
「まぁー、呉服って高級品ってイメージだし、そう不思議でもないけどなー」
和装コーナーを覗いてみれば、由乃の訴え通りに値段がやたらと高い。
同じ性能帯で、最低でも数倍は違う。
下手すると文字通りに桁違いだったり。
確かに、これは手が出せんわなー。
駆け出し鎮伏者は貧乏人だもんなー。
命に直結する事だから、見た目重視で選ぶ訳にもいかんからなー。
ここは日本だってのに、なーんで地元の民族衣装が高いんでしょうね。
訳が分からないよ。
「では、仕方なし。俺が金を出そう」
「は? お兄ちゃんが?」
負債持ちが何言ってんの?
という至極真っ当な視線をくれる由乃に、俺は秘密兵器を見せびらかすのだった。




