未来の暗示
「ふっ、退院するに相応しい良い天気だな」
「そうだね。お兄ちゃんの行く末を暗示してるみたい」
「……妹よ、皮肉か?」
「先に下らない事を言ったのは、お兄ちゃんだよ?」
まさかのミラクル・ポーションを使ったおかげで、あと何秒で死ぬかなっていう瀕死から完全健康体へとクラスチェンジした俺だったのだが、そのミラクル・ポーションの所為で検査入院を余儀なくさせられていた。
まぁ、簡潔に言うと、ミラクル・ポーションを使用した被検体ってのが、サンプル数があまりにも少ないんだって。
そもそもの出回っている数も少ないしね。
なので、病院側は、ミラクルがどんな影響を人体に及ぼすのか、はっきりとしたデータを取りたかったらしく、人間ドックもここまでではないだろうという検査を嵐を今まで受けていたのだ。
まぁ、とはいえ、それも二週間程度の事。
正直、いつ病院から脱走してやろうかと考えつつあったのだが、そんな日々も今日で終わり、遂に念願の自由を手に入れたのだ。
さぁ、はりきって借金返済するぞぉー!
と、意気込んだのは良いのだが、外は残念な悪天候。
豪雨が降り注ぎ、颶風が逆巻き、天雷が轟く、そんな日和だった。
なんでも、奇跡の様に矢鱈と発達した積乱雲が、この嵐を引き起こしているそうな。
何でしょうか。
俺の未来は暗雲に包まれているとでも言うのでしょうか。
ああ、神様。
惨たらしく死ぬと良いですよ。
「……どうしようか?」
「そりゃー、帰るしかないんじゃない?
もう退院手続きしちゃったし」
「この中を?」
「この中を」
妹様は、肝が据わっていらっしゃる。
だが、どうすると言うのか。
風とかヤバいよ?
ほら、看板が空を飛んでる。
おっ、車が転がってきたぞ。
ふふふっ、怖い。
「由乃ん」
「次にそう呼んだら殴る」
「マイ・シスター、風強くない? お前、飛ぶだろ」
「だろうね」
体重軽めな由乃だと、普通に吹き飛ばされる姿しか見えない。
小柄な分、風圧を受ける面積も小さいんだけど、それ以上に軽いんだよなー、こいつ。
どうすんのかと思えば、こやつ、なんか俺の背中に回ってへばりついてきた。
子泣き爺のように。
「GO」
「……あのー、由乃さん?」
「GO」
ゴー、じゃねぇよ。
俺に走れと?
お前を負ぶって。
「お兄ちゃん、なんか知らないけどガタイ良くなったし、行ける行ける」
「無茶を仰いますね! この子猫ちゃんは!」
いや、ホントに。
やめてくださいよ、そんな冗談。
んー、女の子を背負うとか、男子の夢のシチュエーションの筈なのに、ちっとも嬉しくない。
妹だからか? 妹だからだな。
可愛いとは思うんだけど、俺の好みでもないしなー。
あと背丈を十㎝伸ばして、オッパイのサイズを二つくらい育てて欲しい。
正直、背中に女の子特有の柔らかさが伝わってくるんだけど、ピクリとも来ない不思議。
流石は血の繋がりという所か。
まぁ、だからこそ、由乃もこうして無防備に張り付いているんでしょうけども。
こいつ、それなりに男女関係とか厳しいし。
男と付き合った事がない訳じゃないけど、厳しい貞操観念からろくに触らせないらしいからな、彼氏でも。
思春期のもて余した情欲がそんな事を許す筈もなく。
暴走しかけたりして、結局、破局になっているのだとか。
だから、今の所、処女です。多分。
何度もそんな事をしているというのに、学習せんなー、こいつも男共も。
まぁ、そんな事はさておきまして。
「……あのー、由乃さん?
あーた、俺と一緒にいるの、恥ずかしいとか言っておりませんでしたかねぇ?」
何処ぞのギャルゲーヒロインのように、人に見られて噂されたくない、と言っていた筈だ。
大変に傷付いたから、お兄ちゃん、ちゃんと覚えているのですよ?
「今のお兄ちゃんなら、合格点あげるよ?」
振り落とす口実に、由乃は小首を傾げながらそんな事を仰る。
「見た目〝だけ〟はイケメンだし」
「だけって言わんでくれないかね?」
「だって、中身は所詮お兄ちゃんだし」
「所詮とも言うなよ。
実は喧嘩売ってんだろ?
そうだろ?」
買っちゃうよ?
俺様、売られた喧嘩はあんまり気にせず買っちゃう人間ですよ?
実は、この入院生活中に、俺は大胆なフォルムチェンジ(強制)を行っており、本当に見た目は爽やか系イケメンになっているのだ。
妹様と、彼女に唆されて乗ってきた看護師さんの仕業である。
嫌がる俺に麻酔をかけて拘束した後、テキパキと散髪及び髭剃りを施してくれやがったのが。
いや、もう、プロの美容師顔負けの手際でしたね、あの看護師さん。
なんでも、寝たきりの患者さん相手に、日常的にやっているんだそうな。
おかげで、俺の体毛事情はスッキリとしてしまい、体型や顔立ちも〝変容〟の影響で大変に改善していた事もあって、見事なイケメンが完成したのである。
しかもね、髪色もね、真っ白になっててね。
【殻破】の影響なのか、ミラクル・ポーションの影響なのか知らんけど、綺麗な総白髪になっているのよな。
ミステリアス感もマシマシで、妹様からは合格点を頂きましたとも。
まぁ、中身は変わってないからと、残念イケメン扱いだけども。
「良いから、はよ行け。
ぐずぐずしてても、何も解決しないよ?」
「いや、天候事情は時間が解決してくれると思われるが……」
止まない雨はないんだ。
どっかにありそうなフレーズをキメ顔で言えば、後頭部を軽く小突かれた。
「病院の邪魔だから。GO」
「はいはい」
どうしても行かせたいらしい。
あーもー、どうなっても知らんぞ。
看板と衝突したり、車に潰されたりしても知らんからな?
背中の由乃を固定するように、腕を彼女の尻を支えるように回す。
由乃は由乃で、振り落とされないように俺の首に腕を回して、身体を押し付けるように力を入れた。
腕と背中に、女の子特有の柔らかさがよりしっかりと伝わる。
薄手の夏服だから、体温まで感じ取れた。
んー、妹じゃなかったらなー。
ちっとも嬉しくない柔らかさと温度。
むしろ、夏の日和の所為で、暑苦しいとしか感じられない。
内心で、世の無情に涙しながら、俺は遂に荒れ狂う外界へと身を踊らせた。
途端、襲い掛かってる大自然の脅威。
目も開けていられない風と雨に、俺の心は早々に折れてしまう。
「もうさ、病院の一角で縮こまってようや。
きっと理解してくれるって……うっ」
ふざけた事をぬかす俺を叱咤するように、由乃が踵で俺の腹を殴打してきた。
俺は馬か。
ニンジンが欲しいです。
ヒヒーン。
仕方ないので、そのまま俺は走り出す。
「うおっ、こわっ! マジ危ねぇ!?」
途中、看板やら車やら樹木やら、風で吹き飛ぶ色々な障害が襲い来るものの、その全てをしっかりと避けていく。
ふはははっ! 舐めるなよ、大自然!
虚数領域で鍛えた危機回避能力は伊達ではないのだ!
自分でもビックリするくらいの運動能力を発揮した俺は、奇跡のような動きで突き進んでいくのだった。
「目指せっ、ワンコインクリアァー!」
無傷で家まで辿り着けたのは、正直、奇跡だと思いました。
ちょこっと解説。
日本における鎮伏者のランクは、初段から九段の九段階が基本として存在している。
但し、九段では収まらない〝十段〟というランクも一応は用意されている。
十段(規格外。所謂、Sランク的な認識で良し):1人
九段:4人
八段:16人
七段:37人
日本国内のプロ級(七段以上)は、計58人のみ。




