第二の脅威
「朝が、来た……」
という訳で、若干、疲労感の残っている身体に鞭を打って、またもや第6豊島虚数領域にやってきております。
せめて最下層までクリアしたいよね。
ここは第五層まであるって話だし、夏休みまでにはクリア……できたら良いなー。
色々と割り切った俺は、例の格安罰ゲームジャージ姿で、虚数領域へと侵入した。
ええ、武器も防具もありませんよ。
携帯食料や水とかだけを詰め込んだバックパックだけです。
ゲート管理のおじさんには、大変に心配されました。
もしかして自殺志願者なのでは、などと疑われる始末ですよ。
説明だけで30分も時間をロスしてしまったぜい。
なんとか門番おじさんを言いくるめて突破した俺は、早速に第二層に入っていた。
今日は、ファングと会ってみたいですねー。
素早いし、毛皮防御もあるし、牙は鋭いしで、ゴブリンよりもかなり強いらしい。
ああ、怖い怖い。
でも、乗り越えなきゃならん試練ですよ、奥さん。
『ギビャッ!?』
ゴブリンを早速に見付けたので、気功発動、全力で走って飛び膝蹴りで、一撃KOした。
もう反応すら許さない早業ですよって。
華麗な着地を決めて振り返る頃には、もうゴブリン君の姿は消えていた。
毎度お馴染みの、最下級の魔石が一個と……。
なんと! 爪が一本落ちているではありませんか!
幸先が良いですねー!
これ一個で、なんと買取り価格、千円ですよ!?
もう昨日の収入を越えましたよ!?
素晴らしいぃぃぃぃ!
いそいそと回収して、ルンルン気分でスキップ徘徊を始める。
いやー、今日は良いことがありそうだなー。
……………………。
そう思っていた事もありましたよ。
あれから三時間。
出会ったモンスターは、ゴブリンの一匹だけ。
全然、会えませんよ、獲物に。
もうお昼時を過ぎてしまった。
仕方ない。
ちょっと気分転換にお昼ご飯でも食べましょう。
と、言っても、安いレーションなんですけどね。
カロリーはヘビー級だけど、気分的には消しゴムを食べている様な感じにしかならないという、不人気商品であります、サー。
でも、安いんだもん。
金欠な俺には、選択の余地はない。
『グルルルルル……』
もっちゃもっちゃと、死んだ目で食べて、水でなんとか流し込んでいると、近くの角から唸り声が聞こえた。
気のせいかな? と首を傾げてその方向を見詰めていると、角から四足の獣がこんにちはした。
おや、はじめまして。
お腹が空きましたか?
レーション、食べます?
いらない?
俺を食べたい?
いやー、それはご勘弁を。
ヨダレを垂らすワンコとの視線による会話、この間、僅か一秒。
いや、ただの俺の妄想なんだけどさ。
多分、間違ってないと思うんだよね。
『ガウッ!』
「うひょう!?」
一足飛びに襲いかかってきたファングの牙から、俺は座った姿勢のまま仰向けに倒れて回避する。
「速いな、おい!」
ゴブリンとは比べ物にならない速さでしてよ。
やばいやばい。
転がって体勢を立て直そうとするが、その時には既に反転していたファングが迫っていた。
反射的に顔面に蹴りをくれてやる。
『ギャン!?』
悲鳴を上げて吹き飛ぶファング。
なんとか時間稼ぎができたようだ。
とはいえ、困った。
ゴブリンなら一撃必殺だった気功打撃なのに、ファングちゃんってば、いまいち効いてない感じ。
ふるふると頭を振って、普通に立ち上がっております。
「一気に難易度上がり過ぎではありませんかね!?」
こちらが単なる獲物ではないと悟ったらしく、ファングは右に左にステップを踏んで、俺の目を惑わそうとしている。
なんとか追えてるけど、結構、ギリギリですぞ!
『バウッ!』
「うひぃ!」
時折、隙を見て飛び掛かってくるのを、必死に躱す。
やばい。
反撃する隙がないぜ。
どうしよう。
一方で、ファングもしぶとく生き残る俺に痺れを切らしたのか、パターンを変えてきた。
なんと、壁に向かって跳んだと思ったら、そこを蹴って一気にこちらに跳ね返ってきたのだ。
さ、三角飛びとは卑怯な……!
いただきます、と大きく開けられた口が、俺の頭部目掛けて迫ってくる。
反射的に、左腕を滑り込ませられた判断と速度は、自分の事ながらナイスと誉めたいところだ。
「って、あいた!?」
嘘だろ!?
俺の気功ガードを貫いて、左腕に牙が刺さってますよ!?
とはいえ、そこで流石に終わりだった。
こいつの咬筋力では、噛み潰すまではいかないらしく、刺さった所で止まっている。
フフフッ、バカな奴よ。
隙を見せよったな、犬っころめ。
俺は右手の拳を固く握りしめ、ファングの胴体に叩き付ける。
「可愛いボディががら空きだぜ!」
ボディボディ、兎に角ボディブローで滅多打ちにする。
だが、奴の毛皮ガードもかなりの物。
いまいちダメージが入ってる感触がない。
噛みついて放してくれないファングの口からも呻きのような声は聞こえるものの、断末魔っぽくはない。
むしろ、噛みつく力が強くなった。
おこ? おこですか? ぷんすかしてますか?
俺も激おこだ、テメェオラァァァァァ!!
いつまでかみついてんだ、コラァ!
痛ぇーんじゃ、ワレェッ!
っていうか、そろそろ気功強化の限界時間ですよ!?
感覚的に数秒って所よ!?
あわわわ、やばいやばい。
このままだと、ちょっと遅めのお昼御飯にモグモグされちゃう。
ピンチです! どないしよ!?
パンチパンチ! キック!
あかん! 効いとらん!
「う、うおおおおおお!!
食われてたまるかぁぁぁぁ!!」
気合い一発。
それは、特に考えた動きではなかった。
噛み付かれた左腕はそのままに、右手でファングの胴を鷲掴みにすると、そのまま捻ったのだ。
こう、雑巾絞りみたいに。
グリッと。
『グギュッ!?』
ブチブチボキボキと、肉と骨がひしゃげる感触が伝わってくるのと同時に、ファングの口から断末魔の叫びと血の塊が吹き出した。
数秒、ビクビクと痙攣した後、ファングは光に変わって消えていく。
「か、勝ったどーーーーッ!!」
いやー、激戦でしたね!
死ぬかと思いました!
まさに死闘って気分!
その対価が、二百円ってのは納得いかんぜよ。
ペッ。
ファングが残したのは、魔石が一個だけ。
ドロップアイテムは無し。
ゴブリンの魔石よりは上等なんだけど、それでも買取り価格は僅か二百円。
ファングのドロップアイテムが出れば、なんと一発で万に届くというのに。
しけてやがるな。
「うぅ、ううううぅぅぅぅぅ……」
勝利の余韻が冷めてくると、左腕が非常に痛い。
牙、刺さってましたもんね。
見てみれば、血も流れてますもんね。
そりゃ痛いわ。
戦闘中はテンションマックスで、ファイターズハイな感じであんまり痛みを感じなかったけど、終わると痛いもんは痛い。
ど、どうしよ~。
ポーション? ポーション使いますか?
でも、あれ、高いんだよ。
一番効能の低いローポーションでも、一個二千円。
もしもの用意として、バックパックの中に用意してあるけど、使ったら瞬時に赤字まっしぐらです。
だけど、使わんと痛くて敵わんし。
ぐぬぬぬぬっ。
……し、仕方ない。
一本だけ使おう。
バックパックの中から小瓶を取り出す。
紫色をした液体、ローポーションだ。
見た目は完全に毒物である。
その半分を飲み、半分を特に酷い左腕に振り掛ける。
すると、どうだろうか。
さっきまで蹲ってろくに動けなかったというのに、嘘のように痛みが引いていく。
左腕を見れば、牙の傷こそ残っているが、血は止まっていたし、昨日の青アザは消えていた。
ついでのように、右腕の青アザも綺麗になくなっている。
恐るべし、ポーション。
最低ランクのローポーションですら、この威力とは。
ああ、でも二千円。
今日の稼ぎは、まだ1,400円。
赤字だ。orz
なんとか挽回したい所だが、ファングちゃんが問題よな。
打撃は毛皮に阻まれて効きにくいみたいだし、さっきみたいな関節技(首関節捻り)が良いんだろうけど。
あいつ、速すぎて掴まんねぇんだもんよ。
囮作戦は、こっちのダメージが大きすぎるし。
困った。
一般的鎮伏者は、あいつをどうやって攻略してんじゃろ。
「……まぁ、なるようにしかならんか」
ここで唸って悩んでいても、何も始まらんのだ。
歩いていれば、何か考え付くかもしれないし、取り敢えず行動あるのみ!
◆◆◆◆◆
「10ー下級魔石が四個、10ー中級魔石が一個と、ゴブリンのつめを一枚、計1,600円になります。ご確認ください」
「はーい。ありがとーございまーす」
結局、あの後からは、ゴブリン二匹としか遭遇せずに、赤字決済となった。
どちくせう。
世の鎮伏者は、どうやって稼いでいるのだろうか。
今日は、帰ってからすぐに寝ずに、ちょこっとその辺りを調べてみる。
特に迷うことなく、あっさりと真相に辿り着いた。
あまり稼ぎの良い、つまり強いモンスターに挑めない初心者の間は、大概において虚数領域内にある採取物で報酬を稼いでいるのだそうだ。
単なる鉄鉱石でも、中と外では随分と性質が違うらしく、それなりに高額で引き取って貰えるらしい。
薬草の類いが一番利率は高いとも。
まぁ、ポーションの材料ですからね、薬草。
外で人工栽培しようとはしているらしいけど、何故か上手くいかないらしいし。
だから、ポーションの値段が高値で安定している訳だけど。
更に、第6豊島虚数領域の採取ポイントを調べてみる。
すると、第三層に鉱石の採掘ポイントがあり、第四層には薬草が取れるポイントがあるらしい。
よし、次の目標は鉱石採掘だな。
今度こそ、黒字経営を目指すぞー。