エピローグ:借金王
「……知らない天井」
「ネタに走れるくらいの元気があるなら、もう大丈夫そうだね」
本当に知らない天井だったから、なんとなく呟いたのだが、そんな独り言に傍らからツッコミが入った。
首を動かして見れば、ラブリー・マイシスターが呆れたような顔で座っている。
「おお、妹よ。兄が恋しくて夜這いに来たのか?」
「はっ……」
鼻で笑うんじゃありません。
お兄ちゃんの心はガラスで出来てるんですよ?
「お見舞いだから。
お・み・ま・い。
理解できる?」
「その言葉は知っているが……由乃が?
俺の? 何で?」
「そりゃあ、家族が入院してるんだから、お見舞いの一つもするでしょ。
そこまで鬼じゃないよ、私は」
「入院?」
そう言えば、今更のように気付いたが、消毒液や薬剤の入り交じった独特な匂いが充満している。
なるほど。
確かに、ここは病院のようだ。
だが、はてな?
俺は何でまた入院を?
んー。
記憶が繋がらなくて首を傾げていると、妹様が心配げに覗き込んでくる。
「……大丈夫?
お兄ちゃん、覚えてないの?」
「んー、あー……。あー、こう、なんとなく薄ぼんやりと……」
唸りながら頭の回転数を上げると、うっすらと思い出してくる情景があった。
そう、俺は確か、由乃に襲い掛かる牛野郎に挑みかかって……。
「あの牛野郎……!」
「寝てろ、バカ」
記憶が繋がった事で、つい感情が昂って跳ね起きた俺を、由乃は鉄拳で寝かしつけた。
い、痛いよ?
もうちょっとお兄ちゃんに優しさをですね?
「思い出したんなら良かった。
お兄ちゃん、あの時、完全に致命傷だったんだからね。
傷は治ったのに、そのまま四日も意識が戻らない、し……」
最後の方は、声が震えていた。
俺が視線を向けるのと、由乃が俺の腹の上に顔を伏せるのは、同時だった。
「心配、したんだからね……。
このまま、目が、覚めないんじゃないか、って……」
「あーあー、すまんすまん。
だから泣くな。
俺が困る」
「泣いてなんかない」
強がっちゃって、まぁ。
可愛い反抗ですこと。
そんなグスグス鼻を鳴らしてたら、説得力ないですぜい?
優しいお兄ちゃんは、知らない振りをしてあげるけどな。
ポンポンと腹に頭を押し付けてくる由乃の髪を優しく撫でてやる。
「ちなみに、あの後、どうなったんだ?
俺、あの野郎を殺しきれたとは思えないんだけど」
大分、ぶん殴ってやったとは思うんだけど、致命打を与えられた手応えは全く無かったと思う。
まぁ、最後の方は俺もボロッボロで意識も朦朧としてたから、もしかしたら相討ちに持ち込めたのかなぁー、なんてちょっとだけ思ってみたりして。
だけども、残念ながら由乃は、それを否定する話をした。
「……うん。お兄ちゃんが倒れちゃった後ね。
すぐに乙倉さんが来て、助けてくれたんだ」
「……んあー、乙倉ってーと、あの乙倉音姫?」
「そう、その乙倉音姫七段」
「マジかー」
そりゃちょっと残念。
あんな美少女が来てたんなら、是非ともお近づきになりたい所だったんだけども。
彼女がプロである以上、あの美少女っぷりは作り物ではないのは確かなんだし、間近で見るだけでも目の保養になったと思うんだよなー。
そんな俺の邪な心情を察したのか、ようやく顔を上げた由乃は、若干、ジト目になっていた。
そ、そんな目でお兄ちゃんを見るんじゃない。
「お兄ちゃん、たくさん感謝しなよ?
乙倉さんがくれたポーションのおかげで、お兄ちゃんは生きてるんだから」
「おろ? そうなの?
そりゃー、ありがたい事よな」
大分、ガタが来てたからなー、俺の身体。
殻破で無茶をし過ぎたツケだよな。
ローじゃ間違いなく間に合わないし、ミドル、いやハイポーションかね?
庶民にはお高いお薬で御座います。
「あっ、そうだ。
これ、お兄ちゃんが寝てる間に届いたから」
そう言って、由乃は一通の封筒を差し出した。
俺はそれを受け取って宛名を確認すると、凄い渋い顔を作らずにはいられなかった。
女の子が使いそうな、可愛らしい装飾を施された封筒なんだけど、表面に書かれた文字は、その印象の真逆を行く。
筆を用いた達筆で、〝吉田義之様〟と書かれていた。
この文字から伝わる厳格さよ。
なに? どっかの武将が送り主ですか?
しかも、求めていないことに、脇には〝請求書 在中〟と書かれている。
いやー、見たくないですわー。
裏返して、送り主を見れば、まぁ予想通りと言うか、乙倉音姫のお名前ががが。
何故か、こちらは女の子っぽい丸文字なのが、何とも言い難い。
表面の本気具合が透けて見えるようですわ。
いやー、見たくないですわー。
「開けなよ」
爽やかな顔で見なかった事にしようとした俺の手を差し止めて、由乃は真顔で残酷な事を仰る。
「いや、あのね?」
「嫌なことを後回しにしようとする癖、お兄ちゃんの悪いところだと思うよ?」
「……流石は我が妹、よく兄の事を理解している」
「うん。だから、開けよ?」
結局、そこに戻って参りました。
いやー、見たくないですわー(二度ある事は三度ある)。
視線でそう訴えるものの、由乃の視線は全くぶれない。
クッ、兄の愛らしい円らな懇願視線にまるで動じないとは!
やるな! 流石は由乃ん!
根負けした俺は、渋々封を切って、中身を取り出した。
入っていたのは、表面の宣言通りの請求書が一枚と、折り畳まれた手紙が一通。
「お、おぉ……」
ひとまず手紙はさておいて、請求書を確認した俺は、戦慄に身を震わせずにはいられなかった。
「あの、由乃様?」
「キモッ。何?」
「俺に使ったポーションって、何?」
「ミラクル・ポーション」
「ふぉぉぉぉ……」
あれですかー。
あの死者すら蘇らせるとまで言われる(実際にはそこまでではないが)、あのウルトラすげー奴ですかー。
そりゃー、こんな金額にもなりますわなー。
あー、今日も良い天気だ。
由乃は、天を仰いで現実から目を逸らそうとする俺の手元を覗き込み、
「うわ……」
と、一言、ドン引きした声を漏らした。
ですよね? そうなりますよね?
だって、億ですよ、億。
2億円。
そろそろ現実に戻ってきた俺は、手紙を開く。
そこには、こんな事が書かれていた。
『こんにちは、吉田義之君。
これを読んでるって事は元気に回復したようですね?
本来だったら、救助活動に伴う支出は協会が持ってくれるんですけど、君って無断先行した指定鎮伏者でしょう?
だから、ペナルティとして、救助料金を請求させていただきます!
なんと、二億円ぽっきり!
命のお値段としてなんてお安い!
厳密に言えばもっとお高いんですけど、諸々全部纏めた上で、端数を切り捨てて差し上げました。
私ってば優しい~。
ってな訳で、その内、請求に行きますから、震えて待ってて下さいね。
チャオ☆
追伸。
逃げようとしても無駄ですので。
〝私〟が逃がしません。
この意味、指定鎮伏者のあなたなら、理解できますね?』
そんな脅迫状が。
しかも、本文は冗談めかした口調の丸文字なのに、追伸は本気の筆書きだし!
いやー! いやーっ!
美少女が!
変容をたくさん経験した超人美少女が俺を(借金取りに)追っかけて来るよぅ!
誰かたしけてぇー!
今度こそ現実から逃避すべく、シーツをかぶって丸くなる俺を、由乃は慰めるべくその上から優しく叩いていた。
「ま、まぁ、そんなに落ち込まないでよ。
私も手伝うから。
原因の一端は私にもあるんだしさ」
「いや、だが、妹に借金を助けてもらうのは、兄の威厳として……」
「そんなもん、とっくの昔から無いから」
「グハッ!?」
ああ、心が寒い。
何処かにあったかい場所はないかな~。
俺がシーツの中で泣き真似をしていると、慰める由乃の手が止まった。
そして、言葉を紡ぐ。
「……ごめん。やっぱり訂正。
兄の威厳、あったわ」
「うぇ?」
予想外の言葉に、俺はシーツから顔を出して由乃を見た。
妹様は、恥ずかしそうに赤くなった顔を背けながら、続きを言う。
「助けにきてくれて、ありがとね。
そういえば、言ってなかったけど。
凄くカッコ良かったよ、お兄ちゃん」
「……あー、まぁー、そりゃー、ね?
妹を助けるのは兄の役目だからよ」
お年頃の反抗期に入った感じで、若干、可愛げの無くなった妹でも、ピンチには兄はいつでも駆け付けます事よ?
「だ、だから、見直した兄の威厳を守るために、私も協力するから!
じゃあね!」
恥ずかしさが限界突破したのか、それだけ叫ぶように言うと、立ち上がって病室から足早に立ち去っていった。
うむ、何がだからなのか、よく分からん。
分からんけども、まぁ、由乃と一緒に鎮伏者をやるのも良いかもな。
今回の事でしっかりモロバレしちゃったし。
二億円と聞くと、一般庶民的金銭感覚を持つ俺からすると、なんだか凄い気もするけど、だけど鎮伏者として改めて考えれば、案外とそこまででもない。
だって、鎮伏者として、俺は極端に支出が少ないし。
コツコツやっていれば、その内、溜まっていそうな金額ではある。
手紙と請求書を封筒に戻して、ベッドの横に備え付けられていたキャビネットに置く。
その時、俺の鎮伏者カードが載せられている事に気付いた。
…………死闘だったしなー。
もしかしたら、変化があるかもなー。
そう思った俺は、カードを手に取って、スキル測定をしてみた。
「……ははっ」
表示された結果に、思わず声を出して笑ってしまった。
うん、やっぱり何とかなりそうだわ。
俺は、鎮伏者カードをキャビネットの上に投げ捨てると、シーツを被り直して目を閉じる。
さぁー、明日からも頑張るぞぉー!
借金返済の為に!
いつ退院なのか、全く知らんけど!
由乃に聞きそびれちまったぜい。
まっ、何とかなるさな。
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吉田義之
鎮伏者段位:初段
固有技能:気功法【PowerUp】、集気法【New】
後天技能:中等格闘術(熟練)【PowerUp】、痛覚耐性(中)【PowerUp】、根性【New】、虫の知らせ【New】
称号:《勇気ある者》
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吉田義之の借金額、残り200,000,000円也。
【借金王】の伝説が彼の物語に追加されました。
これにて一章は終わりです。
午後に、主要人物の簡易プロフィールを掲載します。
感想とかくれると嬉しいです。(露骨なクレクレ)




