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異変の終わり

引き続き、音姫視点。

 抱き留めた吉田君を、ゆっくりと優しく地面に横たえます。


 それにしても、ちょっと見ない内に随分と逞しくなってしまいましたね。

 変容を無事に終えたようで何よりです。


 まだまだこれからなんですから、こんな所で死んではいけませんよ?


『ブォオッ!』


 突然、現れた私に、一瞬だけ警戒していたミノタウロスですけど、すぐに切り替えて襲いかかってきました。


 はい、うるさいのでちょっと黙っていなさい。


 二丁拳銃形態へと戻った白金の陽炎を射撃します。

 拡散モードで魔力を浴びせるように、牛男の全身を満遍なく叩きました。


『ブオッ!?』


 その勢いに抗えず、ミノタウロスは盛大に吹き飛びます。


「お兄ちゃんッ!」


 それを見送っていると、一人の可愛らしい女の子が駆け寄ってきました。


 ふむ? お兄ちゃん?

 という事は、吉田君の妹さんですか?


 ふむふむ。

 なるほど。妹さんがいたから、巻き込まれていたから、彼は暴走したのですね。


 謎は全て解けました。


 ならば、彼の事は妹さんに任せても良いでしょう。

 ベルトに繋いだポーチから小瓶を取り出して、駆け寄る彼女に投げ渡します。


「ミラクル・ポーションです。

 劇薬ですから、注意しながらゆっくりと少しずつ飲ませなさいね」

「ミラッ……!?」


 受け取った妹さんは、それを見詰めて絶句しました。


 まぁね。それ一本で、億単位ですからね。

 プロ以上ならともかく、中段位や低段位では、眼が飛び出すほどの金額でしょう。

 しかし、値段に見合っただけの効果はあります。

 基本的に、寿命が尽きていなければ、病だろうと怪我だろうと何とかなる、という代物ですから。

 奇跡(ミラクル)の名を冠するだけはあります。


 あそこまで傷付いていては、常識的なポーションや治癒魔法では追い付きません。

 その前に命が尽きてしまいます。


 そして、特に限界突破スキルによる自己崩壊が致命的です。

 あれは、過剰な力を前借りするスキルですから。

 その代償である自己崩壊は、ある種の呪いのようなものです。

 まともな治療法では治せません。

 私も魔眼の限界突破(リミット・ブレイク)で、失明寸前まで行った時には難儀しましたから、よく知っています。


 よって、それは必要なのです。


 ご安心を。

 ちゃんと、お兄さんに身体で支払わせますから。

 労働的意味合いで。


 それ以上の事は言わず、私はミノタウロスへと向き直ります。

 彼は、丁度、戦斧を手に立ち上がっている所でした。


 うんうん、そこへ向かって吹っ飛ばしたのですから、ちゃんと手に取って良い子ですね。


「…………ふぅーん。

 これは、確かに吉田君では難しいですね。

 今は、まだ」


 見れば、吉田君から受けた傷が急速に治癒しつつあります。

 砕けた片手や破裂した足先のみならず、眼球さえも修復されていました。


【魔眼】を開いて見れば、周囲からミノタウロスに向かってエネルギーが流れている事が分かります。


 おそらく、取り囲む壁と同じように、周囲からの供給による自己修復能力があるのでしょう。

 一撃必殺するか、自己修復以上の手傷を継続的に与えないと、倒すことは難しいでしょうね。

 吉田君は、なんとかそれだけの破壊力は出せていましたけど、継続的という部分で引っ掛かりましたか。

 それが無ければ、あるいは倒せていたかもしれませんね。

 まだ弱いというのに、本当によく頑張りました。


『ブ……』


 雄叫びを上げて突撃しようとするミノタウロスに、私は抜き打ちの速射を叩き込みます。

 雄叫びを強制中断させられた巨体が吹っ飛びます。


「いちいち叫ばないでください。

 やかましい。

 あなたのターンは終わりなんですよ、私が乱入した時点で」


 更にもう一発。


 流石に目が慣れたのでしょうか。

 戦斧の腹で受け止めました。


『ブッ、ゥ、オオオオオォォォォ!!』


 そして、気合いを入れて弾き飛ばします。

 私の放った魔弾は、あらぬ方向に飛んでいき、壁にめり込みました。


 そうして立ち上がり、私を見下ろすミノタウロスの顔には、なんとなく自信に満ちた表情があるように見えます。

 私は、それを嗤ってやりました。


「クッ、フフッフッ、まさかそれで無力化できたとでも?」


〝魔弾〟は、そんなに甘くはありませんよ?


 私の言葉を理解したのか、それとも私の態度を不審に思った結果か、彼は異変を感じて振り返ります。

 壁にめり込んだ魔弾が、魔方陣を展開するのは、同時でした。


 魔方陣を潜り、再射出された魔弾は、ミノタウロスの肩を撃ち抜きます。

 絶対に外さないからこその〝魔弾〟です。

 覚えておきなさい。


 悲鳴が上がりました。

 それは、これまでにあなたに殺されてしまった方々の分という事で、受け取っておきなさいな。

 別にあなたが悪いという訳ではないのでしょうけど。


「あらあら、タフですね」


 激しく流血する肩を抑えながら、ミノタウロスは立ち上がりました。

 これまで通りに、肩の傷も治癒が進みつつあります。


 させませんよ?


「では、おかわりです」


 私は続けて魔弾を放ちます。

 あなたが死ぬまで、撃ち続けましょう。


 幾つもの魔弾に穿たれるミノタウロスは、嵐に翻弄される木の葉のように、宙を軽やかに舞います。

 たまに、悪あがきのように振り回す戦斧に当たって、運良く魔弾を弾く事に成功したりもしていますけど、無駄なこと。

 再射出されて、あらぬ方向から撃ち抜かれています。


 …………んー、それにしてもタフですねぇ。

 もう片脚が千切れて、もう片方の脚も穴だらけ。

 腕も一本は千切れかけていますし、胴体は蜂の巣のよう。

 頭に至っては、半分くらい吹っ飛ばしているというのに、まだ死にませんか。


 ゾンビ? ゾンビですか?

 でも、アンデッド系モンスターの匂いはしないんですよねぇ~。


 まぁ、真相は、死ぬに死ねない、という所でしょうか。

 際限なく流し込まれるエネルギーが、最低限のところで彼の命を繋いでいるのでしょう。


 可哀想に。


 何処の誰が作ったのか知りませんけど、趣味の悪い事です。


「はぁ……」


 小さく溜め息を吐き出します。


 このまま、延々と我慢比べをするつもりはありません。

 前兆現象の他の虚数領域での不自然なエネルギーの流れからして、おそらくエネルギーの出所は他の虚数領域です。

 いつまで続くのか、分かったものではありません。


 なので、スタイルを変えましょう。


 八つの魔弾を、ミノタウロスを囲むように地面に撃ち込みます。


 あー、ほらほら。

 気にしちゃ駄目ですよー。

 自分の事に集中していなさい。


 何か、危機感を覚えたのでしょう。

 囲みから脱しようとしましたけど、残っていた脚を撃ち抜いて千切り飛ばしてやります。


「光に導かれ、最果てへと至りなさい」


 光属性魔法【終焉の虚光】。


 ミノタウロスの足元に、四芒星が二つ、ずれた形で出現し、八芒星を描きます。

 それが眩い光を放ち、私の言霊に沿って、世界を塗り替える現象を引き起こしました。


 天を衝く、光の巨塔。


 かつて、欧州にて猛威を振るった〝熾天使セラフィム〟が使っていた終焉の理を強制的に迎えさせる奇跡。

 それを、人に扱えるレベルにまでグレードダウンさせた魔法が炸裂しました。


 ふふふっ、原子レベルまで粉々になってしまっては、流石に命を保てませんよねぇ?


 ここまでしても再生されたら、まぁ仕方ありませんから諦めて持久戦に付き合って差し上げます。


 さて、どうですか?


 光が細く消えていきます。

 その後には……何も残っていませんでした。

 魔石さえも。


 あやや、これは参りましたね。

 これでは、ちゃんと死んだのか、分かりません。

【終焉の虚光】は、やり過ぎましたか。


 しかし、そんな私の悩みとは裏腹に、歓声が沸き上がりました。


「か、勝った……。勝ったぞぉぉぉぉ!」

「やった! 助かったんだ!」

「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 いえいえ、勝ったかどうかは分かりませんって。

 いえ、やっぱり勝ったんですかね?


 見れば、四方の出口を塞いでいた光が消えて、通行可能となっているようです。

 鎮伏協会の職員さんたちが、雪崩を打って入ってきております。


 ふぅ、やれやれ。

 これで終わりですね。


 いやはや、疲れました。

 ミノタウロスが出現したと知った時は、冷や汗ダラダラでしたけど、蓋を開けてみれば私一人でもどうにかなるレベルだったのは、不幸中の幸いでしたね。


「乙倉様、お疲れ様でした」


 職員さんたちの中から、一人の男性が別れて、私の下へとやってきました。

 確か、この虚数領域の管理責任者さんでしたか?


「ええ、本当に疲れましたとも」


 吐息しつつ正直に言うと、彼は苦笑を溢しました。


「ははっ、そう、でしょうね。

 しかし、その、お疲れのところ大変心苦しいのですが、上に報告を上げなければいけませんので……。

 ええ、事態についての調書を取りたいのです。

 ……申し訳ありませんが、御同行願えますか?」

「…………嫌です。

 と、言いたいところですけど、まぁ仕方ありませんね。

 お仕事と割り切りましょう」

「ご協力、心より感謝いたします」


 頭を下げた管理責任者さんは、すぐに頭を上げると先導して歩き始めました。

 私も、その後に付いて、虚数領域の外を目指します。


「あの、乙倉さん!」


 そうして、コロッセオ型建築物から出た所で、私に駆け寄ってくる姿がありました。


 あら、妹さんですね。

 どうしたのでしょうか。


 彼女は私の目の前で止まると、深々と頭を下げてきました。


「ありがとうございました!

 おかげで、兄も助かるようです!

 本当に、ありがとうございます!

 この恩は絶対に忘れません!」

「あやや、お礼なんてよろしいですのに。

 私は義務を全うしただけですよ」


 ええ、本当に。

 弱き者を命を懸けて守るのが、私たちの存在意義ですから。


 なので、妹さんがそこまで恩を感じる必要はありませんよ?

 代わりに、守る側の人間であるお兄さんには、盛大な貸しとしておきますけども。


「で、でも」

「ほらほら、泣かないの。

 可愛い顔が台無しですよ?」


 感極まったらしく、涙を溢れさせている妹さんの目元を、ハンカチで拭ってあげます。


「どうしても恩を返したいと思うのでしたら、上り詰めてくださいな。

 私と肩を並べ、私を守れる程にまで至ったら、その時こそ感謝と恩を受け取りましょう」


 突き放すようですけど、それが現実で、私の本心でもあります。

 守られる立場の貴女からは、私は素直に感謝も恩返しも受け取れないのです。


 それに、もしもこれを本気にして、そして上り詰めてくれれば。


 くふふ、楽しくなるではありませんか。


 私の言葉に、彼女は決意が漲った顔付きになりました。

 ああ、良いですね。

 とても良いです。

 ゾクゾクしてしまいそうです。


「……はい。絶対に、そこまで行ってみせます!

 だから、待っていてください!」

「はい、いつまでも高みで待っております。

 さっ、お兄さんの所に戻ってあげなさいな。

 ミラクルを使ったとはいえ、重傷には変わりないのですから」

「は、はい!」


 妹さんは、私の言葉に頷いて踵を返しました。

 ですが、少し離れたところでもう一度振り返り、大声で叫びます。


「本当にありがとうございましたっ!」


 ペコリ、と一度だけ頭を下げて、今度こそ去っていきました。

 その背に小さく手を振りながら、私は届かない言葉を贈りました。


「……楽しみにしていますよ、共に戦える日を」


 これにて、第22奥多摩虚数領域を舞台としたイレギュラーは、迅速に即日解決したのでした。


 めでたしめでたし。


 ……とは言いきれませんよね。

 犠牲者も出てますし。


 しかも、初めてのタイプのイレギュラーですから、調査やら何やらで延々と付き合わされるでしょうし。


 うふぁーん、誰か代わってー。

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