受け取ったバトン
音姫視点。
山梨の山中から全力疾走してきた私は、ようやくイレギュラーの発生している虚数領域に辿り着きました。
プロ級では、私が一番乗りです。
まぁ、絶対数が少ないので、仕方ない所もあるのですけど。
七段以上なんて、50人くらいしかいませんからね。
他の方々は、何処かの虚数領域に潜っていたか、あるいは遠い地にいたのでしょう。
よくある事です。
ともあれ、私は現在の状況を確認します。
それによると、ほぼ何も分からないという事が分かりました。
なんて事ですか。
おそらく、ボスを倒さなければ脱出不可という厄介なタイプでしょう。
高難度虚数領域には、たまにあるタイプですけど、こんな浅い虚数領域で発生するなんてイレギュラーはつくづく厄介ですね。
そして、更に話を聞くと、一人の指定鎮伏者が唐突に突入したらしいです。
しかも、それは先日観察していた吉田君というではありませんか。
彼、命知らずではありますが、かといって完全な無鉄砲という訳ではないと思っていたのですけど。
何が彼をそうさせたのか。
ええい、考えていても仕方ありません!
要は内部を〝見〟れば良い話です!
【魔眼】発動! 透視!
なんてことでしょう!
見えません!
なんてエネルギー密度ですか……!
クッ、あまりしたくないのですが、緊急事態ではそうも言っていられませんか!
【魔眼】、限界突破!
目への負担が大きいから、出来ればしたくない奥の手を使います。
やり過ぎると、視力も下がっちゃいますからね。
すると、先程まではまるで見透せなかった内部が、はっきりと見えました。
瞬間。
私は総毛立ちました。
「ミノタウロス……!?」
私の悲鳴を聞き付けた周囲の人間が、戦慄に騒ぎ始めました。
その脅威は、鎮伏者業界では、もはや完全な悪夢的伝説ですからね。
そんな反応をしてしまうのも、無理もありません。
私は、よく目を凝らして状況を確認します。
ミノタウロスと件の吉田君が、血みどろになりながら死闘を繰り広げています。
その身体能力から、私は少しだけ安堵しました。
オリジンではない、と。
オリジン・ミノタウロスであれば、どうにもなりません。
それこそ、世界中からトップ鎮伏者を募っての大規模討伐戦となった事でしょう。
勿論、その場合、内部に捕らわれた方々の救出は諦められます。
見殺しです。
助けられません。
無理なものは無理なのです。
ですが、オリジンではないのなら、私一人でも勝てる可能性はあります。
更に観察すれば、やや離れた場所に戦斧が落ちています。
巨大な、片刃の斧です。
両刃斧ではありません。
これで、間違いありませんね。
あれは、確実にオリジンではありません。
オリジン・ミノタウロスの武器は、雷を纏った両刃斧だったのですから。
私がそれを伝えると、周囲の方々は見るからに安堵します。
とはいえ、内部に捕らわれている方々にとっては、絶望的な死神以外の何者でもありません。
吉田君もよく戦っていますけど、勝てる気配は微塵も感じられませんし。
なので、私がサクッと乱入しようと思います。
いざ突入ーー!
しようとしたら、入り口の光に弾かれました。
ホワイ?
他の方々は、手を抜き差し出来ているのに、私だけは光の中に手を入れる事さえ出来ません。
色々と可能性を考えて、答えを出します。
まさか……まさか一定以上のエネルギー保有者を弾く構造ですか!?
そんなルール、ありですか!?
などと現実逃避してもどうにもなりません。
内部では、刻一刻と吉田君が追い詰められています。
なんとかせねばなりません。
私は、目を凝らして【魔眼】の機能を切り替えます。
決闘場、あるいは処刑場を囲んでいる壁の、エネルギーレベルを見ます。
まさか、早速にこの眼を使う事になろうとは。
そして、最もエネルギー的に薄い地点を見つけ出して、私は急行します。
「離れていてください」
回りの方々に注意を出して、距離を取らせます。
私を入れないと言うのでしたら、強引に押し入るまでです。
私は、愛用の武器――二丁の大型拳銃を抜きました。
よく似た意匠でありながら、色合いだけは真逆の拳銃。
右手には黒銀【月光】を、左手には白金【陽炎】を、それぞれに持ちます。
「【魔弾の射手】、起動」
私の攻撃用のユニークスキルを発動させました。
私の意思に従って、二つの拳銃に魔弾が装填されます。
極限まで凝縮させた特別製です。
ここまで圧縮させたのは、ボス部屋の鉄扉を特に意味もなく破壊した時以来ですね。
でも、それくらいしないと、この妨害は突破できそうもありません。
それくらいに、エネルギー密度が高いです。
左の陽炎を前に掲げます。
すると、それが展開しました。
上下にパーツが分かれ、細長く湾曲した形に変形します。
それは、長弓の形をしています。
いえ、金属質で機械的なので、和弓ではなく、アーチェリーのそれのようですね。
そして、その中心に、月光を嵌め込みました。
こちらも同じく展開し、弓に対する矢のように変形します。
陰陽弓。
連射性や取り回し易さを度外視した、威力重視の形態です。
私は、月光のグリップ部分を背後に引き絞りました。
弓に固定されたパーツと分かれ、グリップ部のみが引かれます。
そして、その間には、白と黒が螺旋状に混じった矢が形作られています。
【魔弾の射手】を通して、そこに更に魔力を込めていきます。
やがて臨界に達したと悟った時点で、私は月光のグリップを手放しました。
「陰陽、混ざりて穿ちなさい」
白黒の一矢が放たれます。
それは、石造りのように見える壁に当たると、その周囲へと威力を拡散させながら貫きました。
粉塵と轟音を発生させて、巨大な穴が開けられます。
私は、残心もそこそこに、その穴へと飛び込みました。
あくまでも、壁の一角を壊しただけです。
すぐに、周りからエネルギーが流れ込んで修復されてしまいます。
それに、中で頑張っている吉田君も、もう限界ですから。
コンマ一秒を争う状況です。
全力全開の身体強化を施した私は、まさしく風のように駆け抜けて、倒れていく吉田君を支えます。
「よく、頑張りました。
ここからは、私にお任せください」
そう告げると、安堵したように意識を失って、完全に私にもたれかかりました。