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希望を繋ぐ

 間に合った!

 いや、ホントにギリギリだったぜ!

 あとコンマ一秒でも遅かったら、可愛い妹が死んでるところだった!


 助けられたのは、全て【殻破】のおかげだ。


 これは、限界突破の機能である。

 限界を超えて、気功法の能力を上昇させるのだ。

 だが、そんな事をすれば、異常な負荷を肉体に掛ける事になる。

 タイムリミットを超えれば、強化するどころか、むしろ自壊を引き起こしてしまう諸刃の剣だ。


 そんなリスクを背負って猶、迷わず使ったからこその介入であった。


 残り時間は、そう長くない。

 それまでに目の前の牛野郎を倒さねば、俺どころか、せっかく助けた由乃も殺されるだろう。


 つまり、いつも通りという訳だ。

 ゴブリンに始まり、ファングや、ビッグゴブリンと、俺は大概にギリギリの勝負ばかりしてきた。

 今更、そんな事で怖気づくような精神をしていない。


 たとえ、それが伝説に語られるミノタウロスであろうと、だ。


 牛野郎の視線は、俺に釘付けとなっている。

 周りには、全く目もくれていない。

 俺以外は、敵にもならないという事なのかね。

 光栄な事だ。


 俺は、無言で発勁加速を行う。

 ミノタウロスも、それに合わせて突撃してきた。


 速いな!

【殻破】まで使った上での発勁加速と、ほとんど同じじゃねぇか!


 戦斧を袈裟切りに振り下ろしてくる。

 だが、そちらは遅い。

 最高速となればまた違うんだろうが、初速は明らかに違う。


 狙い目はそこだろ、なぁ?


「ふんぬっ!」


 しっかりとよく見た上で、戦斧を両拳で挟み止める。


「まずは、邪魔なものから排除だぜ!」


 発勁!


 伝導した衝撃は、予期せぬ一撃となり、ミノタウロスの握りを緩める事に成功する。


 武器持ちに対しては、異様なまでに有効な技だな、これ。

 名前付けるか。


 馬鹿な事を考えつつ、戦斧を引っこ抜くと、それを肩に担ぎ、身を回す勢いでもって切り返してやった。


 赤い雫が舞う。


「はっはー! ざまぁ――――!」


 胸元を逆に横に引き切ってやったぜ!


「どへぅっ!?」


 勝ち誇っていたら、脇腹にちょっと洒落にならない衝撃が走った。

 どうやら、ミノタウロスの野郎がカウンターで膝蹴りを叩き込んだらしい。


 内臓がシェイクされるような気持ち悪い感触の直後、俺の身体が浮き上がり、思いっきりぶっ飛ばされた。

 ワンバウンドすらさせずに、固い壁に叩き付けられる。


「っ~~、効いたぜ……!」


 激突の衝撃で凹んだ壁にめり込みながら、込み上げてきた血反吐を吐き出す。


「お兄ちゃんッ!」


 妹の悲鳴のような警告と、追撃はほぼ同時にやってきた。


「よっと!」


 壁を支点に、後転して回避する。


 ヒャー、危ねぇ!

 固い蹄が変化した指を立てた貫き手での攻撃は、見事に頑丈な筈の壁を貫いていた。


 しかし、チャンスだ。

 あまりの勢いに、肘まで埋まった状態であり、即座に次には繋げられまい。


「そいやっ!」


 壁に四肢を付いて、地面と並行に行に垂直跳びする。

 その勢いのまま、牛野郎の顔面を両拳で撃ち抜いてやった。


 全身丸ごとロケットパンチである。

 ちったぁ効いたかよ。


 仰け反った牛野郎は、その衝撃を緩和させるように後ろに下がっている。


 その結果、埋まっていた腕もあっさりと抜けてしまうが、俺は俺で無事に着地できたのだから良しとしよう。


『ブオオオオォォォォォォ……!!』

「じゃかぁしいぜ……!!」


 お互いに全力で、一歩も譲らないままに殴り合う。


 パワーでは、ミノタウロスに軍配が上がる。

 スピードなら、基礎ではあちらが有利だが、発勁加速込みでは僅かに俺の方が速い。

 そして、技量面では俺の方が上だった。


 おかげで、何とか勝負になっている。

 互いに血反吐をぶちまけながら、死闘をしていた。


 脇腹を捕まれ、強引に持ち上げられる。

 動きからして、地面に叩き付けようという魂胆だ。


 甘いぜ!


 加速される動きに合わせて、拳打を打ち出した。

 狙いは牛野郎の後頭部だ。


 油断していた野郎は、無防備に受けて、前のめりに転がった。


 俺も、パンチに気を割いていた所為で、受け身も取れずに地面に叩き付けられる。


 あー、首から落ちなくて良かったぁー!

 もしも首からだったら、折れてたな!

 間違いなく!


「チッ、脳震盪って概念はねぇのかよ」


 すぐに立ち上がってくるミノタウロスに、舌打ちせざるを得ない。

 あんな勢いで後頭部ぶん殴られたら、普通の人間なら死ねるってのに。


 苦痛を根性で抑え込みながら、俺も立ち上がった。


 ミノタウロスの貫き手が迫る。

 大振りで躱しやすい。


 それを潜るように躱す。


 そのまま懐まで潜り込んでやろうとしたが、牛野郎がにやりと笑ったような気がした。


 眼下から、膝が打ち上がってきた。


 フェイント!

 これが狙いか……!


 咄嗟に躱そうとするが、しかし背後から抑え付けられるような壁があった。

 何かと思えば、今しがた躱した腕を落として、俺の動きを封じる蓋にしていやがった。


 こいつッ!

 技を覚え始めやがったか!?


 時間をかけている内に、ゴブリンやファングが戦い方を工夫し始めたように。

 ミノタウロスの野郎も、戦いに技を持ち込むようになり始めているようだ。


「おぶぅっ!?」


 思いっきり膝蹴りが顔面にヒットする。


 くぁ、効くぅ~!


 グラリと視界が歪む。

 心なしか顔が凹んだ気もする。


 盛大に鼻血が吹き出し、口の中でも血と折れた歯の感触があった。

 なんとか直立姿勢は保った俺に、追撃の拳が迫る。


「舐めるなぁぁぁぁぁぁ!!」


 その拳を、肘と膝で挟んで撃った。


 肘膝挟み・木霊合わせ!


『ブォッ!?』


 全力のそれによって、骨が砕けるような手応えが伝わり、見た目にも蹄の指がヒビ割れている様が見て取れた。

 ミノタウロスがまさかの反撃に悲鳴を上げながら、拳を引く。


 しかし、攻撃を諦めた訳ではない。

 逆の手が、今度は貫手となって放たれていた。


「ぐっ……」


 迎撃の出来る体勢ではない。

 だから、俺は躱す事を諦めた。


 代わりに、更に一歩を踏み出す。


 右肩で貫き手を受け止める。

 肉が裂け、血が吹き出す。

 貫通まではしてないようだが、骨が折れたような衝撃はあった。


 だが、同時に俺の前蹴りがミノタウロスの顎を下から強かに撃ち抜いていた。


 相対速度込みで効いただろ、なぁおい!?


 流石に効いたのか、足元がふらついていた。

 傷を覚悟していた分の差が出ている。


 俺は、右肩を思考の外に押し出して、更に踏み込んだ。


「ぬああぁぁぁぁ!!」


 左拳で、渾身の打撃を叩き込む。

 全身を使ってのそれは、先程とは逆に、牛野郎の巨体をぶっ飛ばす程だった。


 逆側の壁に叩き付けられる牛野郎。


「はぁーーーー……はぁーーーー……」


 それでも、まだ奴は立ち上がる。


 ダメージは入っている。

 確かに傷を与えている感触がある。


 だが、致命打にはなっていない。


 こっちはもうボロボロだってのによ!


 牛野郎が走り出す。

 俺も動き出そうとした。


「ぐっ!?」


 だが、その動きが止まってしまった。


 ヤッベェ!

 殻破の時間切れだ!

 身体の崩壊が始まりやがったッ!


 攻撃を受けた訳でもないというのに、俺の全身から血が吹き出し、骨格が軋む。


 そこへミノタウロスの巨拳が叩き込まれた。


「くっ……お……」


 意識が半分以上飛ぶ。

 視界がぼやけ、ほとんど見えない。


 その薄暗い中に、由乃の顔が見えた。

 泣き出しそうな顔で、祈るように見ている姿が。


「まだ、だ……」


 なけなしの力を振り絞り、倒れる事を良しとしない。


 妹を守るのは!

 兄の務めだッ!!


「あと少しだけ……もう少しだけ動いてくれ、俺の身体よッ!!」


 あと少しで良いんだ。

 それだけの時間さえ稼げれば……!


 壁の向こうに、尋常ならざるエネルギーの塊が感じられた。

 目の前のミノタウロスとは比較にならないエネルギーの高鳴りだ。


 そいつが来るまで、持ちこたえてみせる!


 持ち直した俺に向かって、蹴り足が迫る。


「ふんがっ!」


 それを俺は、脚を上げて、足裏で受け止めた。


「コォォォォォォ……!」


 そのまま踏み潰してやる。


 大地印ッ!


 踏み潰したミノタウロスの足から、破裂するように血が吹き出した。


 そこを軸に身を回す。

 勢いを付けて、横顔面をぶん殴ってやった。


 だが、倒れない。

 踏み潰していた足が持ち上げられる。

 そこに乗っかっていた俺も同様に持ち上げられた。


 回転しながら宙に浮いた俺は、無防備に殴り付けられた。

 打ち落とすように振るわれた拳は、俺を地面に叩き付ける。


 そこに飛び付いてくるミノタウロスに、俺は下から伸び上がるように、全身のバネを使ったアッパーカットを決める。

 一瞬仰け反ったミノタウロスは、しかしすぐに立て直す。


 引き戻す勢いさえも利用した貫手が、俺の胸に迫ってくる。


 もう完全に限界だった。

 躱そうと思えば躱せたが、その次がない。

 それだけの余力が残されていない。


 だから、俺は最後の力を攻撃に注いだ。


 鋭い爪が胸下、みぞおちの辺りに突き刺さる。

 それと同時に、俺は発勁加速で全身を撃ち出し、自ら爪を押し込む様に突撃しながら、ミノタウロスの顔面に向けて一本貫手を放つ。


 俺の身体の中から、肉が引き千切れ、潰される音が聞こえる。

 硬い爪先が、背後に突き抜ける感触があった。


 当然、内臓も盛大に損傷している。

 夥しい血の塊が喉の奥から吐き出された。


 だが、同時に、俺の一本指がミノタウロスの片目を深く突き刺している。


 発勁ッ!


 渾身の一撃を頭蓋の中で炸裂させる。

 流石に効いたのか、眼窩から驚くほどの血を噴き出しながら、ミノタウロスは痙攣しながら後退した。


「へっ、ざまぁみやがれ……」


 突き刺さっていた腕が抜けた事で、支えを失った俺は、力なく倒れ始める。


 もう、本当にこれで終わりだ。

 俺の身体は、もう指一本も動かない。


 あとは……頼むぜ。


「よく、頑張りました。

 ここからは、私にお任せください」


◆◆◆◆◆


「あっ……!?」


 お兄ちゃんが、倒れる。

 一目でヤバイと分かる血を撒き散らしながら、倒れていく。


 悔しい。

 お兄ちゃんが負けた事が。


 情けない。

 お兄ちゃんを助けられない自分の事が。


 ミノタウロスは、お兄ちゃんの最後の反撃に僅かに動きを止めていたが、それも一瞬のこと。

 すぐに、止めを刺そうと動き出す。


「待っ……」


 駄目だ。

 もうお兄ちゃんは駄目だ。


 ここからは、私が助けないと。


 何が出来ると思えなかった。

 でも、それでも、ただ黙ってお兄ちゃんが殺される所を見ている事は出来なかった。


 私は勇気を振り絞って走り出そうとする。


 しかし、それよりも先に、身を震わす轟音と、一陣の疾風が私を追い越していった。


「よく、頑張りました。

 ここからは、私にお任せください」


 視線の先では、軍服のような服装をした女の子が、お兄ちゃんを支えていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 抜き手と表記されるのが、気になる。「抜き手」なら泳ぐ意味合いで使う。空手など武道なら「貫手」もしくは「貫き手」で表示されるべきと思う。 [一言] 誤字なのか分からないが、1度見付けると…
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