激憤の乱入者
もう半分も残っていない。
残りは、全員がミノタウロスに殺されてしまった。
「はぁ……はぁ……」
絶えず、全力で逃げ回っている所為で、息が辛い。
それでも、足を止める事なんてできない。
止めた瞬間には、死んでしまう予想しか出来ないから。
希望は、全くない訳ではない。
たまに、この処刑場に外から入ってくる人たちがいた。
おそらく、イレギュラーを察知して状況確認を行っている人達だろう。
入ったら出られなくなるようだが、それでも異常そのものは外へと伝わっている。
だから、耐え続ければ、きっと助けはやってくる。
問題は、それまでに私たちが生き残れるかどうかだけだ。
こちらからの攻撃は、ミノタウロスに通用していない。
足止めにもなっていなければ、そもそも見向きさえされていない。
おかげで、運否天賦でなんとか逃げ回る事しか出来ていない。
幸いにも、私の仲間たちは、皆、まだ健在だけど、でも今にも犠牲が出てもおかしくはなかった。
それ程に、ギリギリで生き残っている。
奴が振り向き、掻き消えたように動く。
目にも止まらぬ高速移動だ。
だけど、ずっと見続けてきたおかげで、完全に視界から消えるという事は無くなってきた。
目の端で、なんとか動きを追えている。
「由乃ちゃん……!」
そして、遂にそいつが私に目を付けた。
瞬発して、いつの間にか目の前に現れる。
壁の様な巨体が、私を見下ろしている。
ハハッ、何、こいつ。
馬鹿な奴。
私を殺すのに、斧を使う必要もないのに、振り被っちゃって。
ヤバ過ぎ。躱せる訳ないじゃん。
諦めにも似た心が生まれる。
だが、同時に、死にたくないと叫ぶ。
どうすれば良い?
攻撃は何も効かない。
ダメージどころか、体勢を崩す事すら出来なかった。
逃げる事だって無理だ。
あっちの方が速過ぎる。
目を付けられた時点で終わりだ。
死に瀕している所為だろうか。
今までにない程に高速で思考が巡っていた。
じゃあ、もう打つ手なし?
死んじゃうだけ?
そんな事、認められる訳ない……!
「はぁ!」
それは、咄嗟の事だった。
極限状態が産み出した奇跡のような物。
私は、普段はあまり使わない、強化系魔法をミノタウロスに向かって放った。
戦斧を振り上げていたミノタウロスは、その動きを思わぬ後押しされた結果、バランスを崩して背後に倒れてしまう。
『ブゥオッ!?』
初めて困惑したような声を漏らした。
間抜けな奴め、と内心で精一杯の勝ち誇りをする。
だけど、これで終わりだ。
もう本当に打つ手がない。
今のは奇跡のような物だ。
何度も出来る訳がないし、そもそももう魔力がない。
足もガクガクと震えてとても走れないし、息をするのだって辛い。
無様な姿を晒された事で怒ったらしいミノタウロスが、再度、戦斧を振り上げている。
次の瞬間には、きっと私は頭から真っ二つになるかな。
いや、あまりの勢いに肉片になって飛び散るのかもしれない。
どっちにしたって、嬉しい死に方ではない。
ミノタウロスが、戦斧を振り落とし始めた。
私は、諦めに目を瞑ろうとする。
瞬間、一陣の疾風が吹いた。
「ぬあぁッ!!」
『ブオッ!?』
横合いから飛び込んできた人影が、私を切り裂く直前だった戦斧を、横合いから殴りつけて弾き飛ばしていた。
あまりの勢いに、ミノタウロスの巨体も引っ張られて距離を開けている。
飛び込んできた人影が、私の前に背を向けて仁王立つ。
鎮伏協会が造っている、ダサい臙脂色のジャージ。
背中にデカデカと描かれた〝鎮伏者 参上!〟の文字がとても目を惹く。
長身で、ジャージを盛り上げる、いまだに見慣れない筋肉質な肉体。
一方で、ボサボサの長髪は、思わずハサミで斬り落としたくなるほどに見慣れている。
「人の妹に何してくれとんじゃ、牛野郎がぁぁぁぁぁぁ!!」
「お、お兄ちゃん……?」
怒りの気炎を吐き出す背に声をかければ、肩越しに振り返る。
最近、一気にカッコ良くなりつつあるお兄ちゃんの顔が、安心させるように笑顔を浮かべた。
「おう、あとは任せとけ」
そう言って、止める間もなく、お兄ちゃんはミノタウロスへと飛び掛かっていった。




