一般的攻略
由乃視点。
夏休みに入ってから、私は積極的に虚数領域にアタックしている。
今は二段だけど、あとちょっとで三段への昇段試験の受験資格が整うからだ。
まぁ、それがなくてもやっていただろうけど、やっぱり身の入り方が違う。
8月に入り、夏も本番になってきた今日は、ちょっと遠出をして奥多摩方面に足を伸ばしている。
番号は、第22。
草原型領域で、内部はひたすら広い草原が広がっているばかりだ。
外の熱気とは違い、快晴にもかかわらず心地よい気温と爽やかな風が吹いていて、とても過ごしやすい。
出現するモンスターは、四足獣型がほとんどで、稀にゴブリンが出るくらいだ。
四足獣と言っても、そのほとんどは草食獣型であり、危険度は低い。
大抵は、こちらから攻撃しなければ、無関心を貫いてくる。
ちなみに、ボスはこの広い草原を徘徊しており、特定の場所にいる訳ではない。
階層という概念もないので、難易度を設定しにくいらしいのだが、大体、11層相当の虚数領域と同程度の難易度とされている。
「突進、来るわよ!」
「受け止める!」
牛型のモンスターが、勢いをつけて突進してくる。
それを前衛の子が、大楯を地面に突き刺して受け止めた。
「ぐぅっ!」
体高にして、人の身長ほどもある巨大な牛だ。
しかも、見た目こそ普通の牛とさして変わらないが、モンスターとして通常の牛よりも遥かに強力である。
その突進は、まるでトラックにでも衝突されたようなものだ。
しかし、前衛を任せている子は、たった一人でその勢いを殺しきった。
虚数領域の中だからこその芸当だ。
頑丈なモンスター素材を練り込んだ盾と鎧は、非常に頑丈だし、彼女は前衛を務めている内に【身体強化】のスキルを会得していた。
おかげで、押し返されながらも受け止めきる事が出来ている。
「はぁっ!」
止まった側面に回り込んだ子が、槍で脇を突いた。
『ブォォッ!』
赤の雫が舞い、牛が悲鳴を上げる。
横に逃げようとした所で、私は魔法を放った。
一直線に向かう、小さな火の弾丸。
〝ファイア・バレット〟と呼ばれる、火属性の基本的な攻撃魔法の一つだ。
威力は然程でもないが、速度と連射性に優れている魔法である。
獣型である所為か、火に弱いそれは、威力が弱くとも充分に効果的だ。
的の大きな胴体部に、幾つもの穴を開ける。
そうして足が止まった所に、盾持ちの子が正面から頭にシールドバッシュを叩き付け、更に怯んだところへ槍持ちの子が突撃した。
首筋に穂先を突き込んで捻ると、それが致命打となって牛は倒れ、光の粒となって消えていく。
「やったぁ!」
「うん。よくやった」
今回は働きが無かった、もう一人の後衛の子が喝采を上げる。
私が黒魔女なら、彼女は白魔女だ。
治癒系魔法を習得しており、鎮伏者チームにおいて、何処に行っても重宝される技能保有者である。
命に直結する部分だし。
実際、彼女がいないと本当に大変だと思う。
これまでの活動の中で、何度も重傷は負ってきたが、この子がいたおかげで立て直す事が出来たし、傷も残さずにいられると思うと、心からの感謝しかない。
ボス戦なんて、致命傷を負う事が前提みたいな部分があるし。
二人でハイタッチをしながら、牛の倒れた場所に向かう。
「おつかれ」
「そっちもねー。あっ、ありがと」
休んでいた二人に、スポーツドリンクの入ったボトルを手渡す。
前衛という立場は、兎に角動き回らないといけない。
その為、肉体的疲労度で言えば、後衛の私たちとは比較にならない。
なので、こうして普段から気に掛けている。
そういう細やかな気遣いが、チーム内の不和を防ぐコツだ。
「あっ、あったよぉ~」
その間に、白魔女が草をかき分けて、魔石を探し出していた。
それだけでなく、彼女は一抱え程もある肉の塊を掲げている。
「「おお!!」」
私たちは、思わず喝采を上げていた。
牛型モンスター――タウロスのアイテムドロップは、この肉塊である。
見ての通りに、食肉だ。
だが、その味は絶品であり、下手なモンスター素材よりも高値で取引されている。
高級店などでも提供されるほどだ。
売り払って良し、自分たちで食べても良し、というお得なドロップアイテムである。
しかも、ゴブリンやファングなどと違って、ドロップ率もそこまで悪くないから、これを狙っていくのも悪い選択ではない。
今日だけで、これで三個目だし。
「良い調子ね」
「はい! お肉一杯で涎が出てきちゃいそう~」
「あと一個は出したい」
「山分けに出来るからね」
キャイキャイ、と口々に喜び合う。
ここに挑んだのは、これが理由だ。
最近、お兄ちゃんがやたら頑張ってるし、少しは労ってあげようかと思ったのだ。
体型も異様に改善されて無駄イケメン化してるし、お肉を餌に美容院まで釣り上げようという思惑もある。
出来れば、ボスを倒したい。
ここのボスは、タウロスを更に大きくした、身震いする巨牛という奴だ。
こいつの確定ドロップは、やっぱり食肉なんだけど、これが最高級品として有名だ。
末端価格において、g当たり万単位で取引されているほどである。
100g単位じゃないからね。
まぁ、一次供給者である私たちが売っても、そこまでの値段は付かないんだけど。
但し、供給者の特権として、売らずに自分たちで食べるという選択も出来る。
もしもボスを倒せたら、そのドロップは皆で分け合う事になっている。
それぞれで使い道は好きにせよ、という事だけど、まぁ多分皆、自分たちで食べるだろうね。
だけど、そういう美味しい相手である為に、狙っている同業者も多い。
広い草原の中、目を凝らせばあちこちで鎮伏者チームを見かける。
すれ違う事も多い。
こんなに密集している事なんて、虚数領域ではほぼないに等しい。
少なくとも、今までに経験した事は無い。
ボスは早い者勝ち。
誰が倒しても恨みっこ無し、というのがここでの暗黙の了解なのだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。二人は大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
「問題ない」
なので、休憩もそこそこに、私たちは探索を再開させるのだった。




