贅沢な悩み
一章完結まで書き終わったので、毎日更新になります。
最後にちょっとだけ音姫視点。
そんな訳で。
取り敢えず、経験積みの為の実験的挑戦は、ちょいと横に置いときまして。
比較的浅めの、10層以下の虚数領域を、日帰りクリアして梯子する毎日を送っております。
そんな事をしている内に7月も終わり、暑さの厳しい8月に入っていた。
これまでにクリアした虚数領域の数は、ゴーレム領域を合わせて、なんと12個である。
凄いね。
俺、何してんだろうね。
ちなみに、二段への昇段条件の一つが、10層以下の虚数領域を五種以上踏破する事だから、いつの間にか終わっちゃってるね。
まぁ、まだ他の条件をクリアしてないから、昇段は出来ないんだけどさ。
で、本題なんだが、12個中、なんと9個もの虚数領域で、エネルギーの指向性を確認できた。
虚数領域の共通性は何も思い付かないのだが、どれもが何処とも知れぬ方向にエネルギーが流れていったのだ。
俺の報告から、鎮伏協会はこれをイレギュラーの前兆の可能性あり、と判断したらしいのだが、ここからが進まない。
どうやら、他の鎮伏者では、その流れが観測出来ないらしく、サンプルが俺の報告だけなのだ。
以前にも確認されているイレギュラー現象ならば、予想して対策を取る事も出来るのだが、それが出来ない以上、鎮伏者に対してそれとなく注意勧告を出す事しか出来なかった。
そして、一部の鎮伏者、例のクレジットカードを持っている(不本意にも)選ばれし者たちには、不測の事態に備えているように、という実に対応しがたいフワッとした指令が回ってきた。
んあー、困ったなー。
いきなりこんな事になるなんてなー。
選択、早まったかもしれんなー。
まぁ、もう受け取っちゃった後だし、今更嘆いても仕方ないんだけどなー。
ああ、何はともあれ、ラーメンが美味い。
〝変容〟はもう終わった筈なのに、俺の食欲はいまだ衰えを知らない。
本当に何処に入っているのだろうか、と自分でも不思議に思うくらい、たくさん食べております。
私は青虫、腹ペコ青虫なの。
これは、あの【大食い】スキルの影響なんだろうか。
最近の虚数領域梯子アタックのおかげで、このスキルが【大喰らい】に進化したし。
相変わらず、意味が分からんな。
調べてみると、スタミナ増強効果があるらしいのだが、ただでさえ疲労軽減がある今の俺では、その効果を実感するには程遠い。
ちなみに、進化したスキルはこれだけである。
他は一切変化無しと言うのだから、遣り甲斐がないにも程がある。
まぁ、貯金は順調に増えてるんだけど。
各虚数領域のボス魔石で稼がせて貰っています。
尤も、まだポップしておらず、空のお部屋な事もあったけど。
先日の蛮刀型大剣もオークションにかけられて、かなりの値段が付いたし。
なんと、その額、260万です。
ビックリですね!
最終段階のボスが落とした物とはいえ、低位の虚数領域なので、武器としての性能はたかが知れていた。
俺には脅威だったけど、上を見上げれば、それ程でもなかったらしい。
なのだが、なんとこの武器、今までに一回しかドロップした事がないのだと。
おかげで、コレクター的意味合いでプレミアが付き、性能に比して、非常に値段が高騰したんだそうな。
わぁい、やったね!
おかげで、貯金額が300万を越えたよ!
まだ一ヶ月も経ってないってのにね!
おかしいと言うなかれ。
これには理由があるのだ。
まず、普通の鎮伏者は、チームを組む。
人数はまちまちらしいのだが、ほぼ確実に複数人で虚数領域に挑むのが基本なのだ。
そっちの方が圧倒的に安全だからね。
だが、そうすると、当然、分け前は分割され、一人当たりの取り分は少なくなる。
また、普通の鎮伏者は、武装もする。
武器に防具に、性能が高いほど比例するように高額で、大変にお金がかかる。
その為、武装の更新に貯金を吸い取られ、最初の内は自転車操業のような経済事情となってしまうのだ。
だがしかし、俺はソロで挑んでいる上に、武装もしていない(非常識)。
他人の目には死にたがりにしか見えないアホな事をしている訳だ。
まぁ、そのおかげで貯金は溜まっていく一方なんだけどな!
最初の内は食費がヤベー事になってたけど、例のカードのおかげ、あるいは所為で、大変に軽くなっているし。
使い道に困っているのが、現在の贅沢な悩みですたい。
まっ、今は必要としていないけど、その内、防具くらいは何とかすべきだとは思ってるけどね。
なんなら、由乃に何かプレゼントしても良いし。
ふふふっ、お兄ちゃんの株、大上昇間違い無しだぜ。
惚れるんじゃねぇぞぉ~?
◆◆◆◆◆
「うぬぬぬっ、目が痛くなりそうですぅ~」
協会から優先という言葉付きで、先日、一つの依頼が回されてきました。
断ると罰金付きな奴です。
曰く、虚数領域最下層に存在するエネルギーが拡散する際の流れを確認して欲しい、との事です。
何でも、どこぞの固有技能持ちが、変な流れ方をしている気がする、と証言したんだそうで。
その裏を取る為に、あちこちに依頼を飛ばしているようなのです。
私としては、何を言っちゃってくれてるんですかね、と言いたい所です。
たぶん、私の【魔眼】で見えないか、と期待しての依頼なんでしょうけど、見えた事なんてないですからね?
正直、断りたい所です。
ですけど、断るとマイナス点が入っちゃうんですよね~。
罰金くらい払っても良いんですけど、鎮伏者としてより高みを目指している私としては、減点されてしまうのはいただけません。
なので、取り敢えず挑戦するだけは挑戦している次第です。
適当に過疎ってる虚数領域を見繕って、片っ端から最下層まで踏破しております。
タイムアタックしている気分です。
プロ鎮伏者として、初心者向けの虚数領域を荒らしてはいけないと、なるべく標的を選んでいたら、いつの間にか東京を出て、今では山梨の山中を彷徨う事になっております。
まぁ、そのおかげというか、努力は実を結ぶというか、ほんのりとエネルギーの流れが目視できるようになってきました。
やれば出来るもんですね。
目がすっごい疲れましたけど。
ああ、また【魔眼】の機能に妙ちきりんな物が追加されてるんでしょうね。
こんなもの、使い処がどれだけあるのやら。
目尻をグリグリと揉みこんで、疲労を気持ち癒します。
「ふぅ……」
ほんのりと軽くなった目を開けて、小さく吐息しました。
帽子を被り直しながら、私は壁の一つを見ます。
「……確かに、妙な流れをしていましたね」
一瞬だけ拡散したエネルギーは、ある程度進んだところで、何かに導かれるように壁の一点に吸い込まれて行きました。
私の目が見る限り、この先には何もありません。
何らかの隠し通路や部屋がある、などという事は見つけられませんでした。
つまり、あのエネルギーは〝外〟に出た?
その想像が行き着く先は、悪夢の〝スタンピード〟です。
もう半世紀も前の惨劇ですが、たった半世紀とも言います。
「これは、予想以上に差し迫った事態かもしれませんね」
私は、身震いします。
これは、恐怖か興奮か。
私が現役であれる内に、この様な事態と遭遇するなんて、思ってもみませんでしたからね。
何も無いに越した事は無いのですが、一方で不謹慎にも喜んでいる自分がいるのも確かです。
ともあれ、協会の方には最優先で報告を入れるとして、私は他の虚数領域も見ていきましょう。
何か、有力な手掛かりが見つかるかもしれませんからね。




