涙が出そうな成果
そして、俺は今、第二層にいます。
だって、第一層にモンスターがいないんだもん。
歩けど歩けど、出会わないんですもん。
いつしか踏破率百%になっちゃって、仕方ないから勇気を出して第二層に進出した訳ですよ。
そしたら、モンスターとのエンカウント率がぐっと上がった。
まぁ、またもゴブリン君なんですけどね。
一応、第二層ではファングと呼ばれる大型犬サイズの獣も出るそうだけど、今のところ見ていない。
危険度では、余裕でファングに軍配が上がるらしいから、運が良いのだと思っておこう。
「どりゃあ!」
そんな訳で、俺はゴブリン君を殴り殺しております。
え? メイスはどうしたのかって?
壊れましたけど、何か?
いやね、一応、二度目という事で、今度はちゃんと当てる事が出来たんですよ。
ちゃんと頭にクリティカルな感じで。
結果、効果無し。
いやー、自分の非力さに目眩がしますね。
それとも武器が弱いのでしょうか。
そうだと良いな。
安物だしな。
で、反撃を食らってまたもピンチになったので、再び気功法発動で逆転してやった訳なんですけど。
気功法、やべーわ。
気功状態でメイスを叩き付けたら、ゴブリン君の頭がパァンって弾けたからね、パァンって。
流石にグロ過ぎて、一時、吐き気を覚えた物です。
十分くらいで忘れたけど。
んで、それをしたメイスなのですが、ボッキボキに折れてしまいました。
もう一度言おう。
気功法、やべーわ。
もうね、諦めて殴る蹴るの暴行で頑張れって言われてる気がしたよね。
我が五体こそが凶器である。
実際、そっちの方が手っ取り早いし。
もっと頑丈な武器とかあれば違うんだろうけど、質の良い武器って、高いんだよね。
値段が。
子供の小遣いじゃ、ちょーっと無理かなー、ってレベルで。
はい、もう素手で頑張りますよ。
気功法の残機に注意しながら、マイペースで頑張りますとも。
それが俺に課せられた運命です。
通算、三匹目のゴブリン君の攻撃をひらりと躱し、クロスカウンターの要領で顔面殴打で倒す。
やはり一撃必殺。
仰向けに倒れたゴブリンは、光の粒となって消えた。
小さな魔石を残して。
「ふぃー」
息を吐き出して気功を解除する。
魔石を回収して、ついでに他に何か落ちてないかと見回す。
何もなかったけど。
モンスターは、たまに自分の身体の一部などを残す事があるのだ。
それを、ドロップアイテムと呼んだりする訳だが、これが結構な高値で売れる。
普通に存在する物質より頑丈であったり、特殊な特性があったりするらしく、製造業界は競って仕入れているんだそうな。
俺たち、鎮伏者も無関係ではない。
俺たちの使う武器防具も、上質なものほどモンスター素材を使用しているのだ。
最上級になると、ミサイルが直撃しても壊れないレベルになったりするらしい。
まっ、お値段も相応にあれな訳で、俺には手が出せないんですけどね。
はいはい、俺は蛮族らしく、殴ったり蹴ったりしてますよ。
これで、魔石は三個目で、収入は三百円也。
時刻は夕方になりかけ。
朝から潜り初めて成果がこれだけとは、涙が出そうだ。
プロテクターもメイスも壊れちゃって、完全に収支がマイナスだし。
まぁ、勉強代だとそれは諦めてるんだけど。
鎮伏者の華々しい側面ばかりが、巷では持て囃されているが、中々に世知辛い現実である。
きっと、ああやってチヤホヤされたり、何億とか稼いでるのは、一部のトップ連中だけで、ほとんどはカツカツなんじゃないかな。
「……まぁ、コツコツと、な」
生き急いでも仕方ない。
出来る事からしっかりとやっていくだけである。
気を取り直した俺は、魔石を仕舞って、徘徊を再開する。
まだ気功法には余裕がある。
時間もあるし、もうちょっと粘ってみよう。
◆◆◆◆◆
「10ー下級魔石、計五個で五百円となります。お確かめください」
「ありがとーございます」
虚数領域からようやく脱した俺は、回収した魔石の換金を済ませていた。
あれから一匹を見付け、帰り道でばったりともう一匹遭遇して、今日の成果は計五匹となった。
報酬は、僅か五百円。
ドロップアイテムは、一個も無し。
しょっぱいぜ。
最下級のゴブリンくらいなら、もう危なげなく勝てるようになったのが、せめてもの慰めか。
連中、力は強いけど、そんなに動きは速くないから、冷静に見極めれば通常状態でもなんとかなる。
まぁ、こっちの攻撃が効かないから、やっぱり気功法は必須なんだけど。
所詮、初心者向けだし。
自慢にもならないんだけどね。
鎮伏者を管理している鎮伏協会は、サポートも色々と充実している。
隣接している銭湯は、戦闘証明を提示すれば鎮伏者なら無料で利用できるし、格安の衣料品店も備え付けてある。
戦闘で衣服が破損してしまう事も多いからね。
裸で帰る訳にもいかないから必要なのだ。
今の俺みたいにな!
銭湯で汗と汚れを落とす。
「うっわー、内出血凄いなー」
ボロボロの服を脱ぐと、最初の戦闘でボコボコにされた両腕が、青アザで真っ青になっていた。
確認すると何となく痛く感じるから、人体って不思議。
なるべく気にしないようにしつつさっぱりして、最安値のジャージを購入した。
着心地はまぁ良いんだけど、背中に「鎮伏者、参上!」とデカデカと書き殴られているのは、何かの罰ゲームなんだろうか。
まぁ、良いや。
我慢するしかないんだし。
外に出ると、噎せ返るような熱気を感じる。
年々、夏が厳しくなってる気がするのは気のせいだろうか。
梅雨も終わり、本格的な夏の熱気に目眩を覚えそうである。
せっかく汗を流したというのに、またもじっとりと汗が滲み出す感覚が、大変に不快です。
疲れた身体への追い討ちに嫌になるが、このまま突っ立っていても仕方ないので、トボトボと歩き出す。
きっと、今の俺の背中には哀愁が漂っているだろう。
いや、「鎮伏者、参上!」という中々挑戦的な背中だけど。
家に帰り付く頃には、完全に夜になっていた。
「ただいまー」
一応、言ってみるが、返事はない。
二階の妹の部屋に明かりはあるので、帰ってはいるのだろう。
険悪という訳ではないのだが、年頃らしい一つ下の妹との関係は冷めていると思う。
返事がないのもいつもの事として、俺は自室へと向かう。
ちなみに、両親はいない。
妹が高校に入った時点で、子育ては終わりだと宣言して、母さんは単身赴任中だった父さんの家に行ってしまった。
両親の仲が良いというのは良いことなんだろう。
今さらになって、新しい弟か妹が出来ないかと、ちょっと考える所です。
疲れきった俺は、早々とベッドの中に潜り込む。
明日も学校は休みだ。
また、朝から虚数領域に行こう。
そうと思っている内に、俺の意識は夢の世界に沈んでいった。
取り敢えず、三話まで。
これからは、ストックが切れるまでは一日に二度更新で。