前兆
そんな日常を穏やかに過ごしたその夜、俺は遂に新たな世界へと飛び込む。
今回は、第27豊島虚数領域。
主に出現するモンスターは、無機物系。
まぁ、ゴーレムという奴なんだ。
難易度的には、脱初心者レベル、らしい。ゴーレムは、力は強いし、見て分かるように頑丈だしで、初心者が相手にするのは大変らしい。
とはいえ、その防御力を突破できるだけの攻撃力があれば、動きが鈍いので、むしろファングよりも楽な相手、という事だった。
ドロップアイテムも、構成される素材がそのまま落ちるので、ゴーレム虚数領域は鉱山の様に言われたりもしている。
金銭的に結構美味しいという事だ。
まぁ、俺は金には今の所困っていないけども、俺の気功法が防御力高めにも通用するのかを確かめるには良い相手だと思ったので、やってきてみた。
上層だと、土や精々で岩のゴーレムしか出ないのだが、下層まで行くと鉄製まで出てきて、結構手こずるらしい。
ボスに至っては、宝石――種類は時々によって違う――製という中々の豪華さだ。
宝石だから頑丈って訳でもないと思うのだが、でもボス補正なのかアイアンゴーレムよりは硬くて速くて厄介らしい。
「さっ、行っくぞぉー!」
初対面の場合、いつも衝突してしまう門番のお方――そんなにノーガード戦法は異端か? 異端か(自己完結)――を華麗に突破して、いざ突入!
……………………。
してみたのだが。
「チィィィィエリャアアァァァァァァ!!」
気合い一発、ルビーゴーレムの胸の中央を思いっきり殴りつける。
一応、ボスという事で発勁付きだったのだが、衝撃が拡散したのか、ゴーレムの全身に罅が入って、美しい煌めきと共に無数の破片となって消えていった。
軽やかに着地した俺は、その結果を前に、微妙な顔で唖然とせざるを得ない。
「……クリアしちゃったよ」
はい、初見で一発クリアしてしまいました。
いや、おかしくねぇ?
俺、初心者用虚数領域ですら、一週間かかったんですよ?
成長したとはいえ、それよりも難易度が上がってて、階層も深い――最下層は第7層――虚数領域だってのに、夜が明ける前に終わっちゃいましたよ?
……気功法、成長し過ぎでしょ。
それとも、これが〝変容〟の効果ですか?
マジでヤバくねぇ?
そりゃあ、特別に優遇されますわな。
七段以上って、これを十回以上経験してる猛者なんだろ?
ヤバい集団ですわ。
世間の皆様、見目麗しいコスプレ集団とか馬鹿にしちゃあきまへんで。
ガチで化け物の集団です事よ。
喧嘩売ったら、ミンチより酷い事になります事よ。
おぉ、テリブル。
まぁ、何はともあれ。
クリアしちゃったものは仕方なし。
ボス魔石――見た目だけの素人鑑定だが、ビッグゴブリンの魔石の方が立派だったと思う――を回収し、ついでに目を凝らして周辺を漁って、ボス確定アイテムドロップである、小さなルビーを探し出した。
いや、本当に小さ過ぎですよ。
砂粒よりはマシ、ってレベル。
でも、これ一個で数十万はするんだけどね。
宝石としての価値は無いらしいんだけど、魔法触媒に有用らしく、魔法系スキルを持つ鎮伏者にとっては、こうした触媒を用いた装備は、必要不可欠らしい。
まっ、俺には関係ないんだけど。
俺、魔法系、使えないし。
その内、生えてこないかなー。
生える訳ないかなー。
だって、そういう事、してないし。
【格闘術】といい【大食い】といい、そういう行動をしていたからこそ、スキルとして芽生えたのだ。
体感で分かる。
だから、そういう練習でもしてないのに、スキルとして生えてくる事は無いと理解できる。
はぁ、その内、魔法習得講習とか行ってみようかね。
いずれ必要になる、とは聞いているんだけど、中々、重い腰が動こうとしてくれない。
興味がいまいち湧かないんだよねぇ。
まっ、そんな事は置いといて。
お待ちかねのパワーアップタイムであります。
グヘへ、これでまた気功法が進化しちゃったらどうなるかなー。
格闘術でも可だぞー。
奥のレリーフに溜まっている光の玉に触れて、弾けさせる。
なんとなく、第6豊島の物に比べて、小さいし輝きも淡かった気がする。
んー、ボスもビッグゴブリンに比べて弱く感じたし、何でかね?
あれか?
限界まで強化されたボスだと、虚数領域そのものの難易度の壁を突破しちゃってんのかね。
実際、この虚数領域は、鉱山だし。
ボスはポップする度に即行で狩られてるらしいしな。
俺が出会えたのは幸運でした。
それはともかくとして、弾けた光を浴びる。
ああ、力が、力が身に染みていくよぅ。
? …………?
なんか……なんというか、流れるエネルギーが変じゃないか?
前回はただ全方向に無秩序に拡散されるだけだった、と思う。
だけど、今回は、なんというか、方向性? どっかに向かって流れているような、そんな感じがした。
「…………あっち?」
目に見える訳ではないのだが、なんとなくの感覚で適当な方向を指差してみる。
んー、壁があるだけ。
ボス部屋の出入口だとか、何らかの装飾だったりがある訳でなし。
もしや、隠し通路か!?
いやー、もしもそうだったら、大発見ですね。
地図に記されていないし、俺が初めてだろうなー。
きっと金銀財宝ザックザクに違いない(確信)。
期待に胸を膨らませて、エネルギーが流れていったと思われる壁を調べる。
どりゃどりゃ、何処に秘密を隠しているのでござんしょ。
……………………。
ファックだぜ、ちくしょうめ。
何も見つかりゃしねぇ。
何の仕掛けも見当たらないし、試しに全力パンチをくれてやったりもしたけど、ほんのちょっとだけヒビが入っただけだった。
しかも、数秒で修復されちゃうし。
あーあ、やっぱ気のせいかねー。
時間を無駄にしちまったなー。
さっさと帰ろーっと。
◆◆◆◆◆
虚数領域を抜け出ると、恒例っぽい事情聴取を受けた。
まぁ、あれよ。
異変がないか、小まめに確認しておかないと危ないもんね。
いつもお疲れ様です。
俺の安全にも繋がるので、質疑応答に真面目に答えさせて貰いますとも。
で、その際に、ついでに例のエネルギーのおかしな動きについても報告しておいた。
勿論、俺の気のせいかも、とは前置きしてだが。
だというのに、管理者さんってば、大真面目に頷いてくれた。
何でも、ユニークスキルは、常識では考えられない機能を持つ事があるのだと。
だから、通常、目に見えるほど凝縮されないと人体では感じ取れない虚数領域のエネルギーを、俺が肌で感じ取ったとしても、何も不思議ではないんだとか。
スキルの名前からしても、〝気功〟という不思議エネルギーを操ってそうな名前だしな。
取り敢えず、その場では保留になった。
これまでに報告された事のない事例なんだとかで、異変なのかどうか、分からないんだそうな。
上に報告を上げて、詳細に調査してみるとの事だ。
で、俺の方にも、出来れば様々な虚数領域に潜って、ボス部屋のエネルギーを弾けさせてみて欲しいとも言われた。
この虚数領域だけなのか、他の場所でもそうなのか、それとも勘違いなのか。
それを出来る限り確認して欲しいらしい。
勿論、依頼扱いにするから、報酬も出すと言っていたので、遠慮なく受ける事にした。
どうせ、あちこち行くつもりだしね。
ついでよ、ついで。
ちなみに、今回のエネルギー浴では、どのスキルも進化しなかった。
ちくしょうめ。




