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普通の感性

 そんな感じで一週間が経過し、結果、俺はあれから学校に行く事なく、夏休みを迎える事となった。


 今日が終業式であり、実は昨日時点でほぼ体調は回復していたんだけど、大事を取って休んどけ、と妹様に言われてしまってはどうしようもない。

 兄の威厳は一体どこへ……。


 ま、まぁいいさ。

 気を取り直していこう。


 無事に復活し、新たな力を手に入れた(と思われる。自覚症状ゼロ)俺は、今日から別の虚数領域に移動する。

 昨日時点で、なんとなく顔見知りになっていた職員さんたちにも挨拶しておいたし、準備はばっちりだ。


 今日は、夜からの挑戦である。

 まぁ、別に大した理由がある訳じゃないんだけど、徹夜アタックとか、あるいは虚数領域内での野営経験とか、そういうのを積みたいなー、と考えただけである。

 初心者向けはどれも浅い階層までしかなく、なんなら最下層まで日帰りで行って帰ってこられるものばかりだが、難易度が高くなってくると階層も深くなってくるし、とてもではないが日帰りが出来ないものばかりになる。

 なので、こういう経験は必要なのだ、より上位を目指すならば。


 という訳で、日中の今は家でゴロついていたのだが、昼を過ぎた辺りで、家のチャイムが鳴った。


 はいはい、なんざんしょ。

 と、押っ取り刀で応えると、そこにはよく見知った友人がいた。


「よっ、元気そうだな」

「おー、お前もなー。

 学校はもう終わったのか? 何の用?」


 ザ・フツメン。

 そんな気配のするその男は、岸波軋人。学校でまともに会話する、ほぼ唯一の人物である。

 容姿だけでなく、成績関連までほぼ平均値を維持するという、何かの呪いにかかっているのではないかと疑わしく思っている。


「よっしー、せっかく夏休みの宿題という有難い届け物をしてやった俺に対して、それは失礼ってもんだぜ」

「いらんわー」


 扉を閉めようとするのだが、察知した奴は、寸前で手を滑り込ませて阻止してくれた。


「……怪我をしたくなければ、その手をどけたまえ」

「おいおい、この暑い中やってきた友達に、それはないんじゃねぇの?

 冷たいお茶の一つでも出してくれや」


 数秒ほど押し合いをして、渋々、彼を迎え入れる。

 なんか、最近、こんな攻防ばっかしてる気が。

 まぁ、士道さんの時と違って、今回はお遊びの範疇なんだけど。


「ふぃー、あっちぃーなー」

「夏だからなー」


 勝手知ったるとばかりに適当に腰を下ろした軋人は、エアコンの利いた冷たい空気を入れるべく、汗の滲んだシャツをパタパタと動かしている。

 そこに、俺は持ってきたコップを手渡した。


「ほれ。特濃緑茶」

「……麦茶とかじゃねぇんだな」

「我が家には緑茶しかないぞ」


 そういう家なのだ。

 強いて他にある飲み物と言えば、水道水くらいな物だろう。


「うっわ、ホントに特濃だぜ。にっげぇ」


 一口飲んでから、軋人は盛大に顔を顰めていた。


 それを俺は指差して笑ってやった。

 蹴られた。

 解せぬ。

 何故だ。


「まぁ良いや。忘れんうちに」


 顔を顰めつつも、喉の渇きには耐えられず、ほとんど一気に飲み干した彼は、カバンの中からプリントの山を取り出した。


「……なんか多くない?」


 受け取った俺は、その分厚さに首を傾げざるを得ない。

 あれー? 去年はこんなもんじゃなかったと思うんですけどー?


「ほれ、お前、ここ一週間休みだったろ?

 それで遅れた分を課題で補填してくれるそうだぜ?

 補習とかしないから、自分で頑張れ、だそうだ。

 良かったな」

「良くねぇよ」


 先程の仕返しか、ケラケラと腹を抱えて笑う友人を蹴ってやった。

 何故か蹴り返された。

 こいつ、足癖が悪いぞ。


「それよりもよ」


 まだ水分が足りていないのか、それとも冷気が足りないのか、氷を喰い始めた友人が話を変える。


「なぁ、よっしー。

 お前、なんか痩せてない?

 つーか、背も伸びてねぇか?」

「ああ、それか。俺も昨日気付いた。

 ここ一週間で一気に変わってな」


 現在の俺は、一週間前とは比べ物にならない姿となっている。


 以前は、身長160cmちょいで体重80kgくらいという、まぁ小太り(断言)体型だった訳なのだが。

 今現在は、身長が170台半ばくらいまで伸びており、その割に体重は地味に増えつつ、でも体型は見るからにマッチョ体型となっているのだ。

 細マッチョ感。

 服のサイズが全然合わなくて大変困っております。


 これが〝変容〟の効果なのですね!

 凄いっす!

 世で注目される鎮伏者の中に、美男美女しかいないのも納得っすわ!


「ダイエットか?

 病気になるだけダイエット」

「そりゃ画期的だな。

 命がけ過ぎるわ」

「まぁ、そんな冗談は置いといてよ。

 そんなになるくらい、鎮伏者ってやべーの?」

「ぶふっ!」


 いきなりの指摘に、俺はつい咳き込んでしまった。

 な、何でそんな。


 だって、俺、こいつにも鎮伏者になったって言ってないのに。


 そんな疑問が顔に書かれていたのだろう。

 軋人は、呆れた様な顔で言う。


「いや、分かるって。

 お前、売られた喧嘩は普通に買っちゃう人間じゃん」

「この平和主義者に向かってなんて事を」

「俺、お前が中学時代にいじめを殲滅した事件を忘れてないぜ?」

「ぐぬぅ……」


 そんな昔の尖っていた時代を引き合いに出すなど、男らしくないにも程がある。


「陰口言われてんのに気付いちゃったら、どうなるかなー、とは思ってたんだよ。

 また、中学の頃の惨劇再来かと、こっそりと心配してたんだが」

「こっそりとしてんじゃねぇよ」

「まぁ、流石に高校にも入って、暴力で叩き潰すってのもナンセンスだわな。

 正当に真っ当に見返す事にした訳だな。

 偉いぞ、よっしー」

「テメェ、上から目線だな、コラ」


 制裁をくれてやろうとファイティングポーズを取ると、開いた手を前に押し出した、待て話し合おうのポーズを取った。


 7秒で飽きた俺たちは、お互いにポージングを解除して、白状する。


「……まぁ、そういう事よ。

 二週間前に勢いで鎮伏者になっちゃいました」

「カァー、お前のその行動力って地味に凄いよなぁ。

 思い立ったが吉日を地で行くというかなんというか」

「褒められてると思っておこうじゃないか」

「褒めてねぇよ」


 ゲシゲシと脛を蹴ってくる。

 この野郎、その足、踏み潰してやろうか。


「で、どんな調子よ?

 皆さん、見返してやれそう?

 まぁ、その様子じゃもう見返せそうな気もするけど」

「そうかー? 見た目が変わっただけだぞー?」

「人間、第一印象だろ?」

「それが真理だと思いたくないね。真理だけど。

 ……まぁ、ボチボチやってるよ。

 たまに命がヤバいし、儲けを出すのも大変だけどな」


 命がヤバい方は、まぁ誰もがそうなんだろうけど、儲けの方は俺には当てはまらないんだよなぁ。

 普通の鎮伏者は、装備関連での支出が大半を占めて、自転車操業を余儀なくされるらしいんだわ。


 でも、俺ってノーガード戦法だし。

 例のクレジットカードのおかげで、食費も抑えられるようになったし。

 おかげで、プラス収支に転じております。

 この間のボス魔石も良い値が付いたしな。

 蛮刀の方は、オークション行きで、まだ金額が決まってないけど。


「うへぇー。やっぱそうなんか。

 俺には無理だな」

「なってみれば? 楽しいよ?

 野蛮生物に殴り倒されたり、犬っころに噛み殺されそうになったり、大剣で真っ二つにされそうになったりするから」

「……止めろよ。怖すぎるわ。

 俺を誘うんじゃねぇ!」


 手招きすると、なんか盛大な拒否を示した。


「何でだよー。

 一人で、地味に寂しいんだぞー」

「しかも、ソロかよ。

 お前、その内、死ぬんじゃねぇか?」

「かもしれんなー」


 軽く笑うと、呆れた様な顔をされた。


「……お前はいっつもどっかズレてんなぁ。

 普通、死ぬかもしれんって場所に簡単に行けねぇし、いくら化け物って言ったって、生き物を容赦なく殺す事も出来ねぇってのに」

「普通に生きてても、事故だなんだと死ぬかもしれないし、殺しについても魚を〆るようなもんじゃね?」

「一般人はそこまで割り切れねぇ、って言ってんだよ。

 少なくとも、俺は無理」


 そうらしいね。

 俺には分からん感覚だけど。

 だからこそ、鎮伏者をやってるって奴は、ヒーローみたいに言われる訳なんだけど。


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