シスターストップ
あまりにも酷い憔悴ぶりに、ドクターストップならぬ、シスターストップを食らった俺は、こっそりと虚数領域に来ております。
身体が鈍るからね?
でも、心配かけさせちゃいけないから、こっそりとね?
こんな不良な俺を許しておくれ、マイシスター。
場所は、いつも通りの第6豊島虚数領域。
いや、流石にね。
こんな体調で未踏の領域に挑戦は出来ませんよって。
なので、手慣れた場所で我慢です。
ちなみに、そんなに酷いのか、お馴染みの門番おじさんには、遂に自殺したくなったのか、ととても心配された。
ハハハ、嫌だなー。
今までもこれからも、今回だって、自殺するつもりなんてありませんよ?
遂にってなんだよ、遂にって。
喧嘩売ってんのか。
そんな一悶着をやり過ごして、いざ突入ー。
……………………。
まぁ、相変わらずのエンカウント率ですよね。
ボスを倒したからって何かが変わる訳もなく、普段通りの内部をしております。
華麗なステップとか出来ないし、ゴブリンを相手に真正面から気功強化で捻り潰してやる。
もう力ずくって言葉を体現している気分だな。
奴らの攻撃を身体で受け止めて、返す刀……というか拳で粉砕してやるのだから。
時には、上手い具合に拳と拳がかち合って、出力差で見事に返り討ちにしてやるという、中々爽快な場面もあったりしつつ。
いや、それにしても、流石ですね。
更に進化した気功法のおかげで、絶不調な今の身体でも、ゴブリンくらいなら余裕ですわ。
疲労軽減も機能しているらしく、外にいるよりもかなり楽に動き回っております。
昼過ぎという程好い時間で切り上げた。
マイシスターが帰ってきて、不良兄の外出に気付かれてはいけないからな。
ちゃんとアリバイ工作しておかねば。
家に帰ってから、シャワーを浴びてサッパリとする。
「……傷、残ってんなー」
その時に鏡を覗いていて気付いたのだが、頬にダンディな傷跡が残っていた。
昨日、あのビッグゴブリンにやられた傷だ。
ポーションを飲んだおかげで、痛みも無ければ、触った感触では普通な肌になっていたのだが、見た目には残ってしまっていた。
うーん、誰にも指摘されないから気付かなかったぜ。
それにしても、虚数領域の職員さんたちはともかく、由乃まで何も言わなかったのはどういう事かしらん?
単に、俺のあまりの顔色の悪さに言いそびれただけかね?
まぁ、良いか。
突っ込まれないなら、それはそれで。
学校には、ガーゼでも付けて行こう。
どうせ、今週一杯で夏休みに入るし。
面倒になるかもしれない事は、後回しにするに限る。
それ以前に、この変容がいつまで続くのかも分からんしな。
例の燃やしてしまいたい冊子によると、人それぞれとの事で、数日で終わる事もあれば、一ヶ月近く続く事もあるらしい。
なので、もしかしたら、このまま登校せずに夏休みに入ってしまうかもしれん。
という訳で、今から気にするだけ無駄だ。
まぁ、古強者感が増してラッキー、くらいの気分でいよう。
「ただいまー」
「……おかえりー」
浴室から出ると、丁度、帰宅した由乃と遭遇した。
結構、シビアな時間だったようだ。
あとちょっと粘っていたら、間違いなく無断外出が露見していた。
……明日からはもうちょっと早めに帰ろう。そうしよう。
俺に、外に出ないという選択肢はなかった。
◆◆◆◆◆
「……おかえりー」
私が家に帰ると、丁度、浴室から出てきたお兄ちゃんと遭遇した。
……体調悪いくせに、普通に立って歩くし、お風呂にも入ってるし。
いや、不潔でいるよりはよっぽどマシなんだけどさ。
でも、顔色がヤバいレベルで悪いのに、行動だけは普段通りなのは、不可思議で奇妙なものを見ているような気持ちを抱かせる。
まぁ、本人的には、慣れてる、の一言で終わらせられる程度の事なんだろうけど。
お兄ちゃんは、今でこそ健康優良児だけど、子供の頃は凄く身体が弱かった。
小学生時代なんて、元気に登校している日よりも、病院に入院している時間の方が長かったくらいだ。
その所為なのか、お兄ちゃんはとことん自分の体調に頓着しない。
多少の体調不良――通常人類なら大騒ぎしそうなくらい――なら、平然と活動してしまう。
当然、周りのこちらとしては心配で堪らない。
だって、体温が40℃を越えてても、微熱で済ませるんだもん。
41℃からが本番だとか、頭が茹だってるんじゃないの。
だから、体調が悪そうなら、こちらが気にかけてストップをかけてやらないと、その内、コロッと死んでしまいそうなのだ。
今朝も、あまりの顔色の悪さに、強制的にベッドに叩き込んで、学校にも休む旨を連絡していた。
あの体調で普通に登校しようとするとか、やっぱりおかしい。
「……どう? ちょっとは良くなった?」
素っ気なく訊ねれば、何故か親指を立てて、堂々と言い切られる。
「ああ! 全く変わらず、バッチグーだぜ!」
駄目な方向に。
「そ。じゃあ、明日も休んでなよ。
なるべく、早く帰ってくるようにするから」
溜め息を吐きたくなってくる。
こっちが幾ら心配しても、本人がこの調子なんだから。
でも、家族なんだから放っておくって訳にもいかないし。
本当にどうにかならないかな、このズレた価値観は。
「ぬ? 鎮伏者の方は良いのか?」
私の言葉に、お兄ちゃんは逆に心配するような事を返してきた。
鎮伏者を頑張りたい私としては、なるべく日を空けずに虚数領域に挑んでいる。
メンバーが揃っている時は当たり前として、揃わない時は難易度を落としたり、時間を短く区切ってなどで、工夫して安全を確保しつつ、活動してきた。
それを知っているからこその心配なのだろう。
けど、それを心配するくらいなら、自分の体調に気を配ってくれと切に訴えたい。
「別に。大丈夫だから。
それよりも、家族にポックリ死なれる方が迷惑だから」
「……俺は、死なんぞ?」
「どっから出てくるんだか、その自信。
大人しく病院行って欲しいってのに」
「嫌だぁーーーー!!
病院なんか行かねぇぞぉぉぉぉ!!」
「うるせぇ、黙れ」
「はい、ごめんなさい」
何でこんなに元気なんだか。
私なんて、38℃も熱が出たら、頭フラフラで、まともに動けなくなるのに。
「…………………」
「ん? どうした?
カッコいいお兄ちゃんに見とれたか?」
「ンな訳ねぇー」
じっと見詰めていると、そんなバカな事を鋭く言い当ててくる。
いや、別に見とれていた訳じゃないんだけど。
でも、当たらずとも遠からずな理由で、私は無言で見詰めていたのだ。
お風呂上がりのお兄ちゃんは、夏という事もあって、身体の線がよく分かる薄着をしている。
だから、よく分かってしまう。
なんか、急激に細くなってる。
贅肉だるだるだった身体が、一気に引き絞られて、腹筋なんかうっすらと割れてきてるし。
変化していると理解して、よくよく確認すれば、他にも変わっている部分があるのが見て取れた。
背が、伸びてる。
気のせいなんかじゃない。
絶対に背が伸びてる。
見上げる角度がいつもより急角度になってる。
ムカつく。
あと、朝には気が動転してた所為か気付かなかったけど、なんか右の頬っぺたに、いつの間に付けたのか、傷跡が残ってたりして、逞しさ感がプラスされてる。
けど、これは別に良いや。
深い傷口を、ランクの低いポーションで強引に治療すると、そうなってしまうらしいし。
お兄ちゃんが危ない事をしていて、ポーションを使わなきゃならない環境にいる証拠だ。
ますます鎮伏者になった疑惑が増しただけのこと。
……もしかして、成長痛か何かじゃない?
そんなバカな思考が脳裏を過った。
もうお兄ちゃんは高二だ。
成長期なんてもう終わりである。
去年から身長は伸びてないみたいだし、間違いない。
でも、だったらこの変化は一体何なのか。
「……お兄ちゃん」
「何だい、妹よ」
「変なお薬とか、やってないよね?」
「おい、俺を何だと思ってるんだ。
清く正しいお兄ちゃんだぞ?」
「本当に?
神とお母さんと私に誓って?」
「当たり前だ。
天地神明、あらゆる存在に誓って、だ」
「……なら、良いんだけど」
じゃあ、これは何だって言うのか。
まさか、贅肉という重りが無くなったから、背が今更のように伸び始めた、とか?
そんなバカな。
有り得ない……のかな?
いや、分かんないけど。
……………………。
まっ、いっか。
カッコ良くなってくれる分には、全然構わないんだし。
あとは、あの鬱陶しい髪とヒゲをバッサリするだけかな。
その内、美容院に叩き込んでやる。
「取り敢えず、色々と身体に良さそうなモノ仕入れてきたから、それ食べてよく休みなよ」
「……寝てばっかいると、頭が痛くならないか?」
「経験無いわー」
軽く言葉を交わしながら、ビニール袋を押し付けて、自室の中へと蹴り込んでやった。
本当に、手のかかるお兄ちゃんなんだから。
◆◆◆◆◆
卵、バナナ、モモ缶、お粥、イモリの黒焼き、そして酒。
「…………あいつのセンスはどうなっているんだ」
押し付けられた袋の中身を検めてみて、俺は妹のよく分からないチョイスに困惑を隠せなかった。
特に、イモリは何処で買ってきたんだ。
鎮伏協会か? あそこの購買か?
たまによく分からん物が置いてあるしな。
妹よ、何故、鎮痛剤とか解熱剤とか、その類いは一つもないのだ。
お兄ちゃん、お前の精神構造が心配。




