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鎮伏者専用クレジットカード(半強制)

 微妙な空気を咳払い一つで切り替えた士道さんは、続けて口を開いた。


「さて、実はもう一つ、吉田君には用事がありまして」

「何でしょうか?」


 怒られる事じゃないなら付き合います事よ?

 あっ、でも、明日は学校だから、やっぱり早めにお願いします。


「こちらを進呈します」


 士道さんは、一枚のカードを取り出して、俺の前に置いた。

 表面に、鎮伏協会の紋章――盾を背景に、剣と刀を交叉させたもの――が描かれただけの、簡素なカードである。


「? 何ですか? これ」

「そちらは、鎮伏協会が発行している、特別なクレジットカードとなります」

「えぇー、何ですか?

 押し売りか何かですか?」


 詳しくは知らないが、そういうのって年会費とか、色々とかかるんじゃないの?

 困るよ。

 ただでさえカツカツなのに。

 そんなの、支払えませんわよ?


 一応、鎮伏者向けに、そういうのがあるのは知ってるけど、あんまり詳しくは見ていなかった。

 だって、審査が厳しいとかで、ほとんど発行されないって言われてたし。

 持ってるのは、大概が高段者だって話だから、ペーペーな俺には無縁だと興味を向けていなかったのだ。


 嫌な顔をして、そっと押し戻そうとするが、士道さんはそれを逆側から押さえて、俺に押し付けようとしてくる。


 ぐぬっ、小癪な。


「……これも鎮伏者支援の一貫なのですよ」

「……じゃあ、ちょっとセールスしてくださいよ。

 世間を知らない学生にも分かるように」

「良いでしょう」


 おほん、と咳払いして、士道さんは話を始める。


「鎮伏協会発行のクレジットカード。

 鎮伏者の方なら誰でも申し込む事が出来ますが、これが中々発行されません。

 条件が厳しいのです」

「ええ、ええ。噂として知ってますとも。

 噂では、七段以上の高段者じゃないと発行されないとか?」


 そう言うと、士道さんははっきりと否定した。


「いいえ、その噂はデマですね。

 中段者、低段者の中にも、審査を通った方はおりますよ」

「…………へぇー、そんなんすかー」

「はい、そうなんです。

 審査基準は、幾つかありますが、大きくは二つだけです。

 一つは、精神面。

 充分な良識があり、何より鎮伏者としての活動に意欲的かどうか」

「……俺、まだ活動一週間なんですけど?」


 反論すると、にこりと微笑まれる。


「毎日毎日、欠かさずに来ていた事、私どもは知っていますよ?

 過酷で体力の消耗も激しい鎮伏者として、毎日、活動していた事を。

 いやいや、中々できる事ではありません」

「…………」


 そりゃ、なんとなく楽しくなってたのは確かですけどね?


 俺の沈黙を同意と取ったのか、士道さんは話を続ける。


「もう一つは、〝変容〟が始まっているかどうか」

「へんよう?」

「はい、鎮伏者の方に起こる変化の事です」

「……そんなの、起こってるとは思えないんですけど?」


 自覚症状、皆無ですよ?


 だが、彼は微笑んだまま、俺の変化を言い当てる。


「最近、お腹が減りませんか?

 凄く、我慢できないくらい、空腹ではありませんか?」

「…………何で知ってるんですかね、それ」


 すっげぇ心当たりのある変化だった。

 そうか、それは確かに変わってるわ。


 何なん、あれ?


「施設内の事は何でも分かりますよ。

 武具の購入履歴から、何処で何をしていたのか。

 勿論、あなたが購買でファットカロリーレーションを、毎日のように大量に買い込んでいる事も、把握しております」

「そこか。そこから足が付いたんか」


 盲点でしたわー。

 いや、あんだけあのクソ不味いレーションを買い込んでいれば、目を付けられるのも不思議じゃないか。


「〝変容〟とは、鎮伏者の肉体が、虚数領域に適応する現象だと言われています。

 詳しい原因などは分かっていないのですがね。

 一説には、虚数領域のエネルギーを一定量取り込む事で起きる、と言われていますが、真偽は未解明です。

 統計によると、身体強化系の技能を多用する者ほど、起きやすいようですが」


 すっごい心当たりがあります。


 はい、身体強化しまくりです。

 だって、それがないと戦いにならないんですもん。


 そっかー、あれが原因だったのかー。


「……人体への危険性とかは」

「変に我慢せず、ちゃんと食事をしていれば問題はありませんよ。

 我慢すると、変化に身体が追い付けずに、衰弱死してしまいますけど。

 ああ、それと途中で筋肉痛に似た痛みや発熱などといった症状があるそうですが、まぁそれで死んだという例は報告されていないので、心配せずとも良いでしょう」

「そっすか……。良かったです」


 一安心です。

 ほっと一息。


 そうしている間も、士道さんの話は続く。


「〝変容〟が起きる鎮伏者は貴重な存在です。

 虚数領域対策における切り札と言っても過言ではありません。

 なので、協会の方から支援をしているのですよ」


 これもその一つだと、押し合いをしているクレジットカードを示す。


 現在、若干、不利である。

 だって、そう言われちゃうとちょっと気になるじゃない?


「武具などの購入に割引が付く。

 割りの良い依頼を優先的に回して貰える。

 協会が蓄積している情報の限定的な閲覧解除などなど、特典は実に様々ですが、変容中の方にとって何よりも大切な事は、ただ一つ」

「…………何でしょうか?」

「協会が提携している食事処において、その代金の大半を協会が負担します。

 具体的には、約八割ほど」

「ありがたく頂戴します!」

「理解が早くて助かりますよ」


 ひゃっほう!

 これで爆上がりしまくってたエンゲル係数がまるっと解決ですよ!


 ありがてーありがてー。


「一応、調べれば分かる事ですので、ここで申し上げますが、デメリットも勿論あります」

「聞きましょう」


 大分、受け取る方向に心の天秤が傾いている俺は、素直にそれを拝聴する。


 多少のデメリットくらいなら、受けて立ちますよ?

 だって、食費がやべー事になってましたもん、最近。

 それを肩代わりしてくれるなら、大抵の事は無問題だ。


「えー、協会の方から依頼……というか、ほぼ強制的なので、任務と言った方が適切ですかね。

 そうした物を回す事があるのですが、これを断ると罰金が発生します。

 ちょっと凄い金額が」

「……ほほぅ?」

「そして、イレギュラーやスタンピードが起きた際には、真っ先に召集される事となります。

 通常の方ならば、参加は任意の判断で、となりますが、このカードを発行されている指定鎮伏者の方は強制召集です」

「もし断ると言うか、逃げたら?」

「逮捕されます」

「……マジですかよ」

「大マジです。

 最低でも禁固十年は固いですね。

 しかも、鎮伏者免許が剥奪され、再発行はされません」

「……成る程」


 要約すれば、普段の生活とか探索とかでは色々と便宜を図ってあげるから、いざという時には最前線で命を懸けて戦ってね、という事だろう。


 うーむむむ。悩ましい。


 とはいえ、だ。

 条件としては、かなり緩いとも言える。


 だって、そもそもが鎮伏者とは命懸けである。

 俺だって、たった一週間ちょっとの活動で、三回も死に目に遭っているのだ。


 今更、命懸けで戦え、って言われても、だから何?

 っていう気分である。


 それに、スタンピードとかが起きれば、他人事ではいられないというものだ。

 いつ自分のすぐ側でそれが起きるか分からず、それに家族とかが巻き込まれる可能性を考えれば、関わる権利を持っていた方が得策……な気もする。


 妹を守るのは、兄の務めだしなー。


 家族という言葉で連想するのは、可愛い妹の顔だ。

 両親は、うん、そこまででもないか?

 あの人ら、自分達の事は死んだ物と思え、なんて言って家から出てったしなー。

 もう遺書まで用意してある辺り、本気で自分等の人生を終わらせ過ぎだろ。

 一応、生活費が定期的に振り込まれているから生きている事は分かるのだが、いつかコロッと死んでしまいそうである。


 まぁ、それはどうでもいいとして。


 そんな訳で、俺の心は受け取る方向にかなり傾いた。


「……まぁ、良いでしょう。

 それくらいなら、構いません」


 押し合いを止めて、カードを手に取ると、士道さんはあからさまにほっと一息吐いた。


「それは良かったです」


 その様子に、俺はじっとりとした視線を向けて問い質してみる。


「……これを受け取らなかったら、なんかあったんすか?」


 主にあんたに。

 俺には、多分、何も罰則とかはないと思うんだけど……いや、分からんな。

 こんな裏工作じみた事をする連中だ。

 何をされるか、分かったもんじゃない。


 ああ、怖い。

 国家権力には逆らわんよう、こっそりと生きていきたいね。


「あなたには、特に何も。

 ただ、私の評価にマイナスが付く所だっただけです」


 幸いにも、士道さんは俺への制裁的な物は無いと言ってくれた。

 本当かどうかは分からないけども。


「それだけでマイナスが付くとか、厳しくないですか?」

「それくらい、人材不足が厳しいという事ですよ。

 まぁ、代わりに、あなたが受け取ってくれたおかげで、逆に私の評価が上がるのですけど」

「なんて両極端な」


 ビックリする程に極端な査定だった。

 大人の世界も大変ですね。


 士道さんは、苦笑で俺の視線をはね除けて、二冊の小冊子を取り出す。


 一冊は、鎮伏者専用クレジットカードの案内のようだ。

 受付カウンターなどに無料で置かれているのを見た覚えがある。


 もう一冊は、鎮伏者の変容について、などと書かれている。

 ご丁寧に、赤インクで〝極秘〟なんてハンコまで押されていたり。

 いやー、受け取りたくないっすわー。


「まぁ、見ての通りの代物ですが、受け取って下さい」

「いやー、片方はともかく、もう片っ方は嫌っす」

「まぁまぁ、そう言わずに。

 ご自分の胸の内にだけ留めておいてくれれば良いのですから」


 と、そんな感じで押し付けられるように受け取らされた。


 これ、燃やしちゃダメですかね?


「変容は、その特性上、大変な危険性を孕んでおります。

 なので、よくよくその特性を理解すると共に、不特定多数の方に知られないように注意してください」

「……はい。

 あの、もしも俺が原因で知れ渡ったら……」

「それについての明確な回答が……必要ですか?」

「……いえ、大丈夫です」


 とても綺麗な笑顔の前に、俺は撃沈するしかなかった。


 あーもー!

 こうなりゃヤケじゃー!

 腹一杯になるまで食い散らかしてやるぜー!

 とことんカードを利用してやるわー!


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