事情聴取
帰り道は、気功法全開で突っ走って参りました。
いやもうね、パワーアップしまくったおかげで、あの蛮刀型大剣も軽いの何のって。
疲れも全然溜まらないし、道中に遭遇したモンスター共も楽勝で薙ぎ払えましたよって。
だって、あの素早いファングすら、余裕で後ろに回り込んだりできるし、頑丈な毛皮ガードの上からのパンチでも一撃必殺出来るし――発勁すら使ってないですよ?――で、もう超楽しい。
強いって良いね!
ペーフ配分とか考えなくても普通に入り口まで辿り着けるんだから、疲労軽減の進化具合も素晴らしいであります。
で、意気揚々と虚数領域から出たのだが、
「第6豊島虚数領域の攻略、おめでとうございます。
早速ですが、こちらへどうぞ」
待ち構えていたっぽい職員に捕まって、管理者用の奥へと連行されてしまった。
お、俺は無実だ。
何もしていないぞ? ほ、ホントだよ?
なんか質の良さそうな応接室に通された俺は、柔らかなソファに身を預けております。
極楽極楽~。
我が家にも導入したいな、このソファ。
ちなみに、邪魔な蛮刀型大剣は、途中で別の職員さんたちに預けた。
重そうに持っていくのが印象的でした。
いやー、助かりましたわ。
だって、虚数領域を抜けたら、俺も常人だからな。
抱えてるだけで、腕も足もプルプルする有り様よ。
クククッ、地球の重力に苦しむが良い……!
まぁ、それは良いとして、俺は本当に何で呼び出されたんでしょうか。
それも、着の身着のままで。
着替えてないから、いまだに例のボクサースタイルですよ?
品の良い応接室に、半裸の男が一人。
不審感バリバリですね?
まぁ、この待遇からして、何かをやらかした訳ではなさそうだし、そう警戒しなくても良いかな?
そんな事よりも、お腹が空いたから、お菓子をいただきます。
そして、出されたお茶とお茶菓子を遠慮無くいただいていると、少ししておじさん職員がやってきた。
「やぁやぁ、待たせてすまないね」
気安い挨拶をするのは、少しばかり髪に白の色が混じり始めた中年男性だ。
メガネをかけ、柔和な笑顔を浮かべており、こちらの警戒心を解きほぐすような雰囲気があった。
「あっ、ごめんね。私、こういう者です」
「ご丁寧にありがとうございます」
そう言って、名刺を差し出される。
名刺なんて貰うの、初めてで御座いますよ?
普通の学生には縁のない代物ですからね!
社会人になったら、山ほど貰うようになったりするのだろうか。
管理がメンド臭そう。
いや、そんな事はどうてもいい。
名刺を見ると、〝鎮伏協会 第6豊島虚数領域 管理責任者〟〝士道信喜〟と書かれていた。
なんと、この虚数領域のトップ様ですか。
ゴマすりした方が良いのですかな?
いや、もうクリアしたから、次からは他の領域に移るつもりなんですけど。
というか、名刺を貰ったら、自分も返す物なんだっけ?
でも、俺、そんなもんないし。
み、身分証明とかで許して貰えませんか?
「あ、あっ、自分、こういう者です」
取り敢えず、バックパックの中から鎮伏者カードを取り出して提示してみた。
ふぅ、ボス部屋で確認したばかりで良かったぜ。
おかげで、取り出しやすい上の方にあったからな。
「はい。知っていますし、そんな恐縮しなくても大丈夫ですよ、吉田義之君」
「……そっすか?
じゃあ、もうちょい砕けさせてもらいまして」
くっ!
社会経験の少ない俺では、これが社交辞令なのか本気なのか、判断が付かないぜ!
なので、言葉通りに受け取って、ちょっとだけ力を抜いておきましょう。
これが正解であれ……!
「さて、早速ですが、話をしましょうか。
もう夜も遅いですし」
「あっ、はい」
実はもう宵の口である。
ボス戦は昼過ぎ、おやつの時間くらいだったので、結構な時間を俺は寝ていたようなのだ。
まぁ、おかげで眠気も全くないんだけど、一応は未成年である俺を深夜まで拘束するのは、外聞が悪いのだと思われる。
「まずは、主の討伐、おめでとうございます」
「はぁ、ありがとうございます?
あの、質問を良いですか?」
「何でしょうか?」
「何で俺がボス討伐した事を知ってんですか?」
「ああ、その事ですか」
士道さんは、僅かに苦笑いを浮かべてから、ことの真相を語る。
「鎮伏協会は、虚数領域のスタンピード現象の限界時間管理も行っていましてね。
常時、内部のエネルギーレベルを観測しているのですよ」
「へぇー」
「それで、数時間前に当領域の内圧が急激に低下した事で、主の討伐が成ったのだと判断したのです」
「……それは分かりましたが」
「が?」
「何故、俺って?」
証拠のボス魔石や蛮刀型大剣を提出した後なら分かるのだけども。
まるで、待ち構えていたように職員がいて、何の確認もないまま祝われて連行されたのだ。
とても不思議である。
「そりゃー、うちに出入りしている鎮伏者の事は把握していますから。
人気の領域なら、数が多くてそう簡単にはいかないでしょうが、うちくらいの規模なら出入りする全ての鎮伏者は分かっております」
「というと……」
「勿論、あなたの事も知っておりますよ。
活動期間が僅か一週間でありながら、下層まで進出しているという事で、私どもは注目していました。
近頃の鎮伏者の中では、ボス討伐を成し遂げるのはあなただと、睨んでおりましたから」
「つまり、勘だと?」
「言ってしまえば、そうですね」
ふふん。
監視されていたような感じは不快感があるものの、注目されていたというのは悪い気分ではない。
比率としては、不快感3に良い気分7くらいだ。
いやー、才能がありすぎて困っちゃうなー。
はっはっはっ。
「まぁ、そんな次第でして。
それで本題なのですが、主や下層の様子について調書を取らせていただきたいのですよ」
「と、言いますと?」
「イレギュラーの発生、その前兆、あるいはそのものが起きていないかを確認したいのです。
何分、下層までとなると、中々調査の手が伸びませんので。
こうして有力な鎮伏者の方にご協力していただいているのです」
「なるほど。そういう事ならば、喜んで」
有力と言われて機嫌の良くなった俺は、下層やボスについて、質問に答えていく。
おおよそ質問の内容は決まっているのか、士道さんは次から次へと淀み無く質問を投げ掛けてくる。
俺も、それに真面目に正直に答えていく。
だって、イレギュラーの発生って、鎮伏者にとっては命に直結する重大事だし。
今のところ出会していないから、その脅威を体感はしていないが、講習では口を酸っぱくして注意された。
死にたくない俺としては、その対処に協力してくれと言われれば、協力するに吝かではない。
まぁ、先陣きって突っ込めって言われれば、断固拒否させていただく所存でありますが。
30分ほどに及んだ質疑は、ようやく終わりを迎えた。
「はい、ありがとうございました。
以上で質問は終わりです」
「そうですか。
……なんか、前兆らしき物はありましたか?
俺としては、いきなりモンスターの数が減った事とか、ボスがやたらと強かった事が気になるんですが」
ここしか経験のない俺では、確たる異変は分からないのだが。
それでも、その二つは分かりやすく異常だと思えた。
先に進めないくらい密度の高かったモンスターが忽然と消えたのは変だし、ボスも初心者向け虚数領域にしては、やたらと強かったと思う。
明らかに道中や取り巻きの雑魚と比べて強すぎる。
だが、士道さんは苦笑いで首を横に振った。
「いえ、それらは特に不思議な事ではありませんよ。
原因も分かっていますから」
「え? そうなんですか?」
マジですか。
鎮伏協会って、世間的には命を懸ける鎮伏者から金をせしめる悪徳組織ってイメージなのに、意外と出来る奴なのか?
「はい。主の強さは、単に放置していたからですね。
ここは初心者向けですから。
なるべく、低段者の方に経験を積ませる為に、主の討伐をギリギリまで放置しているのです。
まぁ、その結果、とても低段者の方では勝てない強さにまで成長してしまう事も多くあるのですが」
「……本末転倒じゃないっすか?」
「ハハハッ、耳が痛いですね。
……今回、吉田君が遭遇した主は、最終段階に至った主と然程違いはありません。
異変とは言えないでしょう」
「そうなんですか。
……じゃあ、モンスターがいなくなったのは?」
納得できたので、もう一つの異変について訊ねる。
すると、何故か士道さんは目を逸らしながら、小さな声で答える。
「……恥を晒すようなので、秘密ですよ?
実はですね、昨晩、何か嫌な事があったらしい高段者の方が、酔っ払ったままふらりとやってきまして」
「はぁ……」
「憂さ晴らしに雑魚モンスターを盛大に虐殺していったのです。
おかげで、大変に間引きが進んだのでしょう」
「なんと言いますか……。
迷惑と言うべきか、よくやったと言うべきか、迷う所ですね」
「全くです。
とはいえ、今回は良い方向に転がったようなので。
鎮伏者業は、結果良ければ全て良し、とも言いますから」
「そうっすね……」
そういう事らしい。
なんとも嵐がやってきたような話である。
まぁ、俺個人としては、丁度良いタイミングだったと感謝したい所だ。
しかも、雑魚だけで満足して、ボスには手を出さなかった事もグッドである。
……都合良すぎじゃない?
とも思うが、そういう事もあると納得しておこう。
厨二病でもあるまいに、何でも陰謀を疑うのは良くない。
うん。




