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初めての死闘

 第一層で出現するモンスターは、ゴブリンと呼ばれる小さな人型モンスターだ。


 緑色の肌をしており、身長は精々成人男性の胸に届くかどうかという程度らしい。

 但し、力はそこらの大人顔負けであり、武器こそ持っていないが鋭い爪や牙があるので、油断してはいけないとの事だ。


 基本的に、この階層では群れる事は無いらしい。

 下層や、もっと難しい虚数領域であれば、武装していたり、集団であったり、更には魔法を使ってきたり、と、とても多彩なのだが、ここで出現するのはそんな事は無いという話である。

 だからこそ、初心者向けなのだが。


 第6豊島虚数領域は、内部構造が固定なので、地図も情報として売り出されている。

 命を無駄に捨てたくない俺は、ちゃんと購入しておりますとも。


 だから、下層への正解ルートはしっかりと把握しているのだが、いきなり下層に向かう勇気はない。

 まずは、最初のモンスター退治をこなし、なんとかやっていけるという自信を付けてからでないと、恐ろし過ぎてやっていられない。


 なので、踏破率百%を目指しています、と言わんばかりに第一層をうろちょろと徘徊している。

 なのだが、一時間歩いても、モンスターの影も形も見えない。


 ……流石に、第一層では出現率が低いのでしょうか?

 ここは意を決して第二層に向かうべきでしょうか?


 悩ましいと思いつつ、踏ん切りが付かないまま、更に一時間ほど経過する。

 そろそろ三時のおやつの時間になりそうになった頃、ようやく遠くに小さな人影が見えた。


 間違って子供の鎮伏者を殴り殺してしまいました、なんてなっては目も当てられないので、こっそりと抜き足差し足忍び足で近付いてしっかりと確認する。

 まぁ、足元が砂利なので、隠密行動はいまいち出来ていないけども。


『ギィィィィィィ!!』


 俺の接近に気付いたらしい小さな人影は、無駄に甲高い叫びを上げながら振り返った。


 まぁ、なんて顔色の悪い。

 青ではなく緑でしてよ?


 はい、ゴブリンけってー!

 ぶっころ!


「おらぁ!」


 俺は大上段からメイスを振り下ろした。


 脳髄撒き散らして死ぬが良い!


 そう思ったのだが、ゴブリン君はあっさりと躱してくれて、メイスは地面にめり込んだ。

 あっ、ちょっ、タイム。


『ギヒャア!』


 俺の願い虚しく、卑怯にも隙を突いてきたゴブリンが腕を振る。


 大振りの攻撃だが、運動不足な俺は反応しきれない。

 とっさに身を反らすが、爪先がプロテクターに引っかかって引きずり倒されてしまう。


「うおおぉぉぉ!? 舐めんな!」


 左腕に装着した円盾で、ゴブリンの顔面をぶん殴るが、いまいち効いていない感じ。

 ちょっと顔の向きを変えられたくらいで、獲物の反攻にむしろ怒りのボルテージが上がっている御様子。


「あ、ごめん……」

『ギィッ! ギヒャアッ!』


 ゴブリン君は、怒りに任せて暴れ狂う。

 俺に馬乗りになると、滅茶苦茶に腕を叩き付けてくる。


 おい、ふざけんなよ。

 これの何処が初心者向けだよ。

 めっちゃ強いやん。

 そんな事を言った奴は殴ってやる。


 俺はなんとか腕を盾にして顔を守っているが、もう腕が凄く痛い。

 折れてんじゃねぇの、ってくらいに痛い。


 だが、一方的に殴られていると、俺もふつふつとした怒りが湧き上がってくる。


「テッメェッ! ふざけんのも大概にしろや、緑野郎!」


 怒りに任せて、気功法を発動する。


 途端、痛みが消えた。

 いや、痛いは痛い。

 しかし、それはこれまでに蓄積したダメージであり、新たに叩き付けられるゴブリンの拳は、ほとんど効かなくなっていた。


 動体視力なのか反射神経なのか、その辺りも強化されているのだろう。

 腕の隙間から見えるゴブリンの動きは、非常にスローに見えていた。


 いける!


 そう悟った俺は、上体に力を入れて、腹筋の要領でゴブリンを跳ね飛ばす。


『ギヒャッ!?』


 獲物の突然のパワーアップに、ゴブリンは困惑したような叫びを上げて転がった。


 立て直す暇など与えん!

 そのまま死にやがれ!


 俺は固く拳を握りしめ、思いっきりゴブリンの鼻っ柱をぶん殴ってやった。


 グチャッ、という鈍い水音と感触が広がる。

 拳は手首までめり込んでいる。

 これ、普通に致命傷だよね?

 HP式な感じで、何事もなかった感じで動きだしたりしないよね?


 拳を引けば、凄惨に顔を凹ませたゴブリンの頭部が見えた。


 ゴブリンは、一度、大きく痙攣するとぐらりと倒れ、次の瞬間には淡い光の粒に分解されて消滅した。

 モンスターは、死ぬとこうして消えるという話だから、ちゃんと死んでくれたのだろう。


「はぁ~~~~……」


 俺は、初勝利の余韻よりも、取り敢えず生き残ったという安堵感にへたり込んでしまった。


「先、思いやられるわ~」


 最下級に等しいゴブリン一匹に、この苦戦具合とか、鎮伏者の道は厳しいものなのだとよくよく理解させられる。

 これは、確かにヒーローですわ。

 皆に持て囃されるのも納得の過酷さですよって。


 でも、頑張るって決めたんだから、頑張らないとな。


 数分くらい、へたり込んだまま呼吸と気持ちを落ち着けていく。


 ようやく精神が再起動した俺は、のろのろとゴブリンの消えた場所を漁る。

 そして、砂利に混じるように落ちていた、指先代の黒い石を見つけて、拾い上げた。

 薄暗い此処だと、その中に仄かな光が灯っているのがよく見える。


 魔石、と呼ばれる、モンスターの核である。

 外では、これを利用した魔石発電所なども造られており、虚数領域が災害と同時に人類に恩恵をもたらす物だと言われる所以だ。


 まっ、こんな小っちゃい石ころじゃ、流石に大した価値もないけど。


 買い取って貰っても、百円くらいだった筈だ。

 子供の小遣いかよ。

 先程の死闘の対価がそれじゃ、割に合わないにも程があるわ。


 プロテクターも壊れてるしな!

 やっぱ安物はダメだな!


 っつか、メイス、使わなかったなー。

 拳で殴り殺しちゃったい。


 うーん、気功法、強し。


 発動中は、ゴブリン君の攻撃もほとんど効かなかったし、拳で一撃必殺だったし、雑魚モンスターの名に相応しい呆気なさだった。


 まぁ、素の能力だと、余裕で俺の敗けなんですけど。

 武器防具あっても、フルボッコにされましたけど。


 …………いるか? 武器防具。


 もう気功法オンリーで頑張った方が良い気がしてきたんですけど。


 いや、いやいや、待て待て、俺様。

 気功法は十回くらいでガス欠しちゃうんだ。

 慣れてくれば、ゴブリンくらい、素で倒せるようになる筈だ。


 うんうん、何事も練習ですよ。


「よっしゃ! もういっちょ、頑張ってみましょー!」


 ちょっと嫌な現実から目を逸らして、俺は気合いを入れ直して第一層徘徊を再開した。

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