駆除依頼
ようやくヒロイン枠の登場です。
ここまでで五万字とか、長過ぎではないでしょうか。
自分で書いててなんですが。
「……以上で、各区の報告を終えます」
「ふむふむ、イレギュラーの前兆は確認されず、と。
平穏な事は良いことですね~」
東京都鎮伏者協会定例会が、開かれていた。
各区及び各市の責任者が集まり、担当地区で起きた問題や新規の注目株を報告する集まりである。
月に一回は開かれており、密に連携を取る一助となっている。
最初に、最も重大な議題であるイレギュラーエンカウント――通常では有り得ないモンスターの出現や虚数領域の想定外の変容など――の発生、もしくはその前兆現象の確認をそれぞれに報告し合っていた。
とはいえ、今月は何も無し。
何処の地区でも、イレギュラーの確認はされていなかった。
「それは良いことですが、少し不安にもなりますね」
「先月も無しでは、な。
嵐の前の静けさでなければ良いのですが」
「とはいえ、前兆がないのではどうしようもありませんよ。
我々は、虚数領域が何なのか、いまだに分かっていないのですから」
「そうですな。
出来る事と言えば、より優秀な鎮伏者を育成・確保する事くらいですし」
問題が起きていれば憂鬱にもなるが、問題がないならばないで不安が募るという嫌な立場に、彼らは一様に溜め息を吐き出した。
気を取り直すように、議長が咳払いをして、次の議題へと移る。
「まぁ、不安ばかりを語っても仕方あるまい。
……続いては、主討伐が滞っている領域についてだが、何処かあるか?」
虚数領域の主――所謂、ボスは、スタンピードのリミットに大きく関わる存在である。
そして、リミットを割り出す計算式が導きだされている以上、そのリミットを越えないようにしっかりと管理せねばならない。
もしも怠慢でスタンピードを起こそうものならば、間違いなく首が飛ぶ――比喩でも冗談でもなく――ので、皆が正直に告白するものである。
尤も、そもそも隠しだてする理由もないのだが。
手を上げたのは、新宿区と豊島区の長官だった。
「まずは、新宿区の方から聞こうか」
「はい。
……先月にも報告した第13領域がいまだ討伐されておらず、リミットが近付いております。
試算した所、あと半月ほどがリミットと出ました。
こちらについては、現在、当領域に挑戦中の鎮伏者グループでは間に合わないと思われますので、討伐依頼を申請します」
一応、鎮伏者は個人営業者に属する。
なので、何処の虚数領域に挑戦するかは自由であり、協会の方で完全にコントロールする事は出来ない。
とはいえ、そうして放っておいた結果、スタンピードが起きてしまっては目も当てられないので、限界が近付けば高段鎮伏者に討伐依頼が出される事になる。
出来れば、そんな事をせず、より鎮伏者の実力を上げる為に、適正な実力者に頑張って貰いたい所だが、現実的なリミットがある以上、そう悠長にもしていられなかった。
中々、悩ましい問題である。
「うむ、分かった。手配しておこう」
「有り難う御座います。また、第3領域なのですが……」
「相変わらずか」
「はい、変わらず閑古鳥が鳴いている有り様でして。
リミットにはまだ猶予がありますが、手配の用意はしておいた方が良いかと」
「分かった。そちらについても見繕っておこう。
……では、次に豊島区の方はどうだ?」
「はい。第8、第17領域が限界に近付いております。
どちらも一ヶ月を切りましたので、ご手配をお願いします」
「うむ。分かった。
……第6も、先月に報告していなかったか?
何者かが討伐したのか?」
「いえ、まだです。
ただ、そちらには、最近、活きの良い新人が挑戦しておりますので、限界まで待ってみようかと」
「ほう! それは朗報だな!」
鎮伏者業界は、常に人材不足である。
かつての悲劇からの復興と、不断の好意的宣伝のおかげで、鎮伏者として登録する者は年々増加している。
だが、一方で高難度の虚数領域に挑み、ボスを討伐し得る英雄級の存在は、非常に少ない。
大抵の者は、過酷な現実に心が折れるか、ある程度の所で満足して立ち止まってしまうのだ。
スタンピードの悲劇を繰り返さない為にも、より優秀な人材は一人でも多く欲しいが、中々、上手くいかないのは協会が持つ頭痛の種であった。
そんな中で、区長から注目されるほど活きの良い新人が現れた、となれば、期待を膨らませずにはいられなかった。
「新人報告の場で言うつもりでしたが、せっかくなのでこの場で共有しておきましょうか」
豊島区の担当者は、そう言って件の鎮伏者の情報を端末経由で各人に送付する。
「吉田義之、か」
「登録してからまだ一週間だぞ? 大丈夫か?」
「いや、だが、ユニークスキルを初期から所持しているぞ」
「既に一回ほど成長しているようだな」
「……何で格闘術なんてスキルが生えてるんだ?」
「武器購入履歴を見てみろ」
「一回だけ購入して即日廃棄処分、以降の購入履歴は無し、とは」
「まさか……まさか、殴って戦っているのか? モンスターと?」
「馬鹿だ。真性の馬鹿だぞ、こいつ」
「単独で虚数領域に突入って、アホなんじゃないのか?」
「だが、一方で一週間で増殖地帯にまで進行しているぞ?」
「……活きが良すぎじゃないか?」
送られてきた情報を読み込み、口々に感想を言い合う。
それ程に、件の鎮伏者は常識から外れた行動をしていたのだ。
確かに、これならば期待もしたくなるだろう。
注目するのも当たり前だ。
むしろ、しなかった方が無能と断じられるだろう。
「読んでいただいた様に、相当にヘンテコな人物ですが、鎮伏者としての素質は充分に見られます」
「まぁ、一週間程度で頭角を現す者もいるし、早すぎるという事もないな。
この分ならば、確かに近い内に豊島の第6くらいならば踏破できるだろう。
問題は……時間か」
「はい、そうです。
先月も報告したように、第6領域はリミットが近付いております。
彼の攻略よりも早く、溢れだしてしまう可能性は充分に考えられます」
「……少しばかり、テコ入れが必要か。
皆はどう思う?」
有望な新人の為に、協会側から援助する事がある。
とはいえ、大っぴらにやってしまっては、他の鎮伏者から不平不満が続出してしまうので、裏からコッソリと、直接的ではない援助に限られるが。
そうした援助を彼に行うべきか、議長が意見を募るように参加者たちを見回す。
「良いのではありませんか?」
「うむ。主討伐は、鎮伏者にとって良い経験だ。
こいつには、是非とも頑張って貰いたいしな」
「お膳立てくらいならば、問題はないでしょう」
反対意見は出なかった。
「よろしい。では、そうだな。
軽く増殖地帯の掃除依頼を出しておくか。
誰が良いかな?」
すると、一人が手を上げた。
「乙倉七段が良いのではありませんか?」
「ん? ああ、あの最年少の娘か。
ふむ、何故だ?」
「見る限り、彼の活動記録は乙倉七段のそれと酷似しています。
ユニークスキルの初期所持、単独での活動、そして順調な成長。
これらを鑑みるに、気が合うのではないかな、と」
「……合う、と思うか?
確かにその辺りは共通するが、モンスターと殴り合う馬鹿だぞ、こいつは」
「……まぁ、そればかりは。
とはいえ、興味は示すかと思います。
いい加減、チームを組んでほしいですからね、彼女には。
高難度虚数領域に単独で挑むには、どうしても限界がありますから」
「それもそうだな。
……よし、良かろう。話を振ってみようか」
明るい話題に、会議の夜は熱気を帯びて更けていくのだった。
◆◆◆◆◆
「え? 駆除依頼? です?」
私は、乙倉音姫。
現役の高校生であると同時に、ここ以降でようやくプロと呼ばれる七段の鎮伏者をやっています。
働いて対価として金銭を得ている以上、初段であってもプロではあるのですが、やはり低段者は素人に毛が生えた程度に見られがちなのです。
実際、玉石混淆ですし。
初段から三段までがほぼアマチュア、四段から六段までが中堅で準プロ、そして七段以降から一流の鎮伏者、プロの鎮伏者と言われます。
つい先日、私はようやくそのプロの仲間入りを果たしました。
かなり大変な道のりでしたが、目標としていた世界の入り口にやっと立てたのですから、やる気も更に出てきます。
そして、そこまで辿り着くと、鎮伏者協会から様々な依頼がやって来る様にもなります。
中堅段位でも来ましたけど、プロの方が質も量も、そして報酬の額も比べ物になりません。
依頼という形なので、別に断っても良いのですけど、協会には低段位だった頃から色々とお世話になってしまいましたから、私はなるべく請け負っています。
メディアへの露出なども、その一貫ですね。
自分で言うのも何ですが、私って可愛いですから。
鎮伏者業界にポジティブなイメージを付けるのに良いのでしょう。
ええ、頑張って愛想を振りまいておりますよ。
そんな私に、今、一つの依頼が舞い込んで来ました。
内容は、第6豊島虚数領域の下層で増殖しているモンスターの、適度な間引き、です。
ボス討伐ではないのでしょうか?
豊島の第6と言えば、確か初心者向けの領域です。
私も、低段位だった頃に候補として挑戦を検討した記憶があります。
まぁ、結局、行きませんでしたけど。
依頼のより詳細を見ると、どうやら有望な新人がいるようなのですけど、その者がボスを討伐する前にスタンピードが起きてしまうかもしれない、と。
だから、新人にそれとなく道を付けて上げる為に、領域内のお掃除をしたいという事でした。
これを見て、私は微妙な顔をせずにはいられません。
覚えがありますねー!
あれ、そういう事だったんですかー!
低段位の頃、唐突にモンスター密度が薄くなった事が時折ありました。
その時の説明では、高段位の方が気まぐれにやってきて、薙ぎ払って行ったのだと言われたのですけど、協会からの無形の掩護射撃だったんですねー。
むむむっ、そうと分かれば、断る訳にもいきませんか。
私も、先輩に道を作っていただいた身の上なのです。
今度は、その恩を後輩に返していく番でしょう。
よし! 分かりました!
この依頼、受けましょう!
待っていなさい、未来の同僚さん!
きっちり適度に、疑問に思わない程度に間引いて差し上げます!
わっはっはっはっ!




