真価
今日は土曜日。
学校はお休みで、朝から虚数領域にやってきております。
思えば、今日で二週間目に突入するのだな。
案外と頑張っているじゃないか、俺ってば。
さて、そんな訳で、気合いの入り方も段違いであります。
何故なら、今日は気功法無しでモンスター討伐に挑むからです。
一昨日、先送りにしたばかりの挑戦だけど、ぶっちゃけそれが出来ないと全然先に進めないのよな。
主にスタミナ問題で。
気功法が成長すれば、当たり前のように解決する話ではあるんだけども。
でも、いつ成長するのか、全く分からんし。
最初の成長はすぐだったけど、以来、何の音沙汰もないからどうにも出来ん。
あるいは、これ以上、成長しないという可能性も有り得るので、やっぱりこの挑戦は必要なのです。
一週間前に受けた苦痛の記憶で震えそうになる身体を、気合いで押さえつけて虚数領域に突入する。
取り敢えず、第二層にやってきて、ゴブリンを探し歩く。
ここなら、強敵ファングは出ないし、ゴブリンも単体出現なので、挑戦には丁度良いのだ。
だけども、やっぱり上層のエンカウント率は、苛立つほどに低いな、おい!
もう一時間以上探してんのに、まだ一回もであいませんよ!?
空回りする気合いが苛立ちとなって精神を苛みつつも、それでも歩き続ける事、更に一時間ほど。
ようやく、前方に緑の人影を発見する。
いました!
我が宿敵、ゴブリンであります!
ぶっ殺してやる!
とはいえ、今の俺は素の身体能力でしかない。
いつものように、行き当たりばったり戦法で突っ込む訳にもいかない。
『ギギャア!』
俺に気付いたゴブリンが突っ込んで来るのを、焦る気持ちを懸命に落ち着かせながら待ち構える。
今の俺は、いつものボクサースタイルである。
下手な一撃が、致命傷になりかねないのだ。
冷静さは必要である。
だってね?
武器とか、今更感があったからね?
もう初等格闘術を信じて、拳で頑張る方が良いかなって、そう思っちゃったんだもん。
そんで、防具だって高いし。
最近、貯金額がエンゲル係数に吸い取られている身としては、ちゃんとした防具とか、高価過ぎて手が出せない。
安いのなら頑張れるかもだけど、安いのだと何の意味も無い事は初日で思い知ってるし。
あれは悪い商売だ。
意味の無い品を、防具の展示棚に置いとくなよ。
なので、いつも通りなスタイルで挑戦します。
気功法が無いから、ゴブリンですらかなり速く見える。
とはいえ、充分に見えるし、反応も出来る。
繰り出す攻撃も、いつもと変わらない駄々っ子パンチなので、軌道は読みやすい。
少しだけ大袈裟に避けつつ、カウンターを横面に決めてやる。
イッッッッテェェェェェェ!! 俺の手が!
ゴブリンって、こんなに固かったんですね!
正直、舐めてました!
グローブくらいしてくるべきだったかもしれん!
あんまりダメージが入っていない様子の奴は、殴られた頬を少し触って、にやりと笑った。
この野郎、俺を脅威ではないと見下しやがったな。
俺は見下されるのが嫌いなんだ。
意地でもボコボコにしてくれる。
振り回される腕を潜り抜けて、一方的に攻撃を叩き込み始めるのだった。
……………………。
あれから、どれくらい経っただろうか。
「ぜー……はー……ぜー……はー……」
『グ……ギィ……』
もうね、クタクタですよ。
立ってるのすら辛い。
ってか、息ぎれヤベェ。
呼吸が苦しい。
そんでもって、それはゴブリンも同じらしい。
奴も最初の威勢の良さが消えて、若干、嫌気が差したような顔をしている。
モンスターにも体力って概念があるんですね。
ここまで、お互いに有効打は無し。
俺は非力過ぎて話にならないし、ゴブリンは技量が無くて攻撃を当てられない。
かつてのファングのように、途中で学習してきたのか、フェイントを入れるようになったりもしたが、格闘術には俺の方が一日の長があったようで、普通に見切れた。
最初は焦ったけど。
で、まぁ、こんな千日手が如き事態となっている。
どうしよう。
そろそろ飽きてきたんだけど。
急所とかないのか、こいつ。
鳩尾とか金的とか顔面とか、人間なら急所になりそうな部位は、大概に殴ったり蹴ったりしてんだけどな。
全然通用した様子がないし。
『ギャッ!』
って、あー!? ぼうっとしてたー!
俺の隙にすかさず付け込んだゴブリンは、遂に俺に攻撃を当てる。
寸前で気付いて身体を捩ったが、爪先が肩口を抉ってくる。
「いっ……!」
いってぇぇぇぇ!!
泣きそう! マジで!
っていうか、泣いてる!
目が滲む!
痛みの所為で動きの鈍った俺に、ゴブリンは好機と見て、飛び付くように襲いかかってきた。
痛みと疲労から、俺はそれを躱せない。
地面に押し倒される。
ああ、なんてロマンの無い。
どうせ押し倒されるなら、発情した可愛い女の子だったら良いのに。
何でこんな緑の怪物なんだよ。
そんなクソどうでもいい思考が過る。
こうなってしまっては、もはや意地を張っている場合ではない。
気功法を発動して、一気に方を付けてしまおう。
俺にはまだ早かったんだ。
もうちょっと修行してから出直してくるよ。
そう思いつつ、拳をゴブリンに叩き付ける。
……やはり疲れていたのだろう。
攻撃と発動タイミングがずれてしまった。
結果、第一撃は、これまでと変わらない、いや、体勢の悪さを加味すれば、もっと非力なものとなってしまった。
まぁ良いか、と思う。
どうせすぐに気功法が追い付く。
それから倒せば、と。
だが、これが思わぬ結果を引き寄せた。
『ギャッ!?』
威力の無い攻撃を受けたゴブリンは、しかし何故か悲鳴を上げて吹っ飛んでいった。
「は?」
訳が分からなかった。
いや、起こったことは分かる。
以前にも似たような事があった。
つまり、これは発勁が発動した?
うそん?
「と、いかんいかん!」
考えている暇はない。
すぐに倒れた体勢から起き上がる。
ゴブリンも、まだ健在だ。
奴は何が起きたのか分からないようで、しきりに拳を受けた場所を確認しており、俺への注意が逸れていた。
今がチャンス……!
力を振り絞って駆け寄った俺は、右ジャブからの左ストレートというワンツーパンチを決める。
右ジャブは、ゴブリンの顔面にヒットし、すかさず発勁。
発生した衝撃で大きく吹き飛ぶ。
あれでよく首が千切れ飛ばないな。
首筋、すげぇ。
そんでもって、仰け反った結果、俺に向かって晒された無防備なボディに左ストレートが決まる。
勿論、発勁付きだ。
そのコンボによって、ゴブリンは口から血の塊を吐き出し、崩れ落ちた。
少しの間、ビクビクと痙攣していたが、数秒で動かなくなり、光の粒となって消える。
後には、もはや見慣れた小さな魔石と、小さな爪が残されていた。
やったね、ドロップアイテムだよ!
疲労感の割に合わないけどさ!
それよりも、もっと嬉しい成果があった。
だから、正直、ドロップアイテムはここではどうでもいい。
「……発勁って、気功状態じゃなくても撃てるんだな」
びっくりだよ。
思ってもみませんでしたわ。
これは人類にとっては小さな一歩ですけど、俺史にとっては偉大なる一歩ですよ?
さっきの感じからして、気功状態よりも威力は低そうだが、それでも三発で倒せる事は確実。
当たり所によっては、二発でもいけるかもしれない。
そして、何よりも、俺への負担が小さい。
ほとんど疲労感が増えていないし、体力消耗は無いに等しいんじゃないのかな?
それとも、ここでも疲労軽減が発動してんのかね?
そっちの方がしっくり来るような気がする。
だって、今までろくに運動もしてこなかった俺なのに、数分間もゴブリン相手に素で動き回っていたんだから、きっとそうに違いない。
なんという事でしょう。
気功状態無しでも、意外に効果を発揮している事を発見してしまいましたよ。
素晴らしい。
でも、ちょっと、かなり疲れたから休憩さしてくれ。
もう、駄目……。