コスプレ仕事着
「10ー下級魔石が26個、10ー中級魔石が2個で、計3,000円のお支払となります。ご確認ください」
「オッスオッス。頂戴いたしやす」
第四層は、中々の稼ぎですね。
放課後だけの短時間でこれだけ稼げるとは。
ドロップアイテムとかのイレギュラー報酬を除けば、余裕で最高記録ですぞ。
まぁ、でもやっぱり物足りない金額ですけどね。
最近、急上昇中のエンゲル係数を支えるには、まだまだ全く足りない。
今も盛大に腹の虫が大合唱しておられるし。
はいはい、分かりましたよ!
すぐになんか入れるから待ちんさいな!
無料銭湯でサッパリして、昨日と同じステーキ店でもりもりご飯を食べてから、おうちに帰った。
本日は最初から10kg注文ですよ。
店員さん、信じられない者を見る目をしておりましたな。
育ち盛りなんだよ。
家に帰り付くと、明かりは付いていなかった。
どうやら、由乃はまだ帰っていないらしい。
まぁ、今日は帰りに無駄な全力ダッシュをしたおかげで、ちょいと早いしな。
あいつも鎮伏者をやっているし、その関係だろう。
うむ、仕方なし。
では、風呂でも沸かしておいてやろう。
あいつは、隣接の銭湯に入ってくるくせに、帰ってからもう一度風呂に入るからな。
あと、ついでに軽く飯でも作っておいてやるか。
ああ、俺ってなんて良いお兄ちゃんなんだろうな。
決して、俺がちょっと小腹が空いてきたからではないぞ。
ホントだぞ。
炊飯器をセットした後、冷蔵庫の中身を確認する。
野菜各種に豚肉があるな。
酢豚でも作るか。
手早く用意した俺は、早速、料理に取り掛かる。
ふふふっ、家事も出来る俺って、なんて家庭的なのかしら。
これなら、専業主夫としてもやっていけそうだわん。
ちなみに、料理の腕は、ふつー。
つーか、レシピをレシピ通りに作る事しか出来ないし。
アレンジ的な事を一切しないから、失敗はしないのだが、代わりに特別に美味しくもならない。
「ただいまー」
「おかえりー」
そうしていると、妹様のご帰宅であります。
「飯、もうちょいかかるから、先に風呂入ってくると良いぞー」
「用意してくれてたんだ」
「お兄ちゃんだからな」
「……ありがと」
キッチンを覗き込んだ由乃に言うと、短い感謝の言葉を残して、踵を返した。
その背中には、かなり大きめのバックが背負われている。
肩には、袱紗に入れられた細長い物が掛けられていた。
一見すると、剣道部か弓道部の少女っぽく見えなくもない。
俺は、あんなスタイルだからあれなのだが、おそらく鎮伏者業用の装備なのだと思う。
中身を見たことがないから知らないけど。
それを自室に置いた彼女は、代わりに着替えを持って浴室へと消えていった。
さてさて、あいつが上がってくるまでに仕上げちゃいましょうかね。
◆◆◆◆◆
「んー、いつも通りなお兄ちゃんの料理って感じ」
「つまり、可もなく不可もなく、と。
褒め言葉として受け取ろう」
「褒めてないから」
本日のメニューは、白米に酢豚。
そして豆腐の味噌汁。
「……中華に味噌汁はどうよ」
「いやー、俺もスープにしようと思ったんだけど、俺ってば中華風スープの作り方、知らんのよな」
「ま、良いけど。普通に美味しいし」
と、それ以上の文句は言わず、由乃は俺謹製の食事をパクパクと食べている。
うむ、よく食べるんだぞー。
でないとおっきくなれないからなー。
身長的意味合いでも、胸囲的意味合いでも。
そんな事をほのぼのと思っていると、じっと見つめる視線に気付いた。
由乃が、首を傾げながら俺を見詰めていたのだ。
両腕を上から後頭部側に回し、アドミナブル・アンド・サイを決めてみる。
「……いや、意味分かんないし」
「むっ、俺のイケメン振りに見とれていたのではないのか」
「はっ……」
このメスガキ、鼻で笑いやがったぞ。
なんて失礼な。
この何処に出しても恥ずかしくないナイスガイを捕まえて、あろう事か鼻で笑うとは。
そんな子に育てた覚えはありませんことよ?
「冗談は良いから」
「はい」
ポージングを解除する。
ふっ、今日のところはこれぐらいで勘弁しといてやるぜ。
「それよりも、お兄ちゃん、なんか痩せた?」
思わぬ言葉を言われた。
痩せ?
俺の人生に縁のない言葉が聞こえたような。
いや、昔は痩せてたけど。
むしろ痩せ過ぎだったけど。
今となっては遠い思い出だ。
顎に手をやる。
ぷにぷにとした二重顎の感触。
うむ、柔らかい。
いつも通りだ。
「気のせいじゃないか?
痩せる心当たりもないしな」
鎮伏者業によって、確かに消費カロリーは急上昇していると思うけど。
同時に、腹ペコ具合も爆上がり中である。
既に、この夜食の間も、俺の茶碗はおかわり連打だぜ。
多分、消費カロリーと摂取カロリーを比べたら、摂取カロリーに軍配が上がると思うんだよね、現状。
「……うーん、そうかも。
よく見てもあんまり変わってない気がするし」
「だろ?」
キラーン、と歯を光らせてみる。
歯並びは良いんです事よ、私。
由乃は、そんな俺のキメ顔を見て、一言。
「キモい」
引いた様子で呟いてくれやがった。
「キモいって言うなよ、キモいって。
お兄ちゃんだってな、傷付く時は傷付くんだぞ」
「あっ、心の声がつい。
ごめんね、お兄ちゃん。
私、正直者なんだ」
「ねぇ、それって本音って事だよね?
泣くよ?
お兄ちゃん、泣いちゃうよ?」
「余計キモいから止めて」
「はい」
これ以上、妹様に嫌われてしまっては、お兄ちゃんの面目が立ちません。
なので、素直に引き下がる。
長い兄妹関係なのだ。
お互いのラインは、大体把握している。
由乃もこれ以上は俺の機嫌を本格的に損ねると思ったのか、露骨に話題転換を図った。
「ほら、テレビでも見なよ。
お兄ちゃんの大好きな可愛い女の子が出てるよ」
「妹よ、兄は二次元に生きている男なのだ。
三次元に興味などない!」
「そんな負け惜しみはいらないけど?
可愛い彼女とか出来たら良いな、とか本当は思ってるでしょ」
「はい、その通りです」
二次元が好きなのは本当だけど、現実でも彼女が欲しいです。
あーあ! どっかにいないかなー!
美人でおっぱいが大きくて俺を無条件で大好きでお金持ちでヒモになっても許してくれる女の子とか、いないかなー!
まぁ、そんな夢物語はともかくとして、促されたので適当に付けっぱなしにしていたテレビに視線を向ける。
美人な女の子なら、見ていて損はない。
目の前にいると大抵はクソだが、画面越しなら目の保養に最適なのだ。
『本日は、先日、鎮伏者七段への昇格を果たした、乙倉音姫さんに来ていただきました』
『こんばんはー。ご紹介に預かりました、乙倉音姫です!』
映っていたのは、最近、何かと話題な若手鎮伏者、乙倉音姫であった。
やや色の抜けた栗色の髪をセミロングに伸ばした、紛う事なき美少女。
確か、年齢は俺と同年齢だった筈だ。
女子平均よりも少し高い身長に、メリハリのあるスタイルをしており、クールビューティでやっていけそうな体型をしている。
しかし、顔立ちは柔らかく、コロコロと変わる表情は愛らしくて、モデルなどではなく、アイドルのような魅力がある。
服装は、かっちりとした軍服風の衣装だ。
黒を基調とした衣服に、肩には白い外套をかけている。
頭の上には軍帽を載せていて、まぁ一見して何かのコスプレにしか見えない。
しかし、これが大真面目な彼女のスタイルである。
鎮伏者は国家機関などではなく、個人事業者――たまに徒党を組んで会社を立ち上げる者たちもいるが――なので、決まった制服などないのだ。
なので、虚数領域に挑む際の服装は、かなり個性的になりがちである。
彼女のような軍服風は、比較的大人しい方と言えた。
たまに、孔雀か何かかな? って衣装も見かけるしな。
『早速ですが、七段昇格、おめでとうございます』
『はい、ありがとーございまーす』
『プロ入り最年少記録を樹立した訳ですが、お気持ちはどうでしょうか?』
『んー。最年少記録はどうでもいいんですけど、ようやく目指していた場所に辿り着いたので、ひとまずほっとしてますねー』
『成る程。ここはまだ通過点に過ぎないと?』
『はいな!
まだまだ満足してませんよー?
もっともっと頑張って、更なる高みに上り詰めてみせますとも!
わっはっはっ!』
快活にインタビューに答えている姿を眺めつつ、ふとした疑問を由乃に投げてみた。
「なぁ、由乃ん」
「なに? ってか、由乃んって言うな」
「まぁまぁ。
……お前さ、鎮伏者やってんじゃん?」
「そだね。音姫ちゃんを紹介しろってんなら無理だからね。
鎮伏者業界、広いんだから。
面識なんてないよ」
「残念だけどそうじゃなくてな?
ほら、鎮伏者の格好ってさ、コスプレみたいじゃん?」
テレビに映っている、軍服風美少女を指して言うと、微妙に由乃の顔から表情が消えた。
ふむ、触れられたくない一線かな?
でも、お兄ちゃんは触れちゃうんだよなー。
気になるから。
「…………だから?」
「うん。お前もコスプレしてんのかなー、って、ちょいと気になって」
っいうかさ、言ってて気付いたんだけど、鎮伏者の珍奇な格好って普通じゃん。
何で俺のボクサースタイルは許されないんだ?
変質者扱いされるんだ?
おかしくない?
暫しの沈黙の後、妹は途切れ途切れな返答をした。
「……まぁ、そう、言えなくも、ない、かも……しれない、かな。
大人しめ、だと、……思うけど」
「ふーん。ちなみにどんな感じなのかなー?」
「絶対に見せないから」
「恥ずかしい感じ? エッチな感じ!?
お兄ちゃん、そんな痴女に育てた覚えはないですよ!?」
「違う! 興味を持つな! 見せないから!」
顔を真っ赤にしちゃって、かーわいーんだー。
「にやにやすな!」
「あむっ」
お口直し用にテーブルの中央に置いてある饅頭を、照れ隠しに投げ付けてきた。
中々の豪速球だが、食欲魔人と化した俺ならば、余裕のお口でキャッチが可能である。
勢い余って蛇のように噛まずに丸呑みしている間に、愛しい妹は夜食を掻き込んでいた。
「こらこら、よく噛まないと健康に悪いぞ?」
「……今まさに噛まずに飲み込んだお兄ちゃんが言う?」
「さーせーん」
何も言い返せないぜ。
正論で切って返すとは、やるおるわ。
「ごちそうさま! おやすみ!」
一気に食べ終えた由乃は、食器を片付け、その勢いのまま自室へと引っ込んでいった。
「はい、おやすみ~」
俺は、その背中を微笑ましいと見送るのだった。




