発勁発動……したのか?
翌日。
昨日、意地のように食いまくって、結局、10kg程の肉を貪り尽くした。
普通だったら出来ないどころか、絶対に吐くし、次の日には胃もたれしそうなのに、俺はピンシャンしております。
いやー、むしろもうお腹が空いてきたような気も……。
いつの間に、俺は腹ペコキャラにジョブチェンジしちゃったのやら。
このままだと、エンゲル係数で破産しかねん。
なんとしてもドカンと稼がねば。
ってな訳で、発動方法の分からない発勁はさておきつつ、いつも通りの虚数領域の深みに向かっている。
鉱石や薬草などの採取物は、まぁ残っていれば良いなって程度の気分で。
ひとまず、この虚数領域をクリアしてしまおうかと思った次第でやんす。
基本的に、虚数領域の最下層にはボスのようなモンスターが存在している。
一際強くて厄介なのだが、そいつを倒すと暫くその領域に巣食うモンスターの活動がかなり穏やかになるのだ。
そして、更に重要な事にスタンピード現象へのリミットを大いに稼ぐ事が出来ると判明している。
なので、鎮伏者には積極的にボスモンスターを狩る事が推奨されており、褒賞金も通常モンスターとは別枠で、桁違いな額を用意されているのだ。
この初心者向け虚数領域のボスでさえ、討伐報酬は10万もする。
まれに出るイレギュラー――やたらと強い強個体――だと、更に跳ね上がって、なんと30万なのだから、狙わない理由はない。
まぁ、それに目が眩んで、返り討ちにあって屍を晒す者も後を絶たないので、中々、頭の痛い問題らしいが。
……命の値段としては、ちと安い気もするな。
考えないようにしよう。
さてさて、そんな感じで、遂に第四層に足を踏み入れてみた。
ちなみに、一応、採掘ポイントには立ち寄ってみたけど、本日分の鉱石は取り尽くされた後だった。
ちくせう。
まぁ、気を取り直して、目の前の事だ。
…………ふむ。なんとなく、空気が重い?
そんな感じがしない事もないような……。
いや、やっぱり気のせいかもしれぬ。
確かに最下層に近付いているけど、まだボスからは遠いし、出てくるモンスターも代わり映えしない。
そう、ゴブリンとファングのみである。
とはいえ、油断は禁物。
ここからは、ファングが複数体で出てきたり、ゴブリンとファングの混成メンバーの場合もあるらしいからな。
慣れてきた初心者が、調子こいてやられる事が頻繁にあるって話だ。
最悪、俺の足なら全力ダッシュで逃げられるとは思うけど。
準備運動をして気持ちを引き締めて、俺は探索に乗り出した。
……………………。
取り敢えず、あれだ。
エンカウント率が桁違いです。
いや、それは言い過ぎだけど。
これまでに比べて、かなりモンスター出現率が高い。
考えてみれば、割りと当然である。
ここは初心者向けなのだ。
ほとんどは素人に毛が生えた程度の連中ばかり。
だから、慣れるために上の階層で訓練している。
だけど、第四層からは、ナチュラルに敵が徒党を組んでるし、強敵なファングですら複数で出てくる関門なのだ。
なので、上のようにモンスターが枯渇するほど、皆が皆、やってきて狩り尽くしたりしていないのだろう。
この辺りを楽勝でクリアできる熟達者なら、もっと稼ぎの良い虚数領域が他にあるし。
なので、ここは脱初心者になりかけた者以外におらず、結果としてモンスターが溜まり気味なのだと思う。
あー、良かった。
疲労軽減がパワーアップしてて。
もう十回は戦闘しているのに、まだまだ余裕がある。
前までは、十回で限界だったのにね。
体感的には、まだ三分の一くらいかな?
つまり、三十回くらいは気功法が出来るようになっているようだ。
多分。
嬉しいね~。
こうして目に見えて成長があると、なんだか楽しくなってきちゃうよ。
と、そんな事を思っていると、強敵がやってきた。
『グルルルルッ』
『ガウッ、ガウッ』
『ギギィ』
『ギャギャギャ』
『ギャイギャイ』
はい、ファングちゃんのセット商品になります。
一匹でも厄介なのに、それが二匹ですよ。
更に、取り巻きとしてゴブリンを三体もお連れしちゃって。
贅沢なバリューセットですね。
しかーし。
絶賛パワーアップ中の気功法の敵ではない。
ゴブリンなんて軽く薙ぎ払えるし、ファングの動きだって充分に捉えられる。
更に良いことに、連中の攻撃が痛くないって事だ。
いやー、身体強化様々ですたい。
これが無かったら、早々に諦めていたかもしれんね。
まずは、目の前でチラチラと鬱陶しいゴブリンを滅殺する。
ああ、こいつらに嬲り殺されそうになった頃が懐かしい。
今となっては、軽くひっぱたいてやるだけで死んじゃうんだもんなー。
『ガウッ!』
「うおっとぉ!」
ゴブリンを薙ぎ払っていた隙を狙って、ファングの一体が食らいつこうとしてきた。
多分、噛みつかれても大丈夫だとは思うのだが、油断は禁物を合言葉に、回避できる物はちゃんと回避する。
攻撃を受け止めてしまうクセが付いてもあかんしな。
身を逸らして躱した所で、今度は足元狙いでもう一匹が来た。
「うぃっ!?」
なんとか跳躍して噛みつきは回避したものの、しかし足先が掠ってしまい、バランスを崩してしまう。
仰向けに倒れこんだ所で最初の一匹がマウントポジションを取ってくれやがった。
なんという連携プレイ!
数の暴力とは卑怯なり!
なんて内心で罵る。
『グルアアァァァァァ!』
「ただでやられはしないぞ、毛玉野郎!」
牙を剥き出しにして食らい付かんとするファングの横顔を、フックの要領でぶん殴ってやる。
体勢の関係上、口内は狙いにくかったんだよね。
こちらの力が強くなったとはいえ、当たった場所は最も毛皮の厚い首に近い部位である。
ダメージは期待できない。
だから、これはぶっ飛ばし効果を期待していたのだ。
首を強制的に逸らせて、その隙にマウントポジションを引っくり返してやろうと思っていたのだが、
『ギャイン!?』
「!?」
何故か、悲鳴を上げて盛大にぶっ飛んでいった。
これには、俺の方が驚きである。
何が起きた。
いやいや、悩んでいる場合ではない。
ひとまず戦闘に集中せねば。
無事な二匹目が、一匹目と入れ替わりに飛びかかってくるが、俺は転がってそれを回避する。
即座に立ち上がるのと、二匹目が器用に方向転換するのは、ほぼ同時だった。
大きく口を広げて襲いかかってくる犬っころ。
こちらは中腰で、回避しにくい体勢だが、問題ない。
正面からやってきてくれるのならば、むしろ狙い目である。
「ふっ、甘いぜ!」
新技、貫手をファングの口の中に突き込んでやる。
『ギャグッ!?』
肉を引きちぎるような、独特な感触が指先に伝わった。
んー、これが命の感触。
余程の大ダメージなのか、ファングはビクビクと痙攣していて、顎にも力が入っていない。
だが、まだ死んでいないらしく、光にならない。
なので、伸ばしていた指を折り曲げて、そこにあったなんとなく固い物を掴んで、思いっきり引っこ抜いてやった。
『カッ……』
すると、それが致命傷となったらしく、掠れたような断末魔を残して、二匹目は消えていく。
手の中を見れば、白くて固い物が握りしめられていた。
うん、俺が掴んだのは骨だったらしい。
場所と形からして、多分、脊柱かな?
それを引っこ抜かれれば、そりゃー死ぬわな。
と、いかんいかん。もう一匹いるんだったな。
遅れて思い出した俺は、なんか知らんけど盛大に吹っ飛んだ一匹目に向けて拳を構える。
「…………おんやぉ~?」
忘れていた事もあって、対応が遅れて食い付かれる事も覚悟していたのだが、なんか様子がおかしい。
具体的には、壁際まで吹っ飛んでいた一匹目が、そのままぐったりして動いていないのだ。
消えていないし、ピクピクと小さく震えているので、死んではいないとは分かるのだが、どうして動かないのか。
取り敢えず、何かの罠かもしれないので、警戒しつつも近付いていく。
手を伸ばせば届く距離になっても、立ち上がる気配すらない。
見れば、口からシャレにならない量の血を吐き出していた。
そんなに強い攻撃なんて、してないよな?
体勢も悪かったし、毛皮ガードの上からだったし。
どうした事だろうか。
まぁ、分からんけど、取り敢えず止めを刺しておこう。
口を強制的に開かせて、抜け手を、ズドンッ。
『ガッ!』
それだけで死んでしまい、光の粒となって消えた。
戦闘を終えた俺は、魔石を回収しつつ――アイテムは出なかった。ちくせう。――、さっきの事について考える。
本当に何が起きたんだ。
元から死にかけだったのか?
それとも、なんか急所にでも入ったか?
特別に弱い個体だったりしたのだろうか?
まさか、気功法がまたパワーアップしたのか!?
だったら良いけど、でもそんな感じはしない。
二匹目を相手にしている時は、いつも通りな感じだったし。
まぁ、それは確かめてみれば分かる事よ。
魔石を仕舞うついでに、鎮伏者カードを引っ張り出して確認してみる。
やはり、気功法に変化はない。
妙なスキルが生えている事もない。
うーむむむ。
……まさか、発勁か?
発勁が発動していたのか?
それで、威力増強されていたのか?
ちょっと一回気功法を発動させて、シャドーを行う。
手応え、無し。
何をやっても、やっぱり駄目。
打ち方の問題かと、先程を思い出しつつフック気味にやっても意味がなかったし、再現してみようと仰向けに転がってみても駄目だった。
駄目だ。分からん。
もしも、さっきの一撃が発勁だったなら、使い勝手が良さそうなんだけどなー。
分厚い毛皮ガードの上からの威力の乗っていないパンチだったのに、一発で瀕死に持っていけるなんて、便利そうだと言うのに。
使い方が分からんのでは、宝の持ち腐れというものよ。
そうこうしている内に、中々、良い時間になってきた。
学生の身分では、徹夜で潜るという訳にもいかないので、この辺りで撤退しようと思う。
まだ体力、というか気功的余力はあるのが、ちょっと勿体ないかな?
って事で、意味はないけど、エンカウント率がガクリと下がる第三層からは、気功法を特に意味もなく発動させて、全力ダッシュで虚数領域から脱出した。
脱出時には、丁度良い感じに気功を使いきっていた。