最初の一歩
唐突に書きたくなったので、現代ダンジョンものです。
俺の名前は、吉田義之。
特に秀でているもののない男だ。
勉強は中の上程度。
運動は中の下。
容姿は、多分、下の世界。
小太りだし。
髪とかも伸ばしっぱなしでボサボサだし。
その辺り、しっかり手入れすれば、もしかしたら中にくらいはなれる……かもしれない。
コミュ力もない。
面白いジョークが言える訳じゃないし、交遊関係なんて無いに等しい。
それで困る事もないので、改善しようという気持ちもあまりない。
つまり、割りとそこらに転がっている没個性な学生という訳だ。
別に、それでも良いと思っていた。
取り立てて特徴もなく、大人になって、幾らでも代わりのある社会の歯車として生きて、そして穏やかに死ぬ。
そんな人生でも良いと、思っていたんだ。
そんな俺が、一念発起して、鎮伏者、通称ハンターになろうというのだから、無謀極まりない。
まぁ、馬鹿にされている事を知ってまで黙っているほど、俺は大人ではないし、仕方ないよな。
鎮伏者とは、世界中にある虚数領域、通称ダンジョンに潜って、内部に発生するモンスターを討伐する者たちの総称である。
本来なら、軍隊だの警察だのが行うべき危険な仕事なのだろうが、民間にも虚数領域が解放され、鎮伏者という業種に委託している。
全部が全部ではないが。
というのも、その理由は虚数領域が発生した半世紀近く昔にまで遡る。
当時、世界中に突然出現した虚数領域は、あまりにも正体不明という事で、慎重な対応を取られていた。
ぶっちゃけて言えば、外から観測してばかりで、放置していたのだ。
結果から言えば、それは下策だった。
やがて堰を切ったように、虚数領域の中から多種多様なモンスターが溢れだし、人々を虐殺するという悲劇が起こったのだから。
軍隊なども出動し鎮圧に向かうも、同時多発的に溢れ出し、しかも人を越える運動力を持つモンスターを相手に、人や人の操る兵器しか想定していない彼らでは、あまり有効とは言い難かった。
鎮圧が完了した頃には、世界中の軍事機関は、壊滅に等しい状態となっていた。
早急に建て直しを図るものの、そう簡単には行かない。
そうこうしている間にも、虚数領域の研究が進み、スタンピードと呼ばれる沸出現象は、領域内部のモンスター許容量が限界に達すると起こると判明した。
リミットまでに、軍の再建は間に合わない。
苦肉の策として、勇気ある馬鹿を民間から募る事を世界中の政府が行った。
結果、思っていた以上の成果が上がったのである。
以降、虚数領域の管理を民間に委託するようになったのだ。
鎮伏者の誕生である。
今では、鎮伏者は、ちょっとしたヒーローである。
なにせ、文字通りに世界を守っているのだ。
それを貶める訳もない。
そんな話はともかくとして、俺はこれからそんな鎮伏者になろうとしている。
いや、書類上はもう鎮伏者なのだが。
鎮伏者の規定はかなり緩いのだ。
年齢制限は、12歳以上だし、筆記試験は良識があるかどうか、というだけの物だし。
体力試験に至っては、まさかの無しである。
まぁ、それも仕方ない。
虚数領域では、現実世界での身体能力は、重要ではないという話だからな。
「ふぅー……はぁー……」
深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
登録は済んだ。
なけなしの小遣いで、最低限の装備も整えた。
あとは、勇気を出して飛び込むだけである。
目の前には、虚数領域へのゲートがある。
第6豊島虚数領域だ。
弱いモンスターしか出現せず、初心者がソロで潜ってもまぁ何とかなる場所、らしい。
「よし。行くぞ」
自分を奮い立たせる為に言葉にして言い、俺はゲートへと飛び込んだ。
◆◆◆◆◆
ふわっ、とした奇妙な浮遊感を覚えた直後には、視界が完全に切り替わっていた。
事前の下調べ通りの、オーソドックスな洞窟型である。
ゴツゴツとした岩で出来た壁と天井に、幅5メートル程度の土と砂と石の混じった道。
道幅が広くない為、囲まれる心配がないという話だ。
但し、こっちも長物の武器を使い辛いので、注意が必要とも言われていた。
尤も、武術を学んでいる訳がない俺は、素人にオススメのメイス装備だから、関係ないけども。
剣とか刀とか、憧れはするものの、あれはちゃんと刃を立ててやらないと切れないし、下手な者が使うとすぐに傷んでしまうらしい。
なので、力任せに叩き付ければ良い打撃武器が、素人にはオススメだという事なので、誘惑を振り切ってメイスを購入した。
「ととっ……。
まずは、確認だったよな」
虚数領域に入ると、特殊な力、通称スキルが付与されるという話だ。
こればかりは、入ってみないとどんな能力が付与されるか分からないとの事で、初めて入ったらまずは確認しろ、と講習で口酸っぱく言われた。
俺は、胸ポケットから、鎮伏者免許カードを取り出す。
これには簡易式の測定器が仕込まれており、スキルを簡単に調べる事が出来るらしい。
ちなみに、鎮伏者のドッグタグの役割もあるので、死体を見付けたら、最低限、これだけは持ち帰るようにとも言われている。
初心者な俺だと、むしろ持ち帰られる側である。
ともあれ、早速、カードの端にある認証機に指を押し付けて測定する。
ドキドキワクワク。
スキルは、必ずしもある訳ではない。
というか、普通はないらしい。
最初からある場合は固有技能という分類で、八割くらいは所有しないとの事だ。
暫く虚数領域で活動している内に生えてくる場合もあるらしいが。
先天的と後天的で、どっちが優れているという訳ではないが、先天的に持っている方が、鎮伏者をする上では安全である。
当たり前だけど。
なので、出来ればあって欲しいところ。
死にたくないしね。
数秒で、結果が表示される。
~~~~~
吉田義之
鎮伏者段位:初段
固有技能:気功法
~~~~~
おっ、おおおおおお!?
ある! 良かった! あるぞ!
で、それは良いんだけど、気功法って何よ?
詳細表示、と。
~~~~~
固有技能:気功法
・身体強化
・疲労軽減
~~~~~
ほむほむ。身体強化ですか。
まぁ、当たり、なのかな?
あると色々と便利だと言われてた気がする。
疲労軽減も良い感じかな?
鎮伏者は、虚数領域内をひたすら動き回るから、体力勝負な所もあるし。
で、それは良いんだけど、どうやって使うんだろうか?
気功って言うくらいだし、こう、丹田におチャクラ様を集める感じか?
「ぬ? うぬぬぬっ、うぬぅ~~~~……」
丹田、つまりはヘソの辺り……だったっけか?
ヘソの下、下腹の辺りだった気も……。
いやいや、どっちでも良い。
その辺りに力を集めるような気分で唸りを上げる。
力って何だよ。
筋肉とは違うのか。
などという無粋なツッコミはいらない。
力は力だ。
パワーオブパワーである。
祈り、囁き、念じろ。
入り口付近でそんな事をしているものだから、出入りする他の鎮伏者の方々に変な目で見られていた気もするけど、そんな事を気にしていては人生は楽しめませんよって。
そんな感じで小一時間程頑張っていると、突然、身体の奥底から力が沸き上がる様な感覚があった。
「お、おお! これが気かっ!」
なんとなく厨二臭のするセリフですね。
でも、そうとしか言いようがないじゃないですかよ。
その場で飛び跳ねたり、見様見真似の正拳突きをしてみたり、身体の動きを確かめてみる。
うん、確かに動き易くなってる、と思う。
多分。
ちょっと集中を切らすと、すぐに気功状態は解除されてしまう。
だが、既にコツは掴んでいるので、再度、発動させる事は割と簡単だった。
こう、ふぬあっ! って感じで力を込めるとなるんだよ。
分っかるかなー?
分っかんないよなー?
感動に震えつつ、暫し遊んでいると、なんとなく疲労感が募ってきた。
「あ、案外と疲れるな。
疲労軽減が付いてるから、これでもマシなんだろうけど」
十回くらいで限界っぽい。
まぁ、いざという時の切り札としては充分かな。
最悪、気功状態ならダッシュで逃げられる筈。
調べた限り、この虚数領域ではそんなに足の速い奴も、やたらとしつこい奴も出ない筈だし。
取り敢えず、一休みー。
用意した簡易食料と水を摂取して、休憩する。
切り札である気功術の使用回数を回復させておかないとね。
昼を回った頃に、いい加減、動き出すべきだと俺は立ち上がった。
疲労感も完全に消えているし、多分、気功術は何回かは発動できるだろうし。
簡易プロテクターで全身を固め、更に小さな円盾とメイスを両手に持って、俺はようやく虚数領域探索の乗り出したのだった。
三話までは一時間おきに投下します。