サプライズ
再び七階でエレベータを降りた後、僕は連城さんを先導して共用スペースへと向かう。やっぱり、強引なやり方だとは思うけれど、町田さんも連城さんも建前を崩さないまま互いに反発し合っているのなら、その建前を逆手に取るしか僕に手段は残されていなかったのだ。
そこに、唐突に。ぽっかり姿を現す、一軒家の扉を開ける。すると打ち合わせ通りに、基礎探索部の面々が一斉に連城さんを拍手で迎えた。一瞬にして連城さんが、顔を顰める。ぐるりとこちらへ振り返って鋭い視線を向けてきた。
「これは?」
それに対して、僕は最後の仕事として。ひどく鈍感で、ひどく無邪気な若手社員を装って、満面の笑みで答えた。
「何って、サプライズですよ。連城さんの壮行会です。今日はご予定が空いているみたいでしたから」
「やってくれましたね」
恨みがましい彼女の批判を甘んじて受け入れながら、僕はなんとか形だけの壮行会を強行することに成功した。
「ありがとうございます」
そうとだけ言って、連城さんは乱暴に椅子を引いた。その素っ気ない返事も態度もサプライズを受ける人間に相応しいものではなかったけれど。僕はそれを責め立てることはできない。この手のイベントは、その受け手に驚きと喜びの反応を強要するけれど、それを放棄したからと言って罰則が用意されているわけでもない。
僕が適当に準備した昼食を囲い、町田さんと同じ空間にいることへの嫌悪感を隠そうとはせず、けれどその場に、連城さんが座っている。町田さんの要求に応えるにはそれだけで十分だった。
一応、形ばかりに町田さんから挨拶を受け取った後は、今日の主役である連城さんに誰かが気を使うでもなく、皆が各々好きなように食事をとる時間になった。いかにも基礎探索部らしい光景だとは思うけれど。
「来月からは生体情報部ですね。もう新しいGMの方とはお話を?」
見かねた恵さんが、連城さん相手に何やら言葉を紡いでいた。
「ええ。私の実務経験に関して少し。それから、向こうで進行中のテーマをいくつか紹介されたくらいね」
「へぇ。では、もう次の参画テーマの内容もおおよそ検討がついているんですか?」
しかし、その姿はどこかぎこちなく、互いの言葉が上滑りしていることは、特にその内容を理解していない僕から見ても分かる程度だった。
「一人で新しいテーマを起こすわ。だから周りに誰がいようとあまり関係ないの」
これは本当に、僕個人の勝手なイメージだけれど。連城さんは恵さんと話をする時より、僕と話をするときの方が少し気を許しているような気がする。僕も恵さんもグループの中では群を抜いて良識的な人物だと自負しているから、僕達の間の何が、連城さんの態度の差を生じさせているのかは分からない。
「そう、ですか」
その光景を見て。この壮行会に。僕が頭を悩ませてまで開催したこの集まりに何か意味を見出すことができるだろうかと、僕はそんなことを考えながら、ただ箸を進める。
「ねぇ、何か空気重くない?」
唐突に、たまたま隣の席に腰を落ち着けていた町田さんが、小声で訪ねる。僕は彼の顔に、わざとげんなりとした視線を向けた。
「分かっていたことでしょう。それに、基礎探索部での集まりなんて、連城さんが居ない場合でもこんなもんですよ」
「まあね。でもさ、ちょっと期待しちゃうよね。君はこうして、実現できないと思っていた集まりを何とか開催まではもってきたんだからさ。その先があるんじゃないかって」
「その先、ですか」
「うん。みんながなんのしがらみもなく、協力して、意見をぶつけ合って、それで一つの仕事を成立させる。そんなチームの未来図が描けるかもしれないなと思えるような、あと一歩がさ」
町田さんは相変わらず、周囲に聞こえない程度に声を絞っている。彼からそんな言葉が出たことに驚きつつも、僕はかぶりを振った。
「そういう、理想みたいなものを実現するには、僕のやり方は向いてません。僕は結局、帳尻を合わせたり、落としどころを見つけたり、何かを諦めて目的を達するやり方しか学んできませんでしたから」
「若いくせに、随分悟ったようなことを言うね」
「もうこの会社も六年目ですよ?」
「じゃあ、その六年目の手腕で、とりあえずこの空気なんとかならない?」
「僕が何をやったって状況は変わりません」
「例えば一発芸とか」
「無茶言わないでください。本気で怒りますよ」
「あっははは。冗談冗談」
なんて、ぽんぽん僕の肩を叩く町田さんに僕が盛大な溜息をついていると。
「では、私はそろそろこれで」
がたりと再び椅子を引いて、連城さんは立ち上がっていた。食事開始から、二十五分程が経過したところで、彼女の弁当箱の中身はすっかり空になっている。一瞬だけ恵さんと目が合って、彼女は、あははと情けなさそうな顔で苦笑いを浮かべた。
その声に一瞬だけ沈黙が下りた壮行会場だったけれど。僕がいつまでもその様子にあっけにとられているわけにはいかない。すたすたと入り口に歩みを進める連城さんに先んじて、扉の前へ進み、そのノブを恭しく外側へ押した。
「ええと、今日はありがとうございました。お忙しいでしょうに、お時間いただいて」
その僕に連城さんは一瞬だけ目を合わせて告げる。
「私は、少し、君のことを誤認していたみたいね」
「えっ?」
「思ったよりずっと、強い人」
蚊の鳴くような声だった。結局僕には最後までその言葉の真意が分からない。
そして、その場を立ち去ろうとする連城さんの背中に、最後に室田さんだけが、意を決したように声をかけた。
「なあ、連城。困ったらいつでも相談しに来いよ。同じフロアにいるんだからな」
優しい声音に返事はなかった。
もしこの壮行会に。僕がわざわざ頭を悩ませてまで開催したこの集まりに、何か意味を見出すのだとしたら。それは彼が、グループでも一番の古株が、目に掛けていた後輩に最後の想いを告げられたことなのかもしれない。
本日もお付き合いくださりありがとうございました。
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